ラジオ番組のテーマ曲として最も有名な曲が「Bittersweet Samba」であるということに反論する人は少ないだろう。
ハーブ・アルパートとティファナブラスのヒット曲。そう、あのオールナイトニッポンのテーマ曲だ。
オールナイトニッポンはラジオの深夜放送の先駆的な存在であるとともに、
日本のサブカルチャーのオピニオンリーダーとして君臨していた。
ラジオが若者に対して一定の影響力を持ちえていた60年代後半から70年代中ごろまでの話である。
深夜放送にどっぷりとはまったのは、私たちよりも少し上で団塊の世代よりは少し下の世代の方々であろう。
我々の世代もかろうじてそういった文化に触れる機会はあった。
受験勉強をしながらオールナイトニッポンを聞いたりはしたが、黎明期の個性あるパーソナリティは
その頃にはもういなかったように思う。
そんな黎明期のオールナイトニッポンのパーソナリティというかDJとして活躍したカメちゃんこと亀渕昭信氏。
あの、ホリエモンによるニッポン放送の買収劇では、
会見の席上困惑してしまってどうにも居場所をなくした亀渕社長の姿を何度も見た。
そのときに「ああ、この人は経営者などになるべきではなく、
いつまでも現場で大好きなポップスをかけているべき人なんじゃないか」と思った。
そんなカメちゃんがホリエモン騒動の後に、死期を悟った母君から「こんなものがあるよ」といって渡されたのが、
納戸の奥から出てきたかつて彼がオールナイトニッポンのDJを勤めていた頃に送られてきた200通あまりのはがき、手紙の束だった。
今から35年前に番組宛に書かれたものである。
彼は逡巡したが、そのリクエストカードを書き送ったかつての若者たちを探し出して会ってみようと決心する。
「この手紙を書いた人たちは、今、どこで何をしているのだろう。
どんな人生を歩んだのだろう。あの時代のことをどう感じ、今の時代をどう生きているのだろうか。
もし、お目にかかることが出来たら、どんな話ができるのだろう」
そんな思いから旅は始まったのだ。
今さら昔の手紙を持ち出して会いたいといわれても困惑する人がほとんどではないか、という危惧を抱きながらも
(また実際にそういう方も中にはいたそうだが)、あらゆる手段を講じて差出人を探し出し、
その何人かに実際に会って手紙を読んでもらい、話を聞いた。
その模様は「35年目のリクエスト」として番組になり、そしてこの本にまとめられたのだ。
ラジオを通してカメちゃんとの濃密なひと時を過ごした多感な若者の多くは、今は50代前半から半ば。
それぞれにさまざまな境遇を乗り越えて、今をしっかり生きている、生きようとしている方々ばかりであった。
そんな方々に対するカメちゃんの暖かなまなざしがまたとてもいいのだ。
カメちゃんに会った瞬間にみんなあの頃に戻っていくのも読んでいて楽しかった。
青春とはそうしたものなのだろう。
あの頃を必死に生き、そしてあの頃を大切に胸に抱きながら今へと連綿と続く道を歩んできた方々の人生は、
読みながら胸に迫るものがあった。
ラジオというのは非常にパーソナルな、そしてある意味で顔の見えるメディアだと思う。
だからラジオのようなメディアは残っていくべきだと思うし、そうあって欲しいと思う。
インターネットが当たり前の今、その思いはいっそう強くなるのだ。