「白秋」に想ふ―辞世へ向けて

人生の第三ステージ「白秋」のなかで、最終ステージ「玄冬」へ向けての想いを、本やメディアに託して綴る。人生、これ逍遥なり。

忘れられし者たちへの鎮魂―『神と語って夢ならず』

2013年02月20日 | Yuko Matsumoto, Ms.
☆『神と語って夢ならず』(松本侑子・著、光文社)☆

  浦賀への黒船来航は、日本が近代国家として歩みはじめる契機となった象徴的な出来事である。しかし、異国船の出没や来航は浦賀など太平洋岸に限ったことではなく、いまは島根県に属し、当時は松江藩の統治下にあった隠岐もまた異国との先鋒に立たされていた。勤王の気風があった隠岐では、黒船来航をひとつのきっかけとし、圧政への不満などがあいまって、隠岐の庄屋や農民が決起し松江藩の郡代を追放、さらに自治政府を立ち上げた。これが世にいう隠岐騒動である。検定教科書に隠岐騒動についての記述があるのかどうかは知らない。たんなる不勉強によるものかもしれないが、学校で学んできた歴史の授業で隠岐騒動の話を聞いたおぼえはなく、本書『神と語って夢ならず』ではじめてその概要を知った。
  著者の松本侑子さんは、考古学者が地中から遺物を発掘するように、歴史に埋もれた隠岐騒動の実像を丹念に浮かび上がらせていく。さまざまな史料を駆使し、足繁く現地へ赴きながら、一つの世界を構築していく手法は、『赤毛のアン』の翻訳や先の著書『恋の蛍』の読者ならばなじみ深いはずである。しかしそれでも、個々の史料を読み解きつなぎ合わせていく作業は一流の研究者にも引けを取らないものであり、中途半端に研究を生業としているものからすると、ただただ頭が下がる思いである。研究ならば、史料から読み取れないことは基本的に対象にはならず、蓋然性のない推測もその質を下げるだけだろう。ところが、松本さんは研究者ではなく、あくまで作家・翻訳家である。作家には、物語を紡ぐための想像力あるいは創造力というさらに高いハードルが課される。そこが作家の腕の見せ所でもある。
  物語の主人公である井上甃介は、隠岐騒動の中心人物の一人である。甃介についての客観的な史料は残っていても、人間としてのこころの動きは想像力の翼をはたらかせるしかない。『小説宝石』の連載時とは異なり、最初から甃介に焦点が当てられて話がすすんでいく。読者は容易に甃介に感情移入してページを追っていくことになるだろう。甃介は情熱的で行動力もある人物として描かれているが、けっして完璧ではなく未熟で弱さも持ち合わせた男である。聖人君子ではないところが、甃介をより魅力的に見せ、小説に親近感を抱かせる意味でも成功しているように思う。甃介と志を同じくする男たちは躍動感にあふれ、読者のこころを躍らせる。また、甃介が二人の妻や女たちと情を交わすシーンはどこか艶めかしく、読む者さえも惑わすような筆致である。
  物語の前半では、若き日の甃介とともに、隠岐のおかれた状況や幕末の歴史的事実が淡々と語られていく印象だが、後半に入るとスピード感をもって物語の核心へと迫っていく。甃介たちの思いは、新政府の裏切りにあうなど時代のうねりに翻弄され、自治政府はわずか80日あまりで幕を閉じる。夢がついえた甃介と男たちの落胆や絶望感には涙を誘われる。歴史は勝者によって作られる。われわれはいま隠岐騒動と呼ぶが、騒動とは後世の歴史すなわち勝者から見た名付けであろう。言い換えれば、われわれもまた勝者の史観に立っているのである。そう思うと、かつての隠岐や甃介のように、大きな時代のうねりの陰に埋もれようとしている現実がいまも眼前にあるのではないかと考えてしまうが、これはあまりに深読み過ぎるだろうか。
  松本侑子さんは『恋の蛍』で山崎富栄を、太宰と心中した軽薄な女という世間の思い込みから、知的で洗練された女性へと解き放った。明治維新もまた、薩長やドラマに登場する幕末のヒーローたちだけによって成されたものではなく、少なくとも隠岐では新たな国づくりへと理想を燃やしていた男たちがいたことを、この『神と語って夢ならず』で明らかにしてくれた。歴史を振り返るとき、史実と思われたことがたんなる思い込みであることや、自らが勝者の史観に立っていることを、つい忘れてしまうものである。いわば大文字の歴史の陰に、幾多の忘れられし出来事があり、忘れられし者たちがいたのである。庄屋・横地官三郎を追悼する漢詩の一節「神と語って夢ならず」は、忘れられし者たちへの鎮魂の言葉であり、本書『神と語って夢ならず』は松本侑子さんの忘れられし彼らへの鎮魂の叙事詩であるように思う。
  その後、井上甃介は井上香彦と名をあらため、隠岐で医業に専心し、大正13年に米寿の歳で亡くなった。隠岐の山桜はまだ固いつぼみのころだったという。余談だが、奇しくも同じ年に、わが母がこの世に生を受け、いま米寿の歳を過ごしている。隠岐と母とは何のつながりもないが、時と時との接点を思うと、江戸末期から大正の世まで生きた甃介が身近に感じられ、騒乱の時代に思いを馳せながらも、静謐な気持ちで「春宵花影図」が装丁された表紙を閉じることができた。

追記
  『神と語って夢ならず』の執筆動機や背景については、『小説宝石2月号』のインタビュー記事や、「松本侑子ホームページ」に紹介されている。ホームページには舞台となった隠岐などの写真も掲載され、しばし目を引かれる。

  

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