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pride and vainglory -澪標のpostmortem(ブリッジ用語です)-

初歩の文書分析と論理学モドキ(メモ)

空の翳り CODA 彼岸❼

2021-03-07 08:06:08 | Λαβύρινθος
 吐く息から吸う息へ。なぜ「吸う息から吐く息へ」ではなく、「吐く息から吸う息へ」なのか漸く分った。
 こんな事ならこんなややこしい世界に踏み込むんじゃなかった。あの苔むした破れ寺の境内であれ/豪壮な母屋の二階の仏壇であれ、始める前に戻る事など出来ない。
 危険だろうが妄念だろうが分別を始めなければ、三重焦点のポリフォニーはどうにも収集がつかない所まで来ている。
 とりあえず真言坊主の通称俺と言う双子の兄弟を持つ方を、漢字で「僕」と呼ぶ事にして、もう一つの意識をカタカナで「ボク」とラベリングしてみよう。
 ラベリングした瞬間に思い当たった。「ボク」の記憶は1950年頃に生まれた人間の物だ。ブラックホークやムーヴィンの全盛期は71~72年。あがた森魚の乙女の儚夢は1972年。蜂蜜パイは70年代半ばには事実上解散していたはず。練炭火鉢と薬缶の組み合わせも70年代の始めだと思えばつじつまがあう。
 でもここでは確かめようがないと思ったとたんに、目の前にネットに接続されたPCが浮かび上がる。妄念の世界とは言え、とても便利なものだ。調べて見るとたしかにその通りだった。
 ついでにふと気がついて、もう一件検索した。「仔猿のような芸術家の肖像(1969):PORTRAIT DE L'ARTISTE EN JEUNE SINGE, 1967」。
 間違いない。「ボク」は、俺が小道具に使った「仔猿のような芸術家の肖像」への書き込みの作者に違いない。
 俺が「僕」に送ってきたお話しの中にあった関連部分を思い起こす事にした。今度もまた都合よく原稿が目の前に浮かび上がってきた。

 “俺が覚醒したのは本当に偶然と言っても良い。きっかけとなったのは「仔猿のような芸術家の肖像」だった。ヌーボロマンとかアンチロマンとかいったカテゴ リーで一くくりされ、あの全共闘の時代盛んに翻訳されたフランスの作家達の一人ミシェル・ビュトールの小品。今では手に入れる事も困難な作品だが、山口昌男の解説を引用すれば以下のような本だ。
 
{まさに、錬金術師世界における芸術家の死と再生の秘儀による、ミシェル・ビュートルという作家の誕生の物語であるが、この作品に特徴的な引用によるモザイク 的構成について「〈寄せ集め細工〉で自伝を書くのは、かれの文学観によればすこしもナンセンスではないのだ。〈すでに、じつにたくさんの書物が書かれている〉と、かれはよく口にする。ぼくたちは、すでにさまざまの書物が存在するそのなかに、文学が、音楽が、絵画がすでにありあまるほど存在している世界のなかに、生まれてくる。だから、ぼくたちがみずから語りだすまえに、ぼくたちの像は(自分を含めた世の人びとによって)すでに読まれてしまっている、すでに 聴きとられてしまっている、みずからの姿を示すまえに、すでに見られてしまっているといっても、けっして過言ではないのだ」}
 この小説とも自伝とも夢記ともつかぬ本。俺に言わせれば、グラックやクロソウスキー、レリスと言った事実と幻想の狭間に住まう作家達の系譜につながるビュトールの資質を剥き出しにした作品。この本を雨宿りで入った中央線沿線の古本屋で見つけた事から始まった。
 出版からかなりの時間がたち、もともとの発行部数が少なかった性もあって当時でも古本市あたりでは結構な値段がついていた本が100円均一の棚にころがっていた。親爺さんに聞いてみた所、細かい書き込みが一杯あって売り物にならないとの事だった。そんな事はまったく気にならない「僕」は、儲けとばかり、家にもって帰ることとした。
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