「白秋」に想ふ―辞世へ向けて

人生の第三ステージ「白秋」のなかで、最終ステージ「玄冬」へ向けての想いを、本やメディアに託して綴る。人生、これ逍遥なり。

「知るは楽しみ」を超えて―『発展コラム式 中学理科の教科書 第2分野(生物・地学)』

2013年01月14日 | Science
☆『発展コラム式 中学理科の教科書 第2分野(生物・地学)』(石渡正志・滝川洋二・編、講談社ブルーバックス)☆

  もう20年以上も前「クイズ面白ゼミナール」という番組がNHKで放映されていた。その冒頭、司会の鈴木健二アナウンサーが「知るは楽しみなりと申しまして、知識をたくさん持つことは人生を楽しくしてくれるものでございます」と前口上を述べる。この言葉がいまも耳に残っていて、本書を読んだときも真っ先にこころに浮かんできた。本書はページを繰るごとに、次から次へと知らないことが出てきて、知ることの楽しさを実感した。
  本書は『発展コラム式 中学理科の教科書 第1分野(物理・化学)』の第2分野(生物・地学)版だから、「発展コラム式」の名のとおり検定教科書の範囲を大きく超えているとはいえ、本来は中学で学んでおくべき知識のはずなのだが、あまりにも知らないことや、あやふやな知識が多かったことに驚かされた。第1分野(物理・化学)はどちらかというと科学の基礎概念(抽象的概念)を学ぶことに主眼がおかれているが、第2分野はさまざまな知識、とりわけ身近な(具体的な)自然や現象にかかわる知識が多く含まれているため、知識を得た実感が強いのかもしれない。
  ラクダは背中のこぶに水分をためていると思っていた。ところが、こぶは水分補給に直接関係していないという(p.192)。ラクダは消化管の中や血液中に水分をためていて、海水よりも濃い塩分濃度の尿を作ることで水分の排出を抑えているのである。さらに、ラクダは排尿を後ろ足にかけて、その気化熱を利用して後ろ足を冷やしてもいる。驚きとともに実におもしろい話である。われわれは毎日、ほかの生物(植物や動物)を食べて生きているのだが、食物を植物や動物として見ることは意外とないものである。本書では「植物の分類と体の特徴」を「野菜売り場で考える植物学」(p.53)、「動物の分類と体の特徴」を「魚売り場で考える動物学」(p.218)として、食卓に上る食物を生物学の目で捉えなおしている。学校で習う生物学は学問の領域でとどまってしまうことが多いものだが、日々の生活と学問を結びつける試みとしてなかなか秀逸である。
  東日本大震災後、活断層はよく話題に上るが、そのつながりでアスペリティという言葉も耳にすることが多くなった。アスペリティとは断層で岩盤が接している面の引っかかりのことをいう(p.99)。遅まきながら、その意味を本書で初めて知った。昨年(2012年)の日本科学技術界での最大の話題は、何といっても山中伸弥さんのiPS細胞研究によるノーベル生理学医学賞受賞だろう。本書でも細胞の再生に関連してES細胞とiPS細胞について簡単にふれられている(p.304)。本書は2008年の出版だから山中さんの受賞はおろか、あの大震災もまだ起きていない。アスペリティもiPS細胞も世間では突然のように話題に上ってきた感があるが、その基礎は中学理科の範疇(と、その発展)の中にあったのである。ちなみに、冥王星が惑星の定義からはずれ準惑星になったのは出版前の2006年のことであり、その経緯についてはかなり詳しく説明されている(p.380)。
  知ることは純粋に楽しいことである。その知識が役に立つか否かにかかわらず、知識は人生を豊かにしてくれる。しかし、良かれ悪しかれ科学技術の力によって文明を築き、その文明がいま自然の前で翻弄されている姿を目の当たりにしているわれわれにとって、自然や科学技術にかかわる基礎的な知識、すなわち理科の知識(科学リテラシー)はわれわれの生存に直接かかわりをもっている。知ることを楽しみとしながらも、さらに一歩進めて、基礎的な知識を身につけ活かしていくことが求められているように思う。津波の発生メカニズムや津波被害の説明の後、「地震発生の情報を得たらできるだけ早く高台に避難するなどの行動をとることが、自分の命を守る唯一最善の策である」(p.95)と本書に書かれている。これが2008年に書かれたことを思うと、いまわれわれに重い宿題が課されていることを自覚しなければならない。

  

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