何時もよりずいぶん早く寝ました。夜中12時前に寝ることは無い、と断言できるほど、遅くまで起きています。
本当に久しぶりの現象なので、少々戸惑いましたがこれほどの疲労感ははじめてでした。気持ち良く熟睡出来たようです。
早く寝る体制になり、眠れず「寝られない。寝られない」と悶々とする事は避けたいのです。
そのために寝る間際まで針仕事をしたり新聞を読み漁ったり、好き勝手に過ごしますと、当然疲れてきます。特に目が疲れてきます。
そうなった時が、ベッドに入るタイミングと判断して、ざっと部屋を片付け浴室に向かいます。
毎朝入浴し洗髪していますので、目的は身体を温めるため、です。体質的に何時も手足が冷たいので、長湯をせず身体を温める目的の入浴です。
入浴での身体の火照りが治まるまで、わたしなりに知恵を絞り、心地よく寝付けるような工夫をしてます。
このようになったのは、あるじの急逝の際、医師やそのような仕事をしている友人たち全員から、同じ事を言われたからです。それは、「睡眠薬や導眠剤は絶対使ってはダメ」という事でした。
「人間、その時眠れなくてもいつかは絶対寝られる」とその方たち全員の言葉でした。「今寝ないとダメ」と、言う考えを持た無いこと、と判断しました。
仕事をして居るわけでは無し、24時間365日全部自由時間なのですから、いつ眠っても良いと思えば焦らずとも好いと言うのです。とても気が楽になりました。
それまで、ずっと仕事と家族全員のタイムキーパーをしていたのです。独り生活では、もう望んでもそのようなことは在りえない、と知らされたのです。
あるじの急逝で生まれて初めて家の中に自分しか居ない、という経験をしたのですから、眠れなくて当然です。本も読めなくなり、絵本が好きでしたから、絵本に癒しを求めました。
それと若いころは辛い時はピアノを弾くことで感情を押さえていましたが、あるじの急逝の時、ピアノを夜中に弾くわけにはいきません。
それでキーボードをベッドの脇に置き、寝る体制にしてから、ヘッドホーンを付けて気ままに弾いていました…。それが導眠剤代わりになりました。
昨夜はすぐ眠りに入ったようで、ラジオのタイマーが切れたのを知りませんでした…。
昨日の沼津港散策会の事では、食事のことしか記憶にない、そんな感じです。お昼はメンバーの何人かと、沼津港のお寿司屋さんで海鮮丼とアラ汁で満腹。他の方たちは握りずしを食べたようです。
沼津駅前で「歩いて如蘭会」は、解散して二次会の「飲んで如蘭会」が始まります。「飲まない」ので、参加する勇気は無かったのですが、「飲まなくても食べればよい」と言うので、この頃は参加するようになりました。
少し早めの夕食です。お肉たっぷりの鍋、お刺身の盛り合わせや、魚のから揚げ、握りずしなどで、同窓会のメンバーと一緒の夕食です。毎晩一人の食事ですから、嬉しいです。
他の方たちも、それぞれ好みの飲み物を注文して楽しげでした。この頃は先輩より後輩が多くなってきています。わたしもいつまでご一緒出来るのか…。