明治・大正期の世相を風刺した演歌師、添田唖蝉坊(あぜんぼう)の名曲だそうです。いつの時代も増税にあえぐのはお上任せの庶民、1892万世帯と過去最高の貯金ゼロ世帯です。国家破たんが来る前に個人が破たんしてしまうのが、現実です。消費税しかり、選挙の道具にされています。崩れかかっているアベノミクスを考えれば消費増税の選択はありません。もし、強行に増税をすれば、アベノミクスは失敗という烙印を押されるでしょう。だらだらと政局に振り回され増税を先送りしている間に、世界から見放され、延期してもサプライズにならず、景気がさらに悪化する可能性も出てきました。しかし、一転上振れする可能性も僅かに残されており、注意が必要です。
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来年4月の消費税10%への引き上げ先送り論が活発化してきた。相変わらず懐の寒い庶民には、増税延期は朗報に聞こえる。しかし、待てよ。安倍晋三首相応援団が合唱する「今増税したらアベノミクスは挫折するから延期しろ」って? そもそも恩恵を実感していないのに。本当に喜んでいいのだろうか。【吉井理記】
日露戦争後の1907年、増税にあえぐ庶民の気持ちを歌った、その名も「増税節」。「ゼーゼー節」とも呼ばれる。賃金下がって物価は上がる。難儀な世の中、圧政で文句も言えず「増したか税税」−−。明治・大正期の世相を風刺した演歌師、添田唖蝉坊(あぜんぼう)の名曲だ。「トツアッセー」のトツは舌打ちの意味、アッセーは検閲を恐れ圧政をカタカナ表記したものだという。
今聞いても、妙に心に染みいる。現代ニッポンと似ているではないか。安倍政権は「経済は回復傾向」というが、実質賃金が上がらない庶民に実感は薄い。そこへ来て、来年春の増税だ。今月初めのJNN世論調査によると、増税延期を求める人は38%、増税そのものへの反対が44%。予定通り来春の増税を求めたのは17%にとどまる。
消費税10%を1年半延期して来年4月に実施する日程は、安倍政権が掲げた2014年衆院選の公約だった。本来なら、2度目の延期は簡単にはできないはず。ところが最近、首相周辺から延期を促す援護射撃が公然化している。安倍政権が先月に開いた国際金融経済分析会合でも、ノーベル賞経済学者のジョセフ・スティグリッツ氏らが相次いで増税延期を提言。安倍首相のブレーン、浜田宏一エール大名誉教授も先月末の毎日新聞のインタビューで、14年の消費税8%への引き上げの影響で消費低迷が続いているとし、「再増税すればアベノミクスが挫折するかもしれない」と警告した。さらに、14年秋の消費増税延期決定後、活動を休止していた自民党有志でつくる議員連盟「アベノミクスを成功させる会」が6日に再稼働。会長の山本幸三衆院議員は議連再開を携帯メールで首相に報告したところ、「大いに議論してもらいたい」と返事があったと会合で明らかにした。安倍首相は、増税延期の声に押されて決断したという構図をつくろうとしているかに見える。しかし、聞いている声は、庶民の増税への恨み節というより、アベノミクス応援団の声援ばかりではないか。
増税延期の気配に市場も敏感に反応した。3月に入ると百貨店系の株価が数十円から200円程度上昇。4月にはまた下がったとはいえ、市場は「増税延期を織り込み済み」(SMBC日興証券の宮前耕也氏)との見方も。週刊ポスト4月8日号は「『消費増税先送り』なら日本経済は沸騰する! 日経平均は3万円へ!」と特集を組み、増税延期決定後に高騰しそうな株銘柄を紹介するフィーバーぶりだ。そんなバラ色の世界が待っているのだろうか?
日本経済沸騰「ありえない」/貧困層に税控除を
「そううまくいくでしょうか?」と首をひねるのは、元財務官僚で東京財団上席研究員の森信茂樹さん(65)。アベノミクスを成功に導くタイミングをはかるための増税延期という論理には財務(旧大蔵)官僚OBからも疑問の声が上がっているのだ。森信さんは、増税延期が消費回復につながるという見通し自体を否定する。「消費税を8%に引き上げて2年もたつのに消費低迷が続くのは、もう増税の影響とは言えませんよ」
個人消費(民間最終消費支出)額を見てみよう。8%への増税時の14年4〜6月期は305・8兆円で、増税前より16兆円落ち込んだ。その後も伸び悩み、最新の15年10〜12月期は304・4兆円と増税時を下回ったのだ。3%から5%に消費税が上がった97年と比較しても消費回復が遅すぎる。
消費伸び悩みの本当の要因は何か。森信さんは「中間層の貧困化が大きいと考えます」と話す。貯金のない「貯蓄ゼロ世帯」は12年からの3年間で470万世帯増え、15年は1892万世帯と過去最高。賃金が正規雇用の6割程度しかない非正規雇用者は増え続け、14年は全雇用者の40%にのぼる。「こんな状況だから消費できないんです。アベノミクスのもくろみは外れています。増税を延期しても、だれがお金を使うのか。『日本経済沸騰』なんてあり得ません」
では、どうすれば貧困層は希望を持てるのだろうか。森信さんは提言する。予定通り増税して社会保障財源を確保したうえで、普通の所得税(最高税率45%)より税率が低い株などの金融所得の税率(現行20%)を引き上げ、株高などで潤っている高所得層への負担を増やす。これを財源に、年収400万円以下の中低所得者層に勤労を条件にお金を一定給付する「勤労税額控除」を導入する。
「増税すれば株価が下がる恐れがあるのは事実だし、消費も一時的に落ちるでしょう。それでも長い目で見て、今『所得再分配』につながる構造改革をしなければ、消費が上向くことはありません」
国民不安招く「財源なき決断」/法人税率上げろ
旧大蔵官僚出身のもうひとりの大御所を訪ねた。「金融緩和で日本は破綻する」の著者で、早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問、野口悠紀雄さん(75)だ。消費増税延期なら法人増税とセットだと主張するが、ちまたに広がる「増税延期=バラ色展望」論にはやはり否定的だ。「今の消費低迷はアベノミクスが生み出した円安による物価高が原因」と、アベノミクスが成功すれば消費が回復するかのような幻想を打ち砕く。財源確保の展望なき増税延期を決断すれば、国民の将来不安が高まるだけでなく、1000兆円超の借金を抱える財政不安も高まり、国債暴落を招く恐れも否定できないというのだ。
「仮に増税を延期するなら、代替財源として安倍政権が引き下げを決めた法人税率(32・11%から16年度に29・97%へ)の引き上げが不可欠です」と持論を力説する。「円安や原油安の恩恵で355兆円も積み上がった企業の内部留保を吸収しても需要は減少せず、景気に影響はありません。経済界にベッタリの安倍首相が法人税増税に踏み切る可能性は低いですが……」
その安倍首相。衆院解散を発表した記者会見前日の14年11月17日、公明党パーティーで、選挙に臨む高揚感をこんなふうに表現した。「天気晴朗なれども波高し」。日露戦争の日本海海戦時の旧海軍の電文だ。日露戦争は一応勝利したが、政府の目算は外れてロシアから賠償金が取れず、財政が悪化して冒頭のゼーゼー節の世相を招いた。安倍首相が再び増税延期と衆院解散を口にするような事態になった時、展望はちゃんとあるのだろうか。
♪生命つなぐは ナンギナモンダネ/トツアッセー 誰のため/マシタカ ゼーゼー
ゼーゼー節はこう終わる。「誰のため」の一言が重い。増税も嫌だが、政府のご都合主義で増税が延期され、ツケが回って結局また庶民がゼーゼーするのもごめんだ。