「白秋」に想ふ―辞世へ向けて

人生の第三ステージ「白秋」のなかで、最終ステージ「玄冬」へ向けての想いを、本やメディアに託して綴る。人生、これ逍遥なり。

『まず歩きだそう』

2009年07月03日 | Science
『まず歩きだそう』(米沢富美子・著、岩波ジュニア新書)

  『猿橋勝子という生き方』の著者である米沢富美子さんの自伝。そこで書いたように『猿橋勝子という生き方』は女性科学者のロールモデルとして猿橋さんの生き方を紹介することが執筆目的の一つであった。本書もまた「若い女性たちにひとつのロールモデルを提供すること」を目的の一つに挙げている。一読して、米沢さんの猿橋さんを上回る行動力や集中力には唖然とさせられた。子どもの頃からの抜群の数学力、大阪府立茨木高校から初の京大入学女子生徒、30倍の競争率に打ち勝って京大基礎物理学研究所助教授採用、そして女性として初めて日本物理学会会長への就任など、能力的にも並大抵ではない。一般の女性たちや普通の理系女子学生にとってはあまりに高い目標であって、はたしてロールモデルになるだろうかと逆に心配になってくる。
  しかし一方で、どんなに学業優秀であっても「男子のみ」の求人票しかないことに不条理を感じたり、夫君の励ましで研究と結婚の両方を選んだ人生も語られている。後年60歳の若さで夫君が他界し大きな喪失感も味わい、いま自ら古希を迎えて実母の介護と向き合っている。一流の科学者としての人生だけでなく、一人の女性としての生き方も淡々と綴られているところがこの本の魅力である。最後に米沢さんは自らの人生のモットーを紹介している。
  一 自分の能力に限界を引かない
  二 まず歩きだす
  三 めげない
  四 優先順位をつける
  五 集中力で勝負する
  最初のモットーに関係して「自分の可能性に限界を引かないことが、すべての大前提である」と米沢さんはいう。そのことを身をもって示すために、自慢話になりかねない並はずれた能力や研究業績を書き連ねているのではないだろうか。男女に能力差はないとの主張もこのモットーから導き出されているように思う。米沢さんが手の届きそうにない目標であっても、理系を志望する女子生徒や科学者をめざす若い女性にとって大きな励ましであるのは確かだ。自分にとっても、この五つの言葉はガーディアン・エンジェルからかけられた声のように思えた。日々の生活、介護、そして研究を並立してこなしていくことは心身ともに大きなストレスである。しかし、初めから無理だとあきらめてはいけない。まず歩きだし、困難にあってもめげないで、優先順位をつけながら、集中力で勝負すれば、いずれ道が開けてくるかもしれない。米沢さんの言葉がこころにしみた。

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