ここではないどこかへ -Anywhere But Here-

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真夏の島に咲く花は/垣根涼介

2007-02-07 21:17:30 | 
この本を読むまでフィジー諸島については殆ど知らなかった。
南太平洋のどこかに浮かぶリゾート地で日本からの観光客も多いところ。
そのぐらいの貧しい知識しかなかった。

地図帳で見てみるとフィジーの首都スバのあるビチレブ島は意外に大きな島で、
ハワイのオアフ島よりもずっと大きい。
国全体の面積は四国ほどだというから南海の小島というわけではないのだ。

フィジーにはもともとこの島に住んでいたポリネシア系のフィジアンと、
宗主国イギリスの植民地であった頃、
労働者として連れてこられたインド人の子孫が数多く住んでいる。
国をほぼ二分するこの二つの民族はこれまで対立を繰り返してきたのだそうだ。

小さな島国とはいえ複雑な背景をもつこのフィジーを舞台にした青春群像がこの物語である。

脱サラして日本食レストランを経営するために両親とともに
ハイスクール時代にこのビチレブ島にやってきたヨシこと良昭。
彼は両親の経営するナンディの店の店長を任されている。

平凡なOLだったアコこと茜はフィジーに自分を惹きつける何かを感じて、
その何かを見つけるためにこの島にやってきた。
ワーキング・ビザを取り1年前から日本人観光客向けのツアーガイドをやっている。

そのアコの彼氏でフィジアンのチョネは鷹揚な大男。
暖かくて食べることには困らず、財産私有の観念に薄いフィジー人。
チョネは細かいことにあくせくとしない典型的なフィジー人だ。
ナンディの街のはずれのガソリンスタンドに勤めている。

ヨシの彼女はインド系のサティー。
父親は苦労して観光客向けの土産物屋を大きくし今ではナンディの一等地に店を構えるまでになった。
サティーは父の店を手伝っている。
勤勉なインド系フィジー人たちはその日暮らしで刹那的で
まじめに働くことの苦手なフィジアンたちをどこか見下している。
サティーの父親もそんな一人だ。

ヨシとチョネとサティーはハイスクールの同級生で、
ハイスクール時代にヨシの計らいでチョネとサティーは付き合っていた。
しかし、フィジアンとインド人との対立のはざまで二人の仲は引き裂かれ、
チョネは卒業と同時に一度は故郷のタベウニ島へと帰ってしまうのだが
一年前にふらりとナンディに戻ってきたのだ。

そんなある日首都スバで民族対立を背景としたクーデターが勃発する。
遠く離れたナンディは一見平穏を装っていたが、観光客は徐々に減り始めやがて
それぞれの生活に影を落としていく・・・。

南の島を私たちは憧憬をもって「南の楽園」と呼ぶ。
いつも何かを持っていてその何かを守るためにあくせくと働いている私たちは
南の楽園に思いをはせる。
しかし、一見楽園のような世界にも現実の生活はあるし誰も彼も生きるのに精一杯だったりする。
それはこの楽園のようなフィジーだって同じなのだ。
だから私たちの楽園はもしかしたら土地ではなく私たち自身の中にある。
それぞれの人生の中にあるのではないか。

フィジーでの政変は全くのフィクションだと思っていたのだが、
実際にこの国ではフィジアンとインド人との対立からしばしばクーデーターが起きており
つい昨年も軍によるクーデターが起きている。
南の島とはとても思えないが、どこかのんびりとした雰囲気があるのはこの国ならではなのだろうか。

著者の垣根涼介とは同い年である。
同世代として共感できるアイデンティティを持った作品だった。