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趣味のゴルフ、写真、庭いじり、の記録です。令和元年より、オールドレンズで町歩きの記録を心新たに楽しみます。

大斎原(おおゆのはら)熊野大社本宮 熊野古道中辺路

2022年05月02日 | 旅行

中辺路の旅2日目。
晴天に恵まれた日でした。空気は爽やかに景色がくっきりと見えた朝。まずは、熊野大社本宮を目指しました。目にまぶしい新緑の中を気持ちよくドライブ。空気もきもちいい!

一番はじめに目についたのがこの大鳥居。

大斎原(おおゆのはら)です。
ここは元の本宮のあったところ。神様が舞い降りたと言われる場所です。水害により社が流され、今の本宮の場所に移築されたそうです。

大斎原の周りに今まさに田植え真っ最中の田んぼがありました。見事に澄み切った水が張られ、さぞかしおいしい米がとれるだろうと思いました。この水田は餅米が育てられているそうで、下のような立て札がありました。

ここでとれた米で出来た釜餅を後で探し求めることとなりますが、食べたい気持ちを抑えて鳥居をくぐります。


日本第一大鳥居建立の意義
人心が神と自然から離れつつある今日、当社の最も危惧するところは「命脈の護持」であり次の世代への日本の心(精神・魂)の復活を祈念することであります。
神代の時代、素盞鳴尊(家津御子大神)が大地の荒れ果てているのを嘆かれ、自ら木を御手植えになられて 「木の国=紀の国」と名付けられました。
皇紀二六六一年を迎えた日本国にとって、大なる節目であることは無論の事、この節目の始めに当たり「日本人の精神(心)の蘇り、日本経済の再生、熊野の山々より環境の大切さの再認識、国内は基より世界人類平和」を確固たる事を祈念し、今こそこの壮大なる熊野の山・川は申すまでもなく、大斎原を発信基地として熊野の大神の広大なる御神徳を得て、新たなる世紀が神と自然と人が共にある様、皇紀二六六一年、熊野の大神の御神徳が発揚かつ千木高く厳然として鎮まりますよう、熊野本宮社・熊野信仰の原点となる大斎原に、日本最大の第一大鳥居を建立する運びとなった次第です。 八咫烏を掲げた天下一大鳥居であります。竣工は、平成十二年五月十一日です。(一太郎Padを利用しました。)


八咫烏が出迎えてくれました。さすがに神様が降り立った地。信心のない私ですが、パワーを感じる地でありました。

いよいよ本宮に行きます。

本宮の長い階段をあがり、お参りしてきました。撮影禁止でしたので写真はありません。増えた体重で階段がきつかった。

お約束のご当地おやつ。ほうじ茶ソフトと釜餅です。あの澄み切った水で作った米から出来たと思うと、なおのことおいしく感じられました。実際おいしかったです。

 

おなかも満腹になったことで、熊野古道中辺路へ。「みちの駅熊野古道中辺路」に車をとめ、目の前の熊野古道入り口から歩き始めました。


箸折峠の牛馬童子(はしおりとうげ ぎゅうばどうし)

箸折峠のこの丘は 花山法皇が御経を埋めた所と伝えられ、またお食事の際カヤの軸を折って箸にしたので、ここが箸折峠、 カヤの軸の赤い部分に露がつたうのを見て、 「これは血か露か」 と尋ねられたので、この土地が近露という地名になったという。 ここの宝筐印塔は鎌倉時代のものと推定され、県指定の文化財である。 石仏の牛馬童子は、花山法皇の旅姿だというようなことも言われ、 その珍しいかたちと可憐な顔立ちで、近年有名になった。 そばの石仏は役ノ行者像である。


展望台にて食事。左は名物の「めはり寿司」。食べると目を見開いてしまうほどおいしいということで、目を張る、めはり寿司だそうです。一口食べると本当に「わあおいしい!」となります。是非召し上がってください。

 

ということで、帰路につきました。楽しい二日間でありました。

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