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回遊草(KAI YU SO)

さすらいの乙男妄想オヤジの妄想ブログ。あらゆるジャンルのカワイイを中心に浮気中?でも、惚れてるのはやっぱり「ミク」かな?

「あやや」と「松浦亜弥」⑥…私が松浦亜弥を嫌いになった訳③

2007-10-21 21:57:51 | 「あやや」と松浦亜弥
③現場の「ノリ」で・・・

アルバム『naked songs』の製作現場の「裏話」を訊かれ、全て「一発OK」だったと答えた。さらに、得意そうに、こう続けた・・・。

“実は、間違えたとこもあったんですが、現場のノリを大切にしたくて「まっ、いいか?!」って感じで、OKにしたんです・・・。”


あんた、何様! たかが、アイドルを4・5年やったくらいで・・・!
そんなセリフは、アーティストとして20年、30年とやってきた「ベテラン」なら許されるかもしれないけど・・・。お金を払って買ってもらう「商品」なんだから、少なくても最大の「努力」をして欲しい。

「ノリ」でOK出せるほどの「実力者」になったんですか?!

ノラ・ジョーンズの「カバー曲」は、何回聴いても「中学生」がカタカナの歌詞を歌っているようにしか聞こえてこない。


④「感謝」の言葉は?・・・「つんく♂P」「ファン」

今回の『ダブルレインボウ』でも言えることだが、かつての「あやや」時代の「否定」ばかり。遠まわしの表現だけど、必ず否定している。「新しい」松浦亜弥を見て、聴いてほしいと言うばかり・・・。

「国民的」とまで言われるほどの「TOP」アイドルに育ててくれた「つんく♂P」を始めとするスタッフや、ずっと応援していた「ファン」への「感謝」の言葉が、全く無い。

自分のことばかり主張して、“さぁどうぞ!”みたいなのは、どう?

ずっと気になっている松浦亜弥の「くせ」は、話す時にアゴを突き出すようになったこと。「あやや」の頃は、アゴを引いていたと思う。


「あやや」と「松浦亜弥」⑤…私が松浦亜弥を嫌いになった訳②

2007-10-21 10:18:55 | 「あやや」と松浦亜弥
2006年秋に、パソコンTV「Gyao」の『music and people』という番組の第1回のゲストが松浦亜弥だった。

アルバム『naked songs』のリリースに関しての「ロングインタビュー」であった。このアルバムこそが、「松浦亜弥」の象徴であった。
それまでのつんく♂Pプロデュースのアルバムは、『First Kiss』『T・W・O』『x3(トリプル)』と「数字(順番)」絡みだったのが、まったく関係の無いタイトルであり、何より新しい曲は彼の作品ではない。

これは、「松浦亜弥」のプロデュース(あるいは、つんく♂Pでない『誰か」)である。


アルバムの内容については、また改めて書くかもしれないが、問題は彼女の「コメント」である。それで、私の心は決まった。


①100%やるのに疲れちゃったんでしょうね・・・

アイドルをやめたことを訊かれて、

“(上の)人から言われたり(つんく♂Pのこと?)、自分で決めたことを100%やるのに疲れちゃったんでしょうね…”

と、まるで他人事(ひとごと)のように言った。一瞬、耳を疑った。「120%」と聞き間違えたのかと思った。
社会人であれ、学生であれ、「100%」やるのは当然・最低条件じゃないの?
“100%やるのは疲れちゃうから。”と言って、8割くらいしかやらなくて通用するの?

ましてや、人を感動させたり、人に夢を与えたり、人から憧れられる「存在」は、誰よりも自分に厳しい人であって欲しい。

“これからは、「自然体」でやっていきたいと思います。”

と、続けた。言葉はかっこいいけど、要するに「手抜き」しますよと、あっけらかんとしていた・・・。


②めちゃめちゃ汚い・・・

このアルバムもそうだけど、この時期の「ジャケ写」はひどい無表情(いわゆる「ブス顔」「変顔」)ばかり。敢えて「醜く」していた。
まるで、「かわいい」を拒否しているかのように・・・。

今の「スタイル」のきっかけを問われて、『松クリスタル』を取り上げた。

“汗だらけになって化粧もグチャグチャで、めちゃめちゃ汚いと思ったんですよ・・・。”

だから、吹っ切れて「オシャレ」しなくなったという・・・。


“あぁ、この人とは「価値観」が違うんだ・・・”と、私は思った。


私は、「ハリウッド映画」やアメリカの「TVドラマ」が好きである。「セリフ」や「人物描写」が上手いと思うから。もちろん、俳優の「演技」も。


その原点のひとつが、30年くらい前の『大草原の小さな家』という、西部開拓時代の一家の成長を描いたドラマだった。娘の「少女ローラ」の可愛らしさも話題になり、アニメにもなったと思う。

その初期、まだローラも生まれてなかった頃だと思う。開拓を始めたが天候不順で作物が取れなくなり、夫が街に働きに出るようになった。妻は、夫に代わり残された畑の世話をすることになった・・・。

ある日、帰宅した夫は畑で働いている妻を見つけた。夫が帰って来たことに気づかず、顔まで土に汚れて働く妻の姿をじっと見つめる夫・・・。
ふと、気配に気づいたかのように振り返った妻は、夫が見つめているので慌て顔をぬぐい、恥ずかしそうに下を向いた。

“君と結婚したことを後悔しているよ・・・。”

“えっ”

と驚く妻。私も(なんてこと言うんだ)と思ったが、そのあとの夫のセリフは、全く私の予想外なものだった・・・。


“だって、もう一度君にプロポーズすることが出来ないじゃないか!”




「一生懸命」やっている姿こそ、美しい!「東京オリンピック」の記録映画(市川昆監督)のタイトルは、たしか『時よ止まれ、君は美しい』だったと思う。

私は、ステージ狭しと走り回り、踊り、時に「シャウト」までして「汗だく」になって、それでも、まるで「けもの」のように鋭い「眼光」を放っていたあの日の「あやや」を世界中の誰よりも、「美しい」と感じていた。
今までで一番「輝いて」いた「あやや」だった!


・・・それを、彼女は自ら「汚い」と言った。


そして、「かわいい」を拒否する女になった。「アイドル路線」がずっと嫌で嫌でたまらなかったかもしれないが、女性は「かわいい」存在であって欲しい。いつ、いくつになっても・・・。

はっきり言って、松浦亜弥は「美人」だと思う。もちろん、「美人」の基準は人によって好みも違うから、同じようには言えないけど、少なくとも「倖田來未」よりは美人だろう・・・w

「神田來未子(本名)」は、本人も言ってるけど「中の上」? まぁ、クラスの中でも、それくらいだね。でも、「松浦亜弥(本名同じ)」は、学校でも1、2位を争うほどの「美人」だと思う。

「あやや」時代に、さんざん「かわいい」と言われたために、もう聞き飽きてしまったんだろうか? 「かわいい」と言われると「怒る」んじゃないかとさえ、思える。

そんな「女性」は、ほんと可愛くないよね・・・。





「あやや」と「松浦亜弥」④…私が松浦亜弥を嫌いになった訳

2007-10-20 23:16:04 | 「あやや」と松浦亜弥
まず、確認しておくのは私は「ハロヲタ」ではないということ。「あやや」を好きになったのであって、「ハロプロ」など知らなかったし、ずっと嫌いである。

例外は、「あやみき」つながりの「藤本美貴」とデビュー当時の「後藤真希」くらい。藤本も、本人だけでは興味は無かった。

もうひとつは、「倖田來未」が好きになったから松浦亜弥が嫌いになった訳でもなく、松浦亜弥が嫌いになって「倖田來未」に乗り換えた訳でもないということ。

偶然から「倖田來未」に出逢い、ある時期は両方がオーバーラップしていた。


「暗黒」の2005年はあまり書きたくないが、ひとつ挙げると、ツアーが「キャプテン公演」と称して、チケットの売れない「メロン記念日」とあの「W」との「抱き合わせ」になったこと。

要するに、三分の一に「薄められ」てしまった訳で、出番は減るし、他人の歌う「あやや」の曲を聞くのは、まるで「拷問」であった。全くの「暴挙」である。そんな不満を書き込んでも、「亜弥絶対主義」はよくないと言われてしまった・・・。


2006年の『砂を噛むように…NAMIDA』は曲自体は悪くなかったが、「タイトル」が酷すぎると言い続けた。
それと、「PV」も酷かった。特に逆光のライティングの場面で「眉間のシワ」まで映っていた。まるで「オバサン」のようだと書いたら、今度は“子どもも見てるから”と注意された。

実は、この頃から松浦亜弥は意図的に(ワザと)自分を「醜く」見せようとしていた。

「ジャケ写」でも無表情(いわゆる「ブス顔」「変顔」)なものばかりになった。

「春紺」で、生演奏をバックに「自分に酔いしれたように」歌う姿に「不信」と「不安」を感じた・・・。

”この人は、誰のために歌っているのか・・・?”

にも拘らず、ファン限定の「ディナーショー」をやりだした頃には、もう限界だった・・・。心が離れた。



そして、秋に驚くべきインタビューを目にした。

「あやや」と「松浦亜弥」③

2007-10-19 22:53:22 | 「あやや」と松浦亜弥
“松浦亜弥「撲滅」キャンペーン”などと、「物騒」なことを言い出すのかというと・・・

「フラレタ」元カノw(もちろん、「片想い」なんだけど・・・w  といってもあくまでも「ファン」として!)への「怨み」から・・・?

それも少しはあるかも知れないが、話せば長くなる。かなり・・・




「あやや」との出逢いは、2004年の2月。『奇跡の香ダンス』の頃。思えば、この曲が「あやや」らしいPOPな曲の最後となった・・・。

きっかけは、末娘のためにと「コンサートチケット」を2枚取ってあげたこと。一応付き添いとして。それまで、全くと言って「興味」も無かった。
だから、「仮面ライダー」とかの「イケメンお兄さん」に「お母さん」がハマってしまう話の「お父さん」バージョン?w

『奇跡…』は、つんく♂Pの予想に反して大してブレイクせず、この後『風信子』『青春宣誓』『渡良瀬橋』…と「バラード路線」へシフトしていく。

それでも、初めてのカバー曲『渡良瀬橋』は、彼女の「温かみ」のあるヴォーカルを見事に活かした珠玉の出来と思っている。
「紅白」で『渡良瀬橋』を歌う姿を夢見た・・・。アイドルから「歌手」へのステップがあり、あと一歩踏み出しさえすればよいように見えた・・・。

しかし、その夢を無残に打ち壊したのが、あのおぞましい「後浦なつみ」であった。

明らかに、少し前にソロとなったが低迷していた「安倍なつみ」を「紅白」に出場させるためであった。

また、ブリブリのアイドルへと「逆戻り」することになった・・・。挙句の果て、肝心の「安倍なつみ」が「盗作」問題をおこし、「ミソ」までつけてくれた・・・。(その後、「安倍」はハロヲタのマドンナ的存在になったというのは、皮肉である。そのことを取っても、ハロヲタの「質」が分かる。)

「もし」、や「たら」は禁句というが、もし、紅白で『渡良瀬橋』を歌っていたら、別の「松浦亜弥」になっていたかもしれない・・・。

最後は、悲惨な結果になってしまったが、この2004年は「あやや」「松浦亜弥」にとって「ピーク」の年でもあった。

『僕らの音楽』『夢・音楽館』など、意欲的な番組への出演もあったし、TVCMにも数多く起用され「CMクィーン」にもなった。

そして、秋の『“松クリスタル AYA MATSUURA CONCERT TOUR 2004 AUTUMN』で、ひとつの「頂点」を迎えた・・・。「代々木体育館」での1万人ライブでは、「アーティスト」としての「実力」を見せつけた。
当時の「倖田來未」と比べても、むしろ「凌駕」していたと言える。ロックもあったし、ダンスも披露した。それに何より「アイドル」としての「かわいさ」では「日本一」なんだから・・・w


そして、「暗黒」の2005年と、「始まり」の2006年がやってきた。

自分を信じて・・・

2007-10-18 22:34:00 | 「あやや」と松浦亜弥
あげられないと、悲しいかな・・・?

「松浦亜弥」のアルバムの初動売上げは「22位:9960枚」だった・・・。

『オリコン』でも、「注目アーティスト」として動画コンテンツまで作ってもらっての「数字」としては、やはり寂しい・・・

これでもか!というくらいの「辛口レビュー」を某所に載せたけど、まだ気が収まらない。

「松浦亜弥撲滅キャンペーン」でも、やってみようか・・・w

ついでに、

「ハロプロ撲滅キャンペーン」・・・。

何度も聴いたけど、どうしても気に入らない。単なる「好き嫌い」か?
「メディア」の中にも「褒めて」いるものもある。やっぱり、自分の心がひねくれているのか・・・?

それにしては、あまりに「悲惨」な売上げだ。世間から、見放されてる?見捨てられてる?

いいの?悪いの?今の「松浦亜弥」。ほんとは「二代目松浦亜弥」って呼びたいくらい。もちろん、「初代」は「あやや」・・・w

残ったファンは、世間が悪い、見る目(聴く耳)が無いと言うだろう?

でも、世間が評価した曲(ヒットした曲)は、私もいい曲だと思う。

『純恋歌』や『マタアイマショウ』とか『beautiful world』とか、「絢香」も「YUI」も「B'z」もいいと思う。・・・他にも、いっぱい・・・。
くぅちゃんと「微妙」な関係の「大塚愛」ちゃんの曲だって、それなりにいいと思う。「女性観」は違うけど、様々な女性の「魅力」があるのは確かなんだから・・・。


でも、今の「松浦亜弥」の曲は、どこか「リアル・バーチャリティ」なんだな・・・。



「あやや」と松浦亜弥② and リアル・バーチャルな人②

2007-10-17 22:34:38 | 「あやや」と松浦亜弥
世間の人は、近頃の松浦亜弥を見て

「あややも、すっかり大人になって綺麗になったね・・・」

くらいに思っているのだろうか・・・?


「あやや」という「呼び名(符丁)」は残っているが、そう呼ばれた「実体」はもういない。というか、松浦亜弥が「あやや」を否定した。
彼女の「サイン」は、私がファンだった時代はずっと「ハートとAyaya」だった。否定した時から「ハートとAya」に変わった。(今は、どうなのかは知らない)

「あやや」と「松浦亜弥」

2007-10-14 16:06:28 | 「あやや」と松浦亜弥
松浦亜弥がシングル『笑顔』に続いて、アルバム『ダブルレインボウ』をリリースした。

「SUMIYA」で「試聴」してみた。今では、「バーコード」で入力すると新曲でも試聴できるようになっているんだ。もちろん、「フル」ではないけれど・・・。

その前の『Naked songs』よりも、「松浦亜弥」色がハッキリ出ている。ということは、多分セールス的には期待できないだろう・・・。
「オリコン」のディリーを見たら、「フラゲ日」が8位で「発売日」に11位で、その後は20位「圏外」へ・・・。


彼女の「歌いたい」という曲と音楽ファンの「聴きたい」というそれが、全くズレている。

リリースのコメントで、アイドル時代は「作り込み」の世界観を歌っていたが、今回は「リアル」な松浦亜弥を伝えたいと言って、またも「アイドル時代」を否定している。
しかし、東京生まれの東京育ちの「小林綾子」ちゃんが東北の少女「おしん」を熱演したのは、徹底的に「演技」を作り込まれたから・・・。「プロ」の仕事は、結果が全て。

あくまでも「大人の歌手」に拘る彼女にとって「致命的」なことは、皮肉にも歌手としての「命」である「声質」が幼すぎること。「絢香」や「平原綾香」「AI」などと比べてみればいい。
彼女の「声」で背伸びした曲を歌うのは、「ピッコロ」1本で『運命』を演奏しようとするようなものだ。

また、彼女はいろいろな歌い方のできる「テクニック」を持っているが、あたかもそれをひけらかすような歌いぶりは「鼻持ちならない」ほど「クサイ」と感じる時もある。「テクニック」が「テクニック」として聞こえてしまうのは哀しい。

彼女が「芸能界デビュー」したのは、『美・少女日記』というモノローグの不思議な静けさに溢れたドラマだった。
最初に「人前」で歌ったのは、後に4thシングルとなる『100回のKISS』だった。
そして、「ファーストツアー」の最中に「ジーンズ」に「白のブラウス」、「素足」で歌った伝説の「FACTORY」ライブを行った。
この3つのことから、「松浦亜弥」は本来、とても物静かな「少女」であったということが分かる。

それが、『ドッキドキ!LOVEメール』から、あの「キャピキャピ」の「元気印」の「アイドル:あやや」として活躍したのは、「声質」を含めて「あやや」としての「商品価値」を見抜いていたからに違いない。

しかし、彼女はついに「我慢」が出来なくなってしまった・・・。