今更留学記 Family medicine

家庭医療の実践と、指導者としての修行も兼ねて、ミシガン大学へ臨床留学中。家庭医とその周辺概念について考察する。

ミシガン大学家庭医療学科でみた科学的根拠に基づく健診

2007-09-19 09:04:45 | けんしん
前回のブログでも触れましが、ミシガン大学の家庭医療学科を2004年に訪れたときに健診についてまとめた文章があるので載せます。
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 今回、ミシガン大学家庭医療学科 East Ann Arbor Health Centerを訪れる機会にめぐまれた。同センターでは佐野潔先生(現パリアメリカン病院)を中心に、日本からの見学者を積極的に受け入れていることもあり、「ミシガンで家庭医をみた」という報告は多くの医学生、医師からなされている。そこで今回は、トピックを「健診」に絞って報告したいと思う。
 
1.背景~日本の現状と北米の現状

 現在日本では、労働安全衛生規則に基づく「基本健康診断」、老人保健法に基づく「基本健康診査」、「がん予防重点健康教育及びがん健診実施のための指針」に基づく各種癌検診など、スクリーニングを中心とした画一的な「集団けんしん」が法律や規則に基づいて広く行われている。
 これらのけんしんで行われている項目には、利益が害を上回るという科学的根拠に欠けるものが多く含まれており、不十分なフォローアップなども相まって、その効果には疑問の余地が多いのも事実である。
 一方北米などの主要先進国では、定期的な予防医療サービスの必要性と具体的内容を初めて根拠に基づいて批判的に評価したFrameとCarlsonによる研究論文が1975年に発表されて以来(1-3)、年に1回の定期的予防医療サービスは廃止されている。かわりに、「個々の患者が急性疾患や慢性疾患の管理のために受診した際に、その患者にとって必要な予防医療サービスを根拠に基づいて選択的に提供する」アプローチ(case-finding approach)が推奨されている。その際に提供するべき項目は、根拠に基づいた予防医療ガイドライン(4)として発表されている。
 

2.Ann Arborにおける健診活動
 ミシガン州のデトロイト近郊には、トヨタを初めとした日本企業が進出し、多くの日本人駐在員が居住している。ミシガン大学家庭医学科では、地域の日本人コミュニティーにおけるニーズに応える形で日本語の出来る医療スタッフを中心に、「日本人プログラム」と称した医療を提供している。
 ここで、健診に話を絞ろう。日本政府の指導の元、半ば義務化された職場健診を行っている日本の大企業では、海外の社員にも健診を受けさせている。これにこたえる形でEast Ann Arbor Health Centerでも健診業務を行っている。健診の費用は大部分が会社持ちであり、受診者の懐は殆ど痛まない。医療サイドからすれば、アメリカにおいても健診はもうかる仕事である。そういったインセンティブはあるのは確かである。しかし、特筆すべきはその内容が日本の健診と大きく違うことである。

例として、同様の症例に対し、日本の健診とミシガンの健診でなされるであろう医療面接を比較してみる。

症例:1年前の健診でも高脂血症を指摘された40歳男性。通院はしていない。仕事は残業が多く、帰宅後の夕食はいつも23時頃である。運動はしていない。

"日本"

医師
「こんにちは、Aさんですね。高脂血症がありますね。運動をよくして食事に気をつけてくださいね。食餌療法は、栄養士さんに相談してもらうことも出来ますが希望されますか?・・・採血結果は郵送しますね。Aさん、もうそろそろ薬を飲んだほうが良いかもしれませんね。」


"ミシガン"
医師
「Aさん、お久しぶり!去年話したことは憶えていますか?実践できています?うそついてもダメですよ!後で奥さんからもじっくり聞いちゃいますから。・・・AさんはB社のC工場のほうでしたよね。あそこのカフェテリアは日本食ありましたっけ?・・・食事の内容も大事ですけど、ちゃんと20時までに帰って食事してくださいよ。中身に気をつけても、真夜中に食べてすぐ寝てたんじゃあ意味ないですよ!残業は家に持ち帰って、夕食後にやるのは無理ですか?会社に掛け合いましょうか?もし早く帰れなければ、弁当を用意してもらってもっと早い時間に食べるのはどうですか?それならできます?それでは来年までの約束として、弁当を作ってもらってでも夕食の時間を20時までにするというのでどうでしょう?」

ちなみにこの後、妻の健診があり、夫の食生活の話について話をし、夫の会社B社にも後日、家に残業を持ち帰ることで帰宅時間を早められないかとかけあっている。


3.健診の問題点と改善法

上記の症例に対する両者の違いがどこからくるのか、また今後の改善点は何かをまとめた。

(a) カウンセリング重視
 日本の健診は多くの検査によるマススクリーニングが中心である。食事や運動への介入となるとなかなか実践できていないのが実情である。一方、米国の家庭医は必須の知識として行動科学のトレーニングを受けており、行動変容を促す為の具体的なアイデアが満載である。個々に合わせた具体的な方策を提案し、次回までのテーマとして約束してもらっている。

(b) 予防医療の一元化と継続性
 日本の健診センターでは、毎年担当する医師が変わることも多い。結果も郵送であり、医療が必要な状況でも、本人がその気にならなければ医療機関を受診せずに終わってしまう。結果として、毎年高脂血症を指摘されても、殆ど介入が入らないことが多い。
 また、かかりつけ医がいても、患者が自己申告しなければ患者が健診センターで健診を受けたことすら、かかりつけ医の耳に入らないこともある。これは、日本では健診が日常の医療とは全く別のものと考えられており、健診は健診センター、普段の診療はかかりつけ医と完全にすみ分けがされていることから生じている。結果として、かかりつけ医で充分なフォローアップをしているにもかかわらず、全く同じ検査を健診で無駄に受けたり、健診を受けていることすら主治医が把握できていないことが多い。
 一番望ましいのは、予防医療活動を全て家庭医(かかりつけ医)に一元化することであるが、少なくとも健診が医療であるという意識を持ち、健診センター、かかりつけ医の両者が連携を意識し、継続性を保つようつとめる必要がある。

(c) 時間をとる
 カウンセリングを重視し、じっくり話をするには、日本のように1人3分では無理である。ミシガンでは一人に対し20分から30分程度の面接時間を確保していた。

(d) 家庭をみる
 家庭医の醍醐味とも言えるものであるが、個々の生活スタイルに踏み込むのはもちろんのこと、家族相互の関係も重視する。ミシガンでの家族健診では、夫婦だけでなく子供も一緒に受診している。夫の高脂血症に対し、夫の栄養指導を妻に働き掛けるのはもちろんのこと、夫の遅い帰宅時間との関連から妻のメンタルケア(抑鬱など)、父親とのコミュニケーションを増やすことによる子供の言語発達にも言及することができる。

(e)医学的根拠に基づいた予防医療の提供
 ミシガンで提供している健診は、原則的にはUSPSTFのガイドラインに沿った内容である(表1)。もちろん、患者側からの要望に応じ多少は医学的根拠に欠ける内容の採血なども行っているが、日本のように若者に胃癌検診をしたり、毎年心電図をとったりはしていない(表2)。
 日本ではEBMがキーワードのようにあふれている現在でも、健診に医学的根拠を求める声は少ない。これは、健診が産業となっており、予防医療という医療行為の一環として認識されていないのが一因と思われる。EBMの提唱者の一人であるSackett(5が主張しているように、予防医療こそ医学的根拠が厳密に求められるべきであり、医学的根拠に基づいたガイドラインの策定が早急に望まれる。多くの心ある現場の医師は、割り切れない気持ちで今日も健診業務に携わっているはずである。

4.健診の向うべき道は?

 日本の健診に対し否定的な意見を多く述べてきたが、日本で行われてきた健診のマススクリーニングという形態は、北米のCase-finding approachと比較し、受診率を上げるなどの良い点もある。しかし大腸検診など医学的根拠の明らかな介入のほうが受診率が低いのは残念である。日本の健診制度のもと、米国のガイドラインを適用したミシガンの健診の姿は、和洋折衷ともいえるもので、今後の日本の健診のあり方を考える上で大変参考になると考えた。

最後になったが、このような貴重な機会を与えて下さった、ミシガン大学の佐野潔先生、マイク・フェタ-ズ先生を始め、お世話になった皆様方に深くお礼申し上げる。

1. Frame PS, Carlson SJ. A critical review of periodic health screening using specific screening criteria. Part 1: Selected diseases of respiratory, cardiovascular, and central nervous systems. J Fam Pract. 1975;2:29-36.
2. Frame PS, Carlson SJ. A critical review of periodic health screening using specific screening criteria. Part 2: Selected endocrine, metabolic, and gastrointestinal diseases. J Fam Pract. 1975;2:123-9
3. Frame PS, Carlson SJ. A critical review of periodic health screening using specific screening criteria. Part 3: Selected diseases of the genitourinary system. J Fam Pract. 1975;2:189-94
4. U.S. Preventive Services Task Force. Guide to Clinical Preventive Services: An Assessment of the Effectiveness of 169 Interventions: Report of the U.S. Preventive Services Task Force. Baltimore: Williams & Wilkins; 1989.

U.S. Preventive Services Task Force http://www.ahcpr.gov/clinic/uspstfix.htm

5. Sackett: CMAJ 2002 167(4) 363-4
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字数オーバーしたので表1,2は次の項にします

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