「白秋」に想ふ―辞世へ向けて

人生の第三ステージ「白秋」のなかで、最終ステージ「玄冬」へ向けての想いを、本やメディアに託して綴る。人生、これ逍遥なり。

オリオン座からはじめる現代天文学入門―『オリオン座はすでに消えている?』

2012年12月25日 | Science
☆『オリオン座はすでに消えている?』(縣秀彦・著、小学館101新書)☆

  天文に興味をもちはじめて最初におぼえた星座は何だったのだろうか。ひしゃくの形の北斗七星(おおぐま座)か、W型のカシオペヤ座か、それともやはり三ツ星が印象的なオリオン座だったのか。その記憶は定かではないが、父親に口径6センチの屈折望遠鏡(経緯儀)を買ってもらい、最初に覗いたのはたしか月面と土星だった。その次に望遠鏡を向けたのは三ツ星の下に見えるオリオン大星雲(M42)だったように思う。天文の本を開けば、必ずといっていいほど出てくる星雲の代表格だったからだ。
  三ツ星を取り囲む4つ1等星と2等星もオリオン座を整った形にしていて、子どもの頃の自分の目も引いたはずだ。少しよく見れば、左上の1等星ベテルギウスと右下の1等星リゲルの色の対比にも気がつく。赤いベテルギウスを平家星、青白いリゲルを源氏星といわれてきた由縁である。あまり天文に興味がなくても、冬の夜空を見上げればオリオン座はすぐにだれの目にも入るし、その特徴も記憶に残りやすい。
  ベテルギウスが今年(2012年)超新星爆発を起こすという話題が、昨年ネットに流れたそうである。マヤ暦による世界終末説(2012年12月21日に世界は最後を迎える?)ともリンクしていたらしい。ちなみに、その世界終末説の真偽のほどは、いまこのブログが存在していることからも明らかだろう。しかし、赤色超巨星のベテルギウスが近々―といっても、いまから100万年後までの間―に超新星爆発を起こすのはほぼ確実である。
  本書はベテルギウスの超新星爆発を切り口にして、現代天文学のさまざまな話題について実に手際よくまとめられている。星(恒星)の一生を知るにはHR図が欠かせない。HR図は星の色のちがいも説明するものだが、そのことをはじめて知ったときの感動はいまも忘れられない。この本を読んではじめてHR図を知った人は、同じ感動を味わうことができるかもしれない。もっとも、HR図は20世紀初頭に発表されたもので、現代天文学の話題というよりは、現代天文学の基礎をなす概念というべきだろう。
  はじめてHR図のことを知った本(少々専門的な天文書)には、まだ「宇宙背景放射」の言葉など載っていなかった(歳がばれるというものである)。しかしいまや宇宙背景放射はビッグバンを知るためのキーワードであり、ダークマターやダークエネルギーの概念を通じて現代天文学と素粒子物理学は密接につながっている。そのあたりの説明もわかりやすい。もちろん本書ですべてがわかるわけではないが、さらに詳しく知るための橋渡し役は果たしているように思う。それは、著者の縣秀彦さんが国立天文台准教授・普及室長であり、天文学を中心としたサイエンス・コミュニケーションを専門としていることの表れともいえそうだ。
  最終章では、日本の天文学の最新事情を望遠鏡などの技術面から語っている。天文学研究を推進するためには、新たな設備やさらに大型の望遠鏡の開発が不可欠である。しかしそのためには、多額のお金が必要となり、それを国民の税金で賄うとなれば、研究者は研究意義を説得的に説明しなければならなくなる。世界各国の協力で「TMT」と呼ばれる超巨大望遠鏡の開発が計画されている。その日本の負担額は250~300億円で、すばる望遠鏡や人工衛星を一つ打ち上げるのと同程度だという。その意義として、望遠鏡などの天文機器の開発技術が日常生活や医療の分野でも活かされていること、日本が国力を維持するためには科学技術立国であり続ける必要があることなどを、縣さんは挙げている。
  望遠鏡に使うお金があるのならば、もっと直接役立つ医療や社会福祉にまわすべきだという声はあるにちがいない。もちろん最終的な決断には国民の声を真摯に聞く態度と、予算の精査が欠かせないが、直接的なものだけにお金を使うというようなギスギスした社会は、国民の気力や元気を徐々に削いでいくようにも思う。結局のところ、最終的には経済至上主義に落ち込んでいくのではないだろうか。あまりに理念的すぎるといわれるかもしれないが、「人はパンのみに生きるにあらず」という使い古された言葉を思い出す。これは「宇宙を知ることは、私たち自身を知ることにつながる」という縣さんの言葉と無関係ではないはずである。
  縣秀彦先生(ここでは「先生」と呼ばせていただく)には何度かお会いしたことがあり、直接言葉を交わしたこともある。この本と同様にソフトな語り口で、むずかしい天文の話をわかりやすく話される方である(縣先生の人柄は『天文学者はロマンティストか?』にもよく表れていた)。繰り返しになるが、それはサイエンス・コミュニケーションにかける情熱の表れでもあるように思う。本書は現代天文学の入門書であると同時に、日本の天文学研究を推進するために、読者を天文学の魅力へと誘い、天文学研究の隘路を打開するための天文学“研究”の入門書(すすめ)であるともいえそうだ。




下の写真はオリオン座と冬の大三角―ベテルギウス(オリオン座α星)、シリウス(おおいぬ座α星)、プロキオン(こいぬ座α星)―と木星、アルデバラン(おうし座α星)(手持ちのデジカメで撮影、撮影日時:2012年12月13日23時頃)







  

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ブックマーク更新・整理 | トップ | 天に星、地に花、そして・・... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

Science」カテゴリの最新記事