「白秋」に想ふ―辞世へ向けて

人生の第三ステージ「白秋」のなかで、最終ステージ「玄冬」へ向けての想いを、本やメディアに託して綴る。人生、これ逍遥なり。

『プリンキピアを読む』

2009年06月22日 | Science
『プリンキピアを読む』(和田純夫・著、講談社ブルーバックス)

  「プリンキピア」はいわずと知れたニュートンの名著であり、現在にいたる科学技術の基礎を形作った本といって良いだろう。しかし「プリンキピア」には何がどのように書かれているか、意外と知られていないのではないだろうか。たしかに「プリンキピア」は「ニュートンの法則」を記述しているのだが、その記述方法は一般的な理解とは異なっている。われわれがニュートン力学を習うとき、その記述に微分積分は欠かせない。ところがニュートンは微分積分を使わずに力学を説明しているのである。(※) 驚くことにニュートンは幾何学的な説明を積み重ねることで「ニュートンの法則」を記述しているのである。著者の和田純夫さんは、かつて東大全共闘議長・駿台予備校の名物講師であり、骨太の物理学史書を著わしている山本義隆さんの言葉を引用して、われわれが学校で習う微積分を用いた力学が「ニュートン力学」ならば、「プリンキピア」で語られている力学は「ニュートンの力学」であるとして区別している。
  本書は何となく買ってしまったというのが本当のところだ。ごく基礎的な力学や微積分を教えていることもあって、授業の話のタネくらいにはなるかなという思いも少しはあった。ところが実際に読み始めてみると、能力というよりは相当な忍耐力を要することがわかった。結局のところ緻密な証明などの記述はとばし、幾何学的な説明や図をながめるだけで終わってしまった。文字だけの難解な本(例えば哲学書など)を読み込むことは必ずしも忌避しないが、数学的(本書の場合は幾何学的)論理に寄り添いながら本を読み進めていくことには、自分の能力の限界を感じることがよくある。もちろん前者がよく理解できるというわけではない。ただ、後者に対してはより高い壁を感じるということだ。その意味では、やはり本質的に文系よりの人間なのかもしれない。

(※)現在われわれが用いている微積分の記述表記は、ニュートンではなくライプニッツによるものされている。

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