世の中、何もかもが生きているついでという無常観が支配している小説で「終わった人」になればみんな着地点は一緒と説く。主人公は筆者よりひと回り上の東大法学部出、メガバンクでエリート街道を生きた世代、その団塊の世代が出世競争に敗れ子会社の専務で定年を迎え、第二の人生をどう迎えるか?私自身は定年のない自営業の身だが、色々考えさせられる作品です。そろそろかつての知人・同級生も、仕事の一線から離れ、子供も手離れした年代を迎えてきた。確かに、我々は子供なり次の世代にいろいろバトンを引き継がなければならない。ただ、国連が現在の65歳以上は高齢者と定めたのは半世紀も前のことだから実態に合わず、今の高齢者は元気だ。しかし、そう遠くない未来に「終った人」になるのだが、元気であるがゆえにどうしてもなかなかそれを受け入れようとしない、さらに晩婚などで受け入れられない事情があるのも事実です。この主人公も受け入れられずに、懇願されるがままに、よく内容の分からないIT社長に行きがかり上なってしまう。そして、海外で想定外の貸し倒れを抱え、急成長していた会社はあえなく倒産。わずか1年足らずでせっせと貯め込んだ預金を食いつぶす9000万円もの会社の借金を奥さんに相談もなく背負ってしまう。当然夫婦間は不仲になり事実上卒婚されてしまう。どこにでもあり得そうな笑えない小説ですが、主人公以下の食うや食わずレベルの人の方が圧倒的に多い。状況はさらに深刻化しているのです。