
”マラヤ(半島)は豊かなのに、マレー人が貧しい。”マハティール,「マレージレンマ」,1970年。
独立後10年を経ても改善されないマレー人の貧困。独立の父ラーマン首相の政策を批判し、首相の辞任要求して党を除名されたマハティールが書いた発禁本。マレー人優位の経済構造への変革とマレー人自身の自己改革を求め、当選一回で落選時の45歳の時に書いたこの本は、シンガポールでは読むことが出来、多くのマレー人に読まれた。
民族融和と民族間の分業体制(華人は商工業、マレー人は農業)では華人との経済格差は縮まらず、歴史的につくられた民族間の経済格差を解消するためにはマレー人優遇政策が必要との主張は、ブミプトラ(土地の子)政策につながった。
74年にマハティールは再び当選すると直ちに第2代首相ラザクに教育相に抜擢され、第3代首相フセイン・オンには副首相を命じられた。そして1981年から2003年まで22年間にわたりマハティールは第4代首相を務め、ルック・イースト政策(西欧ではなく日本や韓国に学べ)を推し進め、国産自動車、国産モノレール、電子製品の輸出国など工業化に成功した。
[マハティール語録] NNA: Global Communities
*ジレンマ:自分の思い通りにしたい二つの事柄のうち、一方を思い通りにすると他の一方が必然的に不都合な結果になるという苦しい立場。板ばさみ。
マレー・ジレンマとは「民族融和とマレー人優遇策」のことと思われる。初代と第3代首相は民族融和策を取り、第2代と第4代首相はマレー人優遇策を推進したといわれる。多民族国家という状況下で政策が揺れ動いていたが、このジレンマを克服し、両立させていくことの必要性を訴えた。
独立後10年を経ても改善されないマレー人の貧困。独立の父ラーマン首相の政策を批判し、首相の辞任要求して党を除名されたマハティールが書いた発禁本。マレー人優位の経済構造への変革とマレー人自身の自己改革を求め、当選一回で落選時の45歳の時に書いたこの本は、シンガポールでは読むことが出来、多くのマレー人に読まれた。
民族融和と民族間の分業体制(華人は商工業、マレー人は農業)では華人との経済格差は縮まらず、歴史的につくられた民族間の経済格差を解消するためにはマレー人優遇政策が必要との主張は、ブミプトラ(土地の子)政策につながった。
74年にマハティールは再び当選すると直ちに第2代首相ラザクに教育相に抜擢され、第3代首相フセイン・オンには副首相を命じられた。そして1981年から2003年まで22年間にわたりマハティールは第4代首相を務め、ルック・イースト政策(西欧ではなく日本や韓国に学べ)を推し進め、国産自動車、国産モノレール、電子製品の輸出国など工業化に成功した。
[マハティール語録] NNA: Global Communities
*ジレンマ:自分の思い通りにしたい二つの事柄のうち、一方を思い通りにすると他の一方が必然的に不都合な結果になるという苦しい立場。板ばさみ。
マレー・ジレンマとは「民族融和とマレー人優遇策」のことと思われる。初代と第3代首相は民族融和策を取り、第2代と第4代首相はマレー人優遇策を推進したといわれる。多民族国家という状況下で政策が揺れ動いていたが、このジレンマを克服し、両立させていくことの必要性を訴えた。
もう7年以上前の話ですが。
叔父はプール付きでやたらと広い部屋がたくさんあるマンションに家政婦と運転手付きで、経済格差を目の当たりにした覚えがあります。
叔父自身は、運転手も家政婦も要らないと申し出たらしいのですが、現地で仕事がないから雇って欲しいと志願されたのだとか。
近くの現地のお店でわずか日本円で100円もしない程度で美味しいカレーを食べれ、毎日そこで食べた覚えがあります。
現在、彼らの生活は良くなっているのでしょうか。
インフラを見ると発展途上ではなく急成長国。経済成長率は5%と聞きました。最近日本の工場が人件費のより安い中国へ移動しているらしいです。
食事は120円~350円くらいです。物価水準は日本の30%程度のイメージです。所得も同じくらいです。物価が上昇するため、働かないと生活できなく雇用対策は重要です。
農村部は見ていませんがマレー人の生活は悪くはないと思います。外国人には、観光客はもちろん、赴任者や会議だけの訪問でも地元でお金を落とすよう強く求められますね。外貨を稼げるし雇用確保になる。
余りにも世界に目を向けていない自分に気づきました。
パソコンをするようになりましたら、本も読まなくなった私です。
マハティールは、欧米にモノを申すことができる数少ない政治家です。16-20歳の多感な時に残虐な日本軍に占領されたのに親日家です。表面ではなく物事の本質を見ようとする目があります。貸出期限内に読みきれないので延長しています。
http://nna.asia.ne.jp.edgesuite.net/free/mujin/goroku/maha_bn.html
パソコンをするようになったら漢字をかけなくなって悲しいです。
「下ノ畑ニ居リマス」という伝言は賢治の生き様が感じられて、いいですね。
コタキナバルは商業都市という印象で小奇麗な街でした。
カリマンタンへ蝶などの昆虫を見に行かれたのですか?珍しい昆虫がいますし、遠く日本まで飛んでくるものもいますね。
マレーシアは、イスラム国家で唯一工業化に成功した国と評価され、西欧とは一線を画した姿勢はアジアの誇りでもあると思います。