goo blog サービス終了のお知らせ 

トラ応援と観光記

トラキチ『キリジイ』のブログ
観光 他なんでもあり記

奈良 橿原神宮から三輪明神 その②

2009-01-06 16:26:41 | 旅行
橿原神宮から飛鳥の石舞台を通り、桜井の町を抜け30分ほどで三輪明神に到着、
三輪明神は正式には大神神社(おおみわじんじゃ)といい、官幣大社、大和国一宮、となっています。

バスを降りて参道に向かい、一の鳥居と二の鳥居の中間ぐらいの所で参道に合流します。

当日は正月三日、それはもう大変な人出で、何百という屋台も出ていて世の中の不況が信じられないほど活気にあふれていました。皆さん苦しい時の神頼みですかね?

ここで昼食の後、JR三輪駅からJR奈良駅へ向かい、JR奈良駅から近鉄奈良駅まで商店街を散策、近鉄奈良駅より帰宅、少々疲れた。






大神神社(おおみわじんじゃ)は奈良県桜井市にある神社である。式内社(名神大)、大和国一宮で中世には二十二社の中七社のひとつとされた。旧社格は官幣大社(現・別表神社)。三輪明神とも呼ばれる。

大物主大神(おおものぬしのおおかみ)を祀る。日本神話に記される創建の由諸や大和朝廷創始から存在する理由などから「日本最古の神社」と称されている。日本国内で最も古い神社のうちの1つであると考えられている。

三輪山そのものを神体(神体山)として成立した神社であり、今日でも本殿を有さず拝殿から三輪山そのものを仰ぎ見て拝む古神道(原始神道)の形態を残している。自然を崇拝するアニミズムの特色が認められるため、三輪山信仰は縄文か弥生にまで遡ると想像されている。拝殿内にある三ツ鳥居は鳥居3つを1つに組み合わせたもので、大神神社独特のものである。拝殿より先は禁足地である。

以上 ウィキペティア フリー百科事典より


三輪明神のHPはここから



奈良 橿原神宮から三輪明神 その①

2009-01-04 17:15:18 | 旅行
正月三日、毎年お参りする恒例の橿原神宮から三輪明神へ出かけた。

自宅からは、近鉄石切駅から近鉄西大寺で近鉄京都線に乗り換えて橿原駅まで約一時間。神社の人出もだんだん少なくなってきているように思うが、それでもかなりの人出である。

参拝ののあと、橿原神宮駅前から出ている、三輪明神行きのバスで三輪明神へ、このバスは正月三が日だけ橿原神宮、三輪明神間を営業しているバスです。
約30分ほどで三輪明神に着く。













『記紀において初代天皇とされている神武天皇を祀るため、神武天皇の宮(畝傍橿原宮)があったとされるこの地に、橿原神宮創建の民間有志の請願に感銘を受けた明治天皇により、明治23年(1890年)に官幣大社として創建された。

昭和15年(1940年)昭和天皇が同神社に行幸し、秋には日本各地で紀元2600年奉祝式典が挙行された。この年の参拝者は約1000万人に達したという。現在でも皇族の参拝がある。

初詣の時期や2月11日の建国記念の日に行われる紀元祭には、特に多くの参拝客が訪れる。また、建国記念の日には右翼の街宣車が集結することでも有名である。

橿原神宮を含む一帯は南北に長い橿原公苑として整備されており、北側が神武天皇御陵、南側が橿原神宮となっている。県道を隔てた東側には陸上競技場と野球場があり、スポーツ競技の奈良県予選決勝の舞台として頻繁に利用されている。なお、公苑に隣接する施設として奈良県立橿原考古学研究所及び付属博物館がある。また、公苑の付近は多数の陵墓が存在する。社務所に当たる組織は橿原神宮庁と呼ぶ。

最寄駅は近鉄南大阪線・橿原線・吉野線の橿原神宮前駅。他、橿原線の畝傍御陵前駅および南大阪線の橿原神宮西口駅からもアクセスすることが出来る。』

以上 ウィキペティア フリー百科事典より



橿原神宮のHPはここから

箕面もみじ狩り

2008-12-05 16:01:33 | 旅行
4日、朝から暖かく好天、家でくすぼっているのも勿体ないので箕面へもみじ狩り、若いとき梅田、今の茶屋町付近(豊崎)に住んでいたので箕面へはよくいったが今回は約40年ぶり、駅付近もずいぶん変わっていた。

自宅から約1時間半で箕面駅に到着、滝まで2,8キロ箕面川沿いの山道を進みます。あまり急な坂道はなく舗装されているので歩くのも楽。もみじ狩りには多い時は一日三万人もの人が押し寄せるらしい。

下の写真の団体さんは大阪平野区の老人センターの皆さん、この日は平日でもありお年寄りがずいぶんと多いように思った。









瀧安寺
白雉元年(650年)、箕面滝で修行を積んだ役小角(えんのおづぬ)が建立したとされています。江戸時代に寺社などで流行った富くじ発祥の地でもあります
箕面公園HPより






秋は紅葉を楽しむ家族連れでにぎわいます。高さ33メートルの滝へは駅から歩いて50分。せせらぎを聞きながら杉とカエデのトンネルを歩いてください。
箕面公園HPより




箕面のお土産はもみじの天婦羅、もみじ饅頭など多くの店が並んでいる、また滝の前の広場には飲食店もある、弁当を持っていかなくてもなんとかなる。
この日、もみじは少しおそいかなぁとおもった、しかし風が吹くともみじの落葉が吹雪のように降りかかりこれはこれで美しかった。




箕面公園HPはここ

大阪城の秋

2008-11-30 16:19:34 | 旅行
昨日土曜日天気も良く暖かかったので、大阪城公園へもみじ狩り、大阪城公園は自宅からも近いので春の梅林、桜、秋はもみじと年に3回は必ずといっていいほど訪れます。この日もかなりの人出で賑わっていました、とくにこのごろは外人さんが多いようです。先ずは大阪城公園駅から歩く事にしました。












桜門を出てからゆっくり歩いて、環状線、地下鉄の森ノ宮駅まで約15分ほどで、公園駅から森ノ宮駅までの歩数は約7千歩ぐらいです。


大阪城のHPここから



三室戸寺へ

2008-10-29 13:03:34 | 旅行
観音霊場、西国三十三所、第十番札所、三室戸寺

宇治上神社から三室戸寺へ向う、歩いて30分約2㌔ゆるやかな坂道を山に向かって登る。




山門、ここで拝観料500円を払って寺域に進む。赤く派手に塗られているが、意外に簡素な造りの「山門」をくぐると、参道右側下にツツジ、アジサイなどが植えられている庭園が拡がっているのが見える。
このアジサイ庭園の存在が三室戸寺を「アジサイ寺」といわせる所以になっているのだろう。。『三室戸寺HPより』




山門を通り、花園を右下に見て進むと、本堂前に登る石段に至る。石段を登らなくても、左手にある坂道を通ることもできるが、この石段を登るのが正しい参道と思われる。。『三室戸寺HPより』




本堂、石段を上がると、蓮を植えた大きな鉢が多数並んでいるのが見え、その奥に「本堂」が建っている。ご本尊は千手観世音菩薩。現存の「本堂」は重層入母屋作りの重厚な建物で、文化2年(1805年)に再建されたものといわれており、京都府の文化財に指定されている。本堂の右に小さく見えるのが阿弥陀堂。『三室戸寺HPより』




「本堂」の東側に「阿弥陀堂」、更にその左側に「鐘楼」が建てられている。「鐘楼」は簡素な造りで、それだけにスッキリした感じがする。 「鐘楼」の東側、木立の中に朱塗りの「三重塔」が建っている。この「三重塔」は江戸中期のものといわれており、明治43年(1910年)に兵庫県佐用郡三日月町の高蔵寺から移築したものであるとされている。 『三室戸寺HPより』





お参りした後の帰り、階段の上からか参道を望む、わずかに朱塗りの山門も見える、ここから歩いて最寄の京阪三室戸駅まで約20分です。平等院。宇治上神社、三室戸寺と昼食30分の休憩をはさんで歩きずめ、疲れましたが天気も良く充実した一日でした。

詳しくはここから

更に詳しくはここから






宇治平等院から宇治上神社、三室戸寺

2008-10-24 17:31:24 | 旅行
世界文化遺産 宇治上神社



宇治川に架かる朝霧橋。 平等院から橘橋を渡り中ノ島を通って写真の朝霧橋を渡れば宇治神社があり、その正面左奥に宇治上神社がある、名前が似ているので間違える人もあると思う。宇治川は以外に水量があり、流れもかなり速い。




宇治川先陣之碑と碑文。中ノ島にあります。




宇治上神社の門





国宝宇治上神社拝殿






国宝 宇治上神社本殿


社域は本当に狭く古色蒼然としているが、いかにも神おわしますという感じがする。雰囲気は伊勢の内宮、外宮に似たところがある。この対極にあるのが日光東照宮、きらびやかで美術館としては立派に思うが、神おわしますとはあまり感じない。  これはキリジイの偏見。


『宇治上神社は神託を受けた醍醐天皇が延喜元年(901年)に社殿を築造したことに創まるという説があるが、詳細は明らかでないようである。平安時代には現在の宇治神社、宇治上神社の両神社を合わせて宇治鎮守明神、離宮明神といわれていたらしい。

 文献的には、治暦3年(1067年)に後冷泉天皇が平等院行幸の際、離宮明神に神位を与えたとされている。藤原氏が平等院建立の後、宇治上神社はその鎮守社として位置ずけられ、崇敬を集めたといわれている。』

以上、京都の世界文化遺産一覧より

詳しくはここから






宇治平等院から宇治上神社、三室戸寺

2008-10-22 14:12:19 | 旅行

京阪宇治駅を降りてすぐロータリーを右折すると宇治川に架かる宇治橋、ここを渡り表参道を進みます。




平等院表門入口。ここで拝観料600円を払います、尚、鳳凰堂の入堂料は別に300円いります。



鳳凰堂内から見た浄土式庭園と阿字池





鳳凰堂への入堂も池の北岸から2つの小橋を渡る、時間ごとに一定の人数に制限されている。




これが10円玉でおなじみの平等院鳳凰堂、流石に貫禄十分である。1万円札の裏には屋根飾りの鳳凰がデザインされている。



平等院は9世紀後半に造られた源融(みなもととおる)の別荘を長徳4年(998年)に藤原道長が譲り受け、後に、その子藤原頼通が受け継ぎ、宇治殿と称したことに端を発すると伝えられている。

 頼通は永承7年(1052年)に宇治殿を天台宗の寺院「平等院」としたといわれており、天喜元年(1053年)には阿弥陀堂が建造され、阿弥陀堂には木造阿弥陀如来座像が安置されたという。


鳳凰堂

 「表門」をくぐり奥に進むと、池の傍に建てられている「鳳凰堂」が見える。「鳳凰堂」は平等院の本堂に当たり、 現在、「鳳凰堂」と呼ばれている建物は、もとは「阿弥陀堂」と呼ばれていたとされているが、これが「鳳凰堂」と呼ばれるようになったのは江戸時代からといわれている。

以上 京都の世界文化遺産一覧 > 平等院から。

もっと詳しくはここから








神戸 布引ハーブ園

2008-06-28 10:08:56 | 旅行
布引の滝展望台からいったん新神戸駅まで下り、新神戸ロープウェイ『神戸夢風船』乗り場『北野一丁目駅』に向う、途中『風の丘駅』を通過、終点『布引ハーブ園駅』まで約10分で到着。たいしたことはないが、雨はまだ降り続いている。













本来なら外で昼食をたのしむのだが、雨でしかたなく、売店2階の施設を使う(無料)
食後、雨の中をハーブ園駅から風の丘駅まで散策、雨は雨でまたそれなりの赴きがある。

新神戸布引ハーブ園HPはここから

神戸 布引の滝

2008-06-27 10:42:28 | 旅行
神戸方面の観光はあまり馴染みがなかったが、芦屋に住む息子に誘われて、布引の滝から布引ハーブ園、三宮、元町と案内してもらった。


『布引の滝といえば、神戸を代表とする名所としてあまりに有名です。 しかし、近所に住んでいても、実際には見たことがないという人が案外多いのではないでしょうか。

布引の滝は、日光の華厳の滝、紀州の那智の滝とともに三大神滝と呼ばれ、古くから物語や詩歌に取り上げられてきました。 滝は、新幹線新神戸駅の北約100mの所に「雌滝」が、その上200mの所に「雄滝」があり、その2つにはさまれて、 上流から夫婦滝、鼓ヶ滝があり、この4つを合わせて布引の滝といいます。




新緑の季節、まだ布引の滝を見たことがないという人も、一度訪れて、神戸の魅力を再認識してみてはいかがでしょうか。』

『神戸市中央区HPより』



JR新幹線新神戸駅のすぐ裏から登り始め、雌滝、雄滝と鑑賞しながら30分で布引展望台に到着、登りは少々きつかったが、眼下は神戸港が一望、登ってきた甲斐があった。布引ハーブ園にゆくべく下り始めると雨が降り出した。

詳細HPはここから

東四国バス旅行 その④

2008-06-11 10:50:22 | 旅行

御厨人窟 (みくろど)

観光情報/観光地(岬周辺)

室戸市には、弘法大師(空海)ゆかりの場所が数多く残っています。
その一つがこの「御厨人窟」です。

約1200年前の平安時代、青年時代の大師が悟りを開いたといわれる洞窟で、内には五所神社と呼ばれる社があります。
“空海”と名前をつけたのも、ここから見える空と海に感銘を受けたからと言われています。

なお、「御厨人窟の波音」は環境庁の「日本の音風景100選」に選ばれています。

室戸市HPより


「御厨人窟」詳しくはここ








乱礁遊歩道は55号線を挟んだ御厨人窟のまん前にあり、そそり立つ奇岩を荒波が洗い、素晴らしいところです、時間がなくて歩けなかったのが残念。

近くには中岡慎太郎の銅像が55号線脇に立っている。

今回の高知、徳島観光もこれで終了、ここから鳴門大橋に向けて55号線を北上、約3時間かけて鳴門大橋に到達、SAに立ち寄りながら1時間ほどで明石大橋を渡り、大阪、梅田帰着は9時になっていた、朝からの走行距離は約400キロ、かなり疲れた。