ひろば 研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

"Eric Dolphy, Musical Prophet : The Expanded 1963 New York Studio Sessions"

2018年12月11日 22時44分30秒 | 音楽

 私は、1984年4月、高校生になったばかりの時にエリック・ドルフィーの名を知り、秋葉原で"Last Date"(オランダはフォンタナ盤仕様の日本盤LP)を買いました。それ以来、六本木WAVEなどでドルフィーのアルバムなどを買い集めてきましたし、晶文社から刊行されていたドルフィーの伝記(ウラジミール・シモスコとバリー・テッパーマンの共著、間章の訳)を買い、ボロボロになるまで読んでいました。その本に収録されていた間章の「エリック・ドルフィ試論 不可能性と断片」は、5年前の2013年11月に月曜社から刊行された『〈なしくずしの死〉への覚え書きと断片 間章著作集Ⅱ』の冒頭に収録されており、渋谷のナディッフ・モダンで見つけてから今まで、何度も読み返しています。

 それだけに、今年の9月、この記事のタイトルに示した3枚組のCDが発売されることを知るや、予約を済ませました。"Conversations"と"Iron Man"という、1963年録音の2枚(既にLPで購入しています)を中心とし、未発表曲を含めたものです。しかも、音源は、1964年、ドルフィー自身がヨーロッパへの楽旅へ向かう直前に、スーツケースの中に入れたものなのでした。既にその一部がブルー・ノートから"Other Aspects"として1988年に発表されていますが、それから30年も経過して、今回の発売となった訳です。

 ドルフィーは1928年にロサンゼルスで生まれ、1964年にベルリンで死亡しました。わずか36年の生涯です。最も早い録音は1940年代後半のロイ・ポーター楽団のSP(?)だとのことですが、一般的には1950年代後半、チコ・ハミルトンのクインテットで早期の演奏を聴くことができます。あの「真夏の夜のジャズ」に入っている"Blue Sands"のフルートを御存知の方も少なくないでしょう。

 1960年に、プレスティッジに最初のソロ・アルバムである"Outward Bound"の録音がなされます。同年中に"Out There"および"Far Cry"の録音もなされますが、"Far Cry!"はしばらく経ってから発売されました。また、この"Far Cry!"からしばらくの間、スタジオ録音のソロ・アルバムはなかったのです。

 1961年にプレスティッジが手掛けたドルフィーのソロ・アルバムは全てライヴ録音であり、しかも"Eric Dolphy in Europe"の全3枚でプレスティッジでの録音は終わってしまいます(ドルフィーの生前に発売されたのはVol. 1だけであったようです)。1962年にはほとんど録音はなされておらず、死後かなりの時間が経過してから未発表ものとして発売されたものもありますが、伝記やディスコグラフィーによれば、彼自身のバンドは機会に恵まれなかったようですし、サイドマンとしてもソロの機会に恵まれなかったようです。

 そして1963年です。アラン・ダグラスのプロデュースで"Conversations"および"Iron Man"となる録音がなされましたが、生前に発売されたのは"Conversations"のみです。もし、この2枚の録音がなされなければ、ドルフィーの足跡をたどることはいっそう難しくなっていたことでしょう。この年に彼がサイドメンとして参加した録音などでも、ソロの機会はあまりなかったからです。

 しかし、"Conversations"および"Iron Man"の2枚は、ドルフィーのソロ・アルバムとしても非常に重要な位置を占めています。収録されている曲を見ると、小オーケストラ的な多人数編成、クインテット、デュオ、ソロと多彩ですが、どの曲も興味深いだけでなく、深く引き込まれていくものです。とくにクインテットは、1964年に録音されたあの"Out to Lunch"(ブルー・ノート)と同じく、ドルフィーのアルト・サックス/バス・クラリネット/フルート、トランペット、ヴィブラフォン、ベースおよびドラムという編成である点にも注意が向かいます(但し、トランペットとドラムの奏者は異なります)。間章も日本コロムビア盤のライナーノーツ(前掲『間章著作集Ⅱ』に掲載)で指摘していますが、一聴しての印象とは逆に、"Conversations"および"Iron Man"のほうが"Out to Lunch"よりも実験的な演奏となっています。このことは、とくに"Iron Man"に収録されている"Burning Spear"および"Music Matador"に顕著ですが、今回の3枚組には両曲の別テイクも収録されており、いっそう「"Out to Lunch"よりも実験的な演奏」の感を強くしました。また、"Conversations"のほうにはドルフィー自身が作った曲が1つもないということも注目に値します("Music Matador"はプリンス・ラシャが作曲したものです)。ドルフィーのソロ・アルバムのうち、スタジオ録音のものには、たいてい、ドルフィー自身の手による曲が収録されているからです。

 (ドルフィーの場合、時には曲名を変えたりしながら自作曲の再録音を行っていることも知られているところでしょう。例えば、"Out There"のタイトル曲は"Far Cry"のタイトル曲として再演奏されており、"Iron Man"に収録されている"Mandrake"は、1964年6月2日録音の"Last Date"に"The Madrig Speaks, the Panther Walks"として収録されています。)

 また、"Conversations"および"Iron Man"の2枚には、ドルフィーとリチャード・デイヴィスのデュオが3曲収録されています。"Alone Together"、"Come Sunday"、そして"Ode to Charlie Parker"です。正直なところ、"Ode to Charlie Parker"については、"Far Cry"における演奏と比べてもデュオである必然性を感じにくく、何故に"Iron Man"に収録されたのかと不思議に思ったのですが、今回の3枚組でいっそうその印象を強くしました。未発表であった"Muses for Richard Davis"のどちらかのヴァージョンを入れたほうがよかったのではないかと思ったのです。やはり、圧倒的に多くのファンは"Alone Together"を推すでしょう(今回の3枚組には別テイクも入っています)。ベース・クラリネットとベース(コントラバス)という低音楽器の絡み合い、ベースがソロを取る時のベース・クラリネットのバッキングの巧さ、曲の解体と再構成の方法などが理由でしょう。しかし、私は、"Come Sunday"でのベースに惹かれました。リチャード・デイヴィスによるアルコ(弓で弾くこと)の音の美しさは特筆に値するでしょう。大体、ジャズにおけるベースのアルコと言えば、ポール・チェンバースに代表されるように、フレーズはともあれ音そのものが汚く、鋸を挽いた時のような音が出る場合が多いので、ジャズにおけるベースのアルコはそういうものだと思われるのかもしれません。少なくとも、私はそう思っていました。しかし、"Come Sunday"では深めのヴィブラートをかけていることもあって、豊かに響くのです(スタンリー・クラークのアルコでも時折聴けますが、もっと深い音かもしれません)。クラシックのコントラバスの演奏に近いとも言えます。ちなみに、私は1985年の夏に、六本木ピットインで、エルヴィン・ジョーンズ・ジャズ・マシーンの一員としてのリチャード・デイヴィスの演奏を聴いていますが、アルコを聴くことができたのかどうかは覚えていません。

 独奏にも触れておきましょう。ドルフィーは、何度か独奏を披露しています。今、ちょうど"Last Date"の名演奏と言われる"You Don't Know What Love Is"を聴いており、この曲の最初と最後に彼のフルート独奏を聴くことができますが、これはいわばカデンツァのようなものです。最初から最後まで独奏というのであれば、ベース・クラリネットによる"God Bless the Child"が特に有名で、いくつかのヴァージョンが残されています。また、アルト・サックスによる"Tenderly"("Far Cry"に収録)もありますが、やはり"Conversations"に入っている"Love Me"でしょうか。冒頭に彼らしい音の(上下の激しい)跳躍が入り、その後、過多とも言える装飾音を伴ったテーマが演奏されます。おそらく、原曲は断片的にしか利用されていないのでしょう。

 その他ということで記しておけば、私は"Conversations"での"Jitterbag Waltz"を好んでいます。ドルフィーのフルートもよいのですが、ウディ・ショウのトランペットによるソロが曲の良さを引き立てているような気がします。彼も短命の音楽家でしたが、"Conversations"および"Iron Man"での演奏を聴く度に、ドルフィーとショウがこの後もレギュラー・バンドで演奏を続けられたとすれば"Out to Lunch"を超える素晴らしい成果をあげられたのではないでしょうか。それほどに、この二人の相性は合っていたように思えるのです。

 私は、今でもジャズやクラシックのCDをよく買うのですが、今年買ったものとしては、このブログでも取り上げた"John Coltrane, Both Directions at Once, The Lost Album"と"Eric Dolphy, Musical Prophet : The Expanded 1963 New York Studio Sessions"を筆頭にあげたいところです。

 最後に。明日、つまり12月12日は、間章の命日です。彼は1978年12月12日に、脳出血により、32歳で亡くなったのでした。


コメント    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 中枢中核都市? 「『地域魅... | トップ | 審議未了に終わってしまいま... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

音楽」カテゴリの最新記事