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幸せに生きる(笑顔のレシピ) & ロゴセラピー 

幸せに生きるには幸せな考え方をすること 笑顔のレシピは自分が創ることだと思います。笑顔が周りを幸せにし自分も幸せに!

「吃音伝えられないもどかしさ」近藤雄生著 “まずは知ることから”

2020-04-15 03:33:03 | 本の紹介
・「言葉を発するのが辛いの。体を見せるだけならずっと楽」という彼女(マリリン・モンロー)の言葉が紹介され、彼女の姉、バーニース・ベイカー・ミラクルも、マリリンについての著書「マリリン・モンロー わが妹 マリリン」にこう記している。
「慣れ親しんだ事柄を話しているせいか、ノーマ・ジーン(マリリンの本名)の口調が自信に満ち、流暢になってきた。その間はつまることもなかったが、時折言葉がつまる癖は滞在中ずっと続いていた」
マリリンを特徴づける、吐息を漏らすような妖艶な話し方も、吃音が関係していた可能性がある。息を吐きながら話せばどもらない。若いときにセラピストにそうアドバイスを受け、試してみたら確かにどもらなかった。そうして、彼女をセックスシンボルとした要素の一つであるあの話し方が出来上がった-とも言われている。

・吃音を発症するのは、幼少期の子どものおよそ20人に1人、約5%と言われている。そのうち8割くらいは成長とともに自然に消えるが、それ以外は消えずに残る、その結果、どんな集団にも概ね100人に1人、つまり約1%の割合で吃音のある人がいるとされる。

・ドモリになる原因は幼時の精神的身体的ショック、厳格すぎるしつけなどもありますが、最大の直接的な原因は2、3歳から7,8歳ごろまでのあいだにどもる大人のまねをすることです。

・関東大震災のどさくさの中、社会運動家大杉栄は(警察に)殺された。・・・その大杉を特徴づけるものの一つが、吃音だった。社会主義者の山川均はこう記す。
「大杉君は非常に吃った。ことにカキクケコの発音をするときには、あの大きな眼をパチクリさせ、金魚が麩を吸うような口つきをした」

・羽佐田は、中学時代から吃音になやみだした。級長を務めていた中学二年のある日、自分がかけるべき号令の「おはようございます!」の「お」がどうしても言えなかった。・・・
大学卒業後、彼は見事、警視庁への入庁を決める。
報告すべき時期が近づくと、教官のいる宿直室の前に立った。決心がつかずなかなか扉が開けられない。いよいよ意を決して入室し、教官を前に報告始めると、必ずどもった。
「・・・だ、だ、第、・・・」
つっかえずに言えたことは一度もなかった。教官は時にこう言った。
「大した申告じゃないだろ! キチンと言えるようになってか来い」
羽佐田は間もなくノイローゼ状態に陥った。
警察官として現場に出てからも、困難が軽減されることはなかったが、辞めるという決断はできずにいた。
辞めたと父親に告げるとこう言われた。
「そんなに根性がないとは思わなかった」
その後、羽佐田は、紆余曲折の日々を過ごすことになる。
“探偵学校” 興信所入社 
行き場のない気持ちを抱えているとき、インターネットで偶然に知ったのが「言語聴覚士」という仕事だった。羽佐田は感じた。「これこそが自分がやるべき仕事なのではないか」と。・・・
自分なりの論理を組み立て、訓練の方法を具体的に形作っていくうちい、彼自身の吃音に変化が表れた。訓練開始から一年が経過したころ、羽佐田は自分の発話をコントロールして、どもならないで話せるようになっていた。彼の人生を翻弄し続けてきた難題を抑え込む方法に、ついにたどり着いたのだった。
「ぼくが吃音者の症状の軽減や消失にこだわるのは、もしかしたら自分の過去を変えたいからなのかもしれません。自分の苦しかった経験を原動力に、他の吃音者の症状を改善させることができたら、自分の過去が持つ意味も変わっていくような気がするんです」

・「NPO法人 吃音とともに就労を支援する会」

・横井は病院に行った。そして抗不安剤を処方してもらうようになる。すると幸い、薬はいい効果をもたらした。事前に薬を飲めば予期不安は大幅に減り、威圧的な相手に対しても、全く話せないということはなくなったのだ。どもりはしたが、圧倒的に楽になった。
「これでなんとかなる。そういう気持ちになれたんです」
しかし-。問題は、思わぬところに潜んでいた。仕事が徐々に軌道に乗りつつある日のこと、仕事中に運転していた車で事故を起こしてしまったのだ。

・年に一度開催される言友会の全国大会「吃音ワークショップ」
高橋はこれまで、大勢を前に話をしようなどと考えたことは一度もなかった。100人を超える吃音関係者を前に、彼は壇上の席に座って、まさに自分自身の言葉で語り出そうとしていた。
自分の言葉だけで話せるまでに、吃音症状を改善させることができました。・・・
羽佐田先生のもとで訓練を始めて、今日で1年と2か月ほどになります。・・・
羽佐田先生が、ぼくがあきらめない限り、自分もあきらめないと言ってくださって、半ば執念で毎日訓練を続けてきました。
「自分の変化を、特別なものと思わないでください。ともに訓練してやはり変わることができている人は複数います。その仲間の姿を見ると、おそらく誰もが正しく訓練すれば変わるはずだと感じます」
高橋は、自分と同じように思い悩む仲間に対して、常に何かできることを見つけてようとしていたのだ。

・飯山博己の死は、吃音というものの深刻さを物語る出来事として一般のメディアでも取り上げられた。・・・飯山は、警察官になるという夢を吃音のためにあきらめることになった後、やっとの思いで看護師になり、札幌市内に病院に就職した。しかしそのわずか4か月後に、自らの人生に突然幕を下ろすことになった。
「相談もせずにこんな結果を迎える形になって本当に申し訳ないです。ここまで育てていただいたことに心から感謝しています。この先の人生に悲観して、生きることを拒否したけれど、誰も憎まないでください。もう疲れました。できない自分、やろうとしない自分、逃げている自分、結局何も変われなかった、こんな自分に価値はなく、このまま生きていても人様に迷惑をかけるだけ、だから、自分の人生に幕を閉じます」
彼は、緊張する場面で吃音が強く出た。指導者(病院)はそれを知りながら、同僚たちがいる目の前で話す練習をさせたり、患者の前で怒鳴ったりした。そうやってどもる弟に時にきつく当たり、彼を追い詰めていったようななだと、彼女(姉)は言った。
「吃音を含めた人間性を、弟は否定され続けたのです」

・私(著者)は高校時代から吃音に悩まされてきた。
そして私は心を決めた。就職は断念しよう、と。(大学院卒業後)
何かテーマを決めて長いノンフィクション的なものを書きたいという気持ちだけはまえからあったが、実際にそのような意識で文章を書いた経験があるわけではなかったし、ライターとしての実績もほぼ皆無だった。・・・異国に暮らして書くのであれば、競争相手も少ない打折るし、書くべきネタも、日本にいる以上に見つけられるのではないかと考えた。また、日本よりおそらく金もかからないだろうし、単純に旅をしながら暮らせたら楽しそうだという思いもあった。

・幼児の吃音改善の方法として現在、有効性があると考えられているのは主に次の3つだという。
1) 本人の負担が軽減されるように周囲の環境を整える「環境調整」。家族や学校の先生などが話の聞き方を工夫したり、友人らに吃音について理解してもらい、からかうことなどないように促したりする方法である。
2) 吃音の症状が出にくい発生方法など訓練する「流暢性形成法」だ。いわゆる言語訓練的な方法を指す。
3) オーストラリアで開発された幼児向けの吃音改善法「リッカムプログラム」である。
どもったら指摘したり、どもらなかったら褒めたりすることで改善に導くという具合に、はっきりと方法論が定まっている手法で、近年、有効性を示す報告が増え、注目を集めている。

・吃音には、2つの特徴的な点がある。
1)「曖昧さ」;原因も治療法もわからない。治るのか治らないのかもわからない、また、精神障害に入るのか身体障碍に入るのかもはきりせず、症状も出るときと出ないときがある。
2)他者が介在する障害」
吃音は、通常一人でいるときには障害にならない。ほとんど常に他者とのコミュニケーションに関連して生じる障害であると言える。

・飯山の姉が言った。
「吃音者が生きやすい社会を作るためには、自分たちが声をあげなければいけない。頭の中に浮かんでいる言葉が声に出せず相手に伝わらない苦しさを、当事者が発信していかなければならない」

・言友会(NPO法人全国言友会きゅお議会)

感想
本を読んで、自分が幼稚園に入る前くらい、少しどもっていたのを思い出しました。

大学に入学し、下宿先に私を含めて新入生が3人いました。
1人がかなりのどもっていました。
大学の理学部物理でした。
勉学には問題ないですが、会社に入ってから大変だったと思います。

周りに理解無いのが一番の苦痛のようです。
どもっても待っていればよいのです。
そうすれば言葉が出てきます。
出るとその後はどもることが少なくなり、充分意思疎通ができます。

吃音を治すことが今も大変だとはこの本を読むまでは分かりませんでした。
安定剤が効果がある人もいることを知りませんでした。
そして吃音が原因で生きることに疲れ自殺してしまう人がもいることも知りませんでした。
自殺者が減って2万人。
吃音者は1%とすると200人です。
吃音の無い人に比べ、仕事の範囲も狭められ、周りの理解がまだ出来ないところもあり、それよりも多いのではないかと思います。
先ずは、私たち一人ひとりがその辛さを思い、話されるのを待つことなのでしょう。



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