ここではないどこかへ -Anywhere But Here-

音楽・本・映画・サッカーなど興味の趣くままに書いていきます。

4/27のランニング

2008-04-27 21:20:34 | ジョギング
久しぶりに約5キロのジョギング。ゆっくりと走るが次第に春も深まってきて喉が渇く。
そろそろ、水分補給も考えながら走らなくてはいけない。

J1第7節 FC東京対川崎フロンターレ(調布・味の素スタジアム)4-2

2008-04-26 21:59:07 | サッカー
相変わらず、更新が後手を踏んでいて、今日はすでに8節の試合が終わっているのだが、1週間前の試合のレヴューを今頃・・・。

ダービーの次は「多摩川クラシコ」。忙しい。去年命名された川崎との多摩川決戦は多分にクラブ主導の感がしなくもない。
そのあたりはサポーターの間にも賛否両論があるようだが、同じ時期に下部のリーグで切磋琢磨してきた近しい間柄として、
こういう形でクラブ同士が手を取り合ってリーグを盛り上げようとするのは決して悪いことではない。
歴史は作るものと考えればあまり難しいことは考えずに、素直に乗っかってみると案外楽しい。

とは言え、クラシコと銘打たれた最初のシーズン(昨シーズン)、東京は川崎に2回とも大敗を喫している。
等々力でのアウェイゲームには5月としては寒い雨が降る中、駆けつけた覚えがある。
怪我から復帰したばかりの茂庭が川崎の強力な攻撃陣にずたずたに蹂躙された。5-2というスコア以上の屈辱感は記憶に新しい。
そして、最後は呆れて笑うしかなかったホームでの7失点。
もう何も言うことはない。去年はいいようにやられていて、チームとしての立ち位置の違いを存分に見せつけられた。

去年のトラウマもあるし、直近のナビスコでの磐田戦の低調ぶりもあった。
同じナビスコではジュニーニョがハットトリックというニュースもあってか、どうにも戦前からネガティブな雰囲気が抜けない。

前半はめまぐるしい展開となった。先制したのは川崎。16分中村の蹴ったFKを鄭が合わせて先制。この試合も主導権は川崎が握るかと思われた。
しかし、25分今度は栗澤のFKをカボレが押し込んで同点。
さらにその歓喜が冷めやらぬ26分。ふたたびFKのこぼれ玉を今度は谷口が決めてたちまち川崎が引き離す。
ここまでの得点はすべてセットプレーから。双方がいまひとつ落ち着かない展開となった。
追いついてすぐに引き離された東京に一瞬重苦しいムードが流れるが、川崎もすぐに引き離した効果が現れてこない。
東京はむしろ開き直ってボールを追う。押し込まれるのはむしろリードしている川崎という構図になった。
終了間際の43分。赤嶺のゴールでふたたび同点に追いつく。
先制し引き離しながら波に乗れない川崎に対して、前半終盤で追いついて折り返す東京が勢い立つ。

後半は川崎も仕掛けてくる。東京も前半のラッシュで疲れてきたのか押し込まれる場面も出てきた。
63分、東京は栗澤に代えて大竹を投入。
先週の東京ダービーでも大竹が入ったことで前線が一気に活性化したが、今日も大竹の投入で流れが変わった。
入って間もなく果敢に攻め込みループシュートを決めてしまう。振りぬかずにアウトにかけて浮かしたボールがゴールに吸い込まれる。
大竹の見事なゴールで初めて東京がリードする。

これで東京は勢いづく。川崎はサイドの攻防で長友と森が対峙したが、森が長友のスピードについていけない。
浅利、藤山、佐原のトライアングルは中村からジュニーニョに配給されるボールを寸断。
中盤が間延びした川崎陣内で東京のパスが面白いようにつながる。
極めつけが今野のダメ押しの4点目。後でビデオで見直すと12本ものパスが繋がった末のゴールだった。
最後にするするとDFの背後に走り抜けた今野に大竹の絶妙のスルーパスが通る。
この瞬間、初めて城福監督の掲げたMoving Footballが美しく結実した。

東京は7節終了時点で3位に躍進。ここしばらく未体験のゾーンである。
今の時点で順位を云々することにあまり意味はないが、けが人を抱えながら試行錯誤を繰り返しながらのこの成績は胸を張っていい。
連休中の5連戦で勝ち点をきっちりと積み重ねながら上位3分の1をキープできれば上出来だろう。

川崎は何が大きく変わったというわけでもないのだろうが、フッキの退団、関塚監督の入院など不安要因が重なってしまった。
もともと地力のあるチームだけにこのままでは終わらないだろう。
アウェイで対戦するときには、もっと厳しいチームになっているに違いない。








J1ナビスコカップ予選3節 FC東京対ジュビロ磐田(調布・味の素スタジアム)1-1

2008-04-22 05:55:05 | サッカー
代表も含めた過密日程の余波は毎年ナビスコカップにしわ寄せされる。
ダービーで劇的勝利を収めてから、中3日で行われる平日開催の予選リーグはさすがに観客動員も少なく、
モチベーションも含めて難しい試合になるな、という予感は戦前からあった。
そもそも東京はかつてこういうシチュエーションのゲームで締りの悪い試合を重ねてきた歴史がある。
選手のメンタリティという面においてこのチームが抱えている問題が往々にしてこういう局面で出てくるのだろう。
それもこれもひっくるめてクラブの伝統というのが如実に現れてくる部分だ。

試合は序盤から低調。東京は比較的優位にボールを持ってはいるが、それは単に磐田のマークが甘く、プレスをかけてこないから。
逆に東京も攻め急ぎはしないが中盤からのビルドアップに鋭さを欠く。
梶山がボランチの中央で意図的に配給する側に廻っていたが、
バランスを取ろうとするあまり、チームとしてのダイナミズムがそがれた格好となっているようだ。
磐田は前の試合で札幌に喫した黒星の影響からか元気がない。
何だか今日の試合の立ち位置のようにぼんやりとした、靄のかかったような前半だった。

ゲームは後半になって動いた。前半途中から負傷したカボレに代わって赤嶺が入った。
赤嶺のファイトで東京は徐々に活性化していく。磐田もシュートまで持ち込む場面が徐々に出てくる。
赤嶺のゴールが生まれたのは後半6分。ボール奪取した金沢からの縦に出たボールを走りこんできた赤嶺がそのままゴールに突き刺す。
少ないチャンスをしっかりとものにした。

前節の疲れからか双方とも大味な中盤となる。しっかりと繋ぐというのが今年の東京のテーマでもあるのだが、ともすると縦に急ぎたくなってしまう。
後半30分を過ぎると磐田のパワープレーもあって徐々に押し込まれる展開に。
犬塚の放ったシュートが味方に当たりネットに吸い込まれたシーンは、辛くもオフサイド。

後半終了間際、磐田は西が2枚目の警告を受けて退場。
10人の相手に対しアディショナルタイム4分を凌ぎきれれば、試合内容から言っても十分評価できるところだったが、やはりそうは行かない。
人数をかけていはいるが付ききれていないDFをかいくぐって放たれたシュートをいったんは塩田がはじく。
しかしうまく詰めて来た駒野に決められ同点。

やはり、といういやな予感が一番いやな形でそのまま現実のものになってしまう。
こういう試合展開でもしぶとく勝ち点3をもぎ取っていくというのが、東京の課題だとすれば、
こういう試合でもきちんと引き分けに持ち込んだ磐田にはやはりクラブとしてのDNAが宿っている。
今日の磐田から東京が学び取る教訓とはすなわちこういうことだろう。
ここを糧にできれば、失った勝ち点2も授業料としては高くない。

4/20のランニング

2008-04-21 22:13:34 | ジョギング
昨日の5キロでさすがに左膝の靭帯が痛んでいる。
走ること自体に障害はないが、もちろん走ったことによって痛みが出ているのであるからここは用心するべきだろう。
今日はまずは40分のウォーキング。それから2.5キロの距離をゆっくりとジョギングする。
まだまだまとまった距離を走ることには慎重にならざるを得ないというところか。
筋力との兼ね合いもあるがい痛みをうまく逃がしながら調整していこう。

4/19のランニング

2008-04-20 08:09:28 | ジョギング
5キロのジョギングに挑戦してみる。怪我して以来の最長距離だ。
徐々に足の筋肉が走れる状態になっていることを実感しているので思いきってトライしてみる。
6分程度のジョギングだが、ラップを刻むたびにペースが上がり心肺的にもほぼ問題がない。
久しぶりに充足感のある走りができた。


J1第6節 東京ヴェルディ対FC東京(調布・味の素スタジアム)1-2

2008-04-19 00:53:48 | サッカー
ここのところ忙しくて更新ができなかった。今頃の感もあるがレビューはしておこうと思う。

3年ぶりの東京ダービー。
最後の東京ダービーもここ味スタでのアウェイゲームだった。
先制されたが前半終了間際に梶山のゴールで追いつき、後半ロスタイムにササの劇的なゴールで逆転勝ちした。
この試合でヴェルディはJ1残留が厳しくなったのだった。
久しぶりにアウェイに陣取ってみると、あのササのゴールが鮮明に蘇ってくる。
鮮明に記憶が残るのはひとえにいつもとは逆側から見ているからだと思う。
そのことひとつとってもやはりダービーというのは特別なものだという感じがする。

さて、その当時とはお互いのメンバーもガラッと変わってしまった、08年のダービー。
05年当時、東京のゴールマウスを守っていた土肥は今やヴェルディの守護神だ。
ヴェルディの観客動員は相変わらず低調だ。相手がもっと入ってくれると本当の意味でダービーの醍醐味が出てくると思うのだが。
アウェイ・チケットを買った東京ファンのほうが多いような気がする。ゴール裏はいつものホームと変わらない入りだ。
東京のゴール裏はダービーを意図的に盛り上げようといつになく試合前からヒートアップしている。
いつにない雰囲気が伝播してゴール裏は独特の興奮状態にあった。

試合はその雰囲気に選手たちも多少呑まれたのか、双方とも硬い入りとなった。
ヴェルディはこの試合から川崎から電撃移籍してきたフッキが先発。
昨年までのコンビ、ディエゴとホットラインを形成する。
一方の東京はまずは、そのフッキを封じ込めようという構えだ。
前半、ヴェルディはポゼッションとパスで優位に試合を進めた。
東京は浅利をアンカーに配し、ベテラン藤山が経験で、佐原が高さを武器に守備ブロックを形成して
フッキへのパスの供給を絶つとともに、フッキに前を向かせない。
前半はこの東京の策が成功していたが、唯一藤山がフッキを捕まえ損ねて与えたFKをフッキに見事決められ、1点ビハインドで終わる。

東京としてはうまく抑えていただけに惜しい1点だったが、セット・プレーでの1点はさほどのショックもない。
何よりサポーターから負ける気がしないというメッセージを込めた大声援が送られている。
ヴェルディとしては後半何とか追加点を狙っていきたいところ。

後半もめまぐるしい試合展開を見せ、一進一退の攻防が続くが、東京にとってのターニングポイントは浅利から大竹にスイッチしたことだ。
これで東京は前がかりの攻撃への合図となる。羽生の見事な同点ミドルシュートはその大竹が起点となって生まれた。
そしてこれで俄然東京は押せ押せムードとなる。

羽生を下げてボランチに金沢を投入。これが相手の中盤の構成に影響を与えて、徐々にスペースが生まれてくる。
金沢がバランスを取ることで、長友が前に出やすくなりサイドでも優位に立つ。
そして、後半のロスタイムにその長友がペナルティエリアに進入し劇的な逆転オウンゴールを演出する。
この逆転ゴールこそは、負ける気がしない、このままでは終われない、終わらせないというサポーターの大声援が後押ししたものだと言っていい。
ここ数年来でまれに見るゴール裏の一体感だった。

試合は奇しくも05年と同じロスタイムでの逆転劇で東京が制した。
双方がスリリングな攻防を繰り広げたゲームは、東京ダービーの歴史にまたひとつの足跡を残した。
今年はまだ3試合も東京ダービーがあるのだ。今後の戦いも楽しみである。



4/12のランニング

2008-04-12 22:05:48 | ジョギング
2日連続で走る。このところスクワットをきちんとやっているせいか大腿の調子はいいが
その分負担を受ける膝の調子が思わしくない。
3キロを走ったが負荷がかかっているので様子を見たい。

4/11のランニング

2008-04-11 13:59:28 | ジョギング
久しぶりに朝2キロ走る。
徐々に体が慣れてきて、しっかりと走れるようにはなってきたが
膝に与える影響を考えながら走っていきたい。

台湾訪問記-2-

2008-04-10 23:02:02 | 
3/29(土)
午前中はホテルで朝寝を楽しんだ。
宿泊したホテルは郊外のリーズナブルなビジネスホテルといった風情だが、休憩料金の設定などいうのもあってちょっと??な雰囲気だ。
質素ながらしっかりとした朝食を食べてから出かける。


昨年開業したばかりの台湾高速鉄道に乗って、台北から高雄に向かう。
日本の技術で造られた日本の新幹線とほぼ同じ規格の新幹線が台北と高雄を2時間弱で結んでいる。
そのため、右側通行の台湾にあってこの新幹線だけは左側通行になっている。
時々仕事で乗る700系の東海道新幹線とほぼ同じ車内にいると、何だか東海道を下っているような錯覚に陥る。
とりわけ台中から台南にかけての田園地帯は日本の農村に近い風景といえなくもない。

高雄は北回帰線の南。台北が亜熱帯でまだまだ凌ぎやすいのに比べて、熱帯の高雄は30℃を超えている。
暑いということもあるが、港町である高雄は台北よりもどことなく開放的な雰囲気が漂っている。
東アジアというよりも東南アジアのとば口といってもいいのかもしれない。
到着してホテルにチェックインし一休みしてから街に出てみる。
街の大きさを実感するためには歩くに限る。
ホテルのフロントで手に入れた簡単な地図を片手に1時間ほど歩くと高雄の街の大きさがおぼろげながらにつかめてくる。
街中を歩いてから埠頭へと出てみる。埠頭では若いカップルたちが夕涼みをしながら語らいあっている。

夕方から「六合夜市」という観光マーケットに出かけてみる。
夜市とは言っても観光客相手であるせいか、本来市場にある猥雑さはない。
いわゆる飲食店やみやげ物を売る屋台が延々と並んでいるだけだ。
台湾の夜市ではアルコールを供しない。だから非常に健全である。
子連れでも危ないという感じがしないのだ。だから老若男女が思い思いに楽しんでいる。
屋台で台湾名物の炸醤麺を食べる。その後もチャーハンや餃子やらをちょっとずつ食べているうちに胃袋も満足してくる。
最後は足裏マッサージをしてもらって疲れもすっかり癒された。

高雄はおおらかな街だ。

お家さん/玉岡かおる

2008-04-09 19:54:29 | 
明治以降の日本は欧米列強に追いつけ追い越せと急速に近代化を進めてきた。
富国強兵の名のもとに持ち前の勤勉さで瞬く間に欧米と伍するまでに成長を遂げてきたアジアの小国。
もちろん、これらは歴史の教科書に書いてあることで、現代を生きる我々にとっては歴史の一コマに過ぎない。
マクロな現象は教科書の一文にあるのみで、そこにあった生身の人間たちの営みを容易に窺い知ることは今となっては容易ではない。
しかし、当時確かに今日の我々へとつながる繁栄の礎を築いた先達たちがいた。

鈴木商店。総合商社の走りだったこの会社は近代日本を疾風のごとく駆け抜けていった。しかしそのことも今となっては、あまり語られることもなくなった。
明治の初期に樟脳と砂糖の小さな個人商店から出発した鈴木商店は瞬く間に神戸を、関西を、そして日本を代表する企業へとのし上がっていく。
現在、関西を発祥とする名門企業の多くが鈴木商店の出資によって設立されたことは意外に知られていないかもしれない。
神戸製鋼、双日のルーツである日商、帝人、日本製粉、大正海上火災保険(現、三井住友海上火災保険)など、枚挙に暇がない。

もともと辰巳屋の番頭だった鈴木岩治郎が、明治の始め暖簾わけをして開業したのが始まりだった。
金子直吉、柳田富士松という優秀な番頭が店を支え、順調に商売を伸ばしていくが岩治郎が急逝してしまう。
主がいなくなってしまいこれで店はたたまざるを得なくなったと誰もが思っていたが、岩治郎の妻よねは実際の経営を金子と柳田に任せる形で商売を継続するのである。
よねは経営には一切口出しをせず、従業員たちが世界中を飛び廻って縦横無尽に商売が出来るよう、奥を取り仕切り、妻や子達に気を配る。
鈴木商店は「お家さん」と呼ばれるよねを頂点とした大家族として世界を股に駆けた総合商社のさきがけとなっていく。
店は神戸港に入る船の殆どが鈴木の荷を扱うほどまでに急成長するのだ。

物語は、鈴木商店の躍進の物語というよりも、それを奥で支えた女たちの物語と言っていい。
とりわけ、よねの身の回りの世話をしていた珠喜の物語は、男を支えるが故の女の哀しみと、数奇な運命に翻弄されていくうねりのようなダイナミズムを感じる。
かつて、このような女たちの物語があったことに驚嘆するばかりである。
おっとりとした上品な関西弁で語るよねの語り口をはじめ、女たちへの眼差しが著者のリスペクトに溢れている。
それは著者も同じく播磨に産まれそこで生活をしている女性だからであろう。

気骨溢れる明治人たちに接していると平成の私たちのなんと矮小なことかと思うのだ。