ひろば 研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

中途半端な緊急事態宣言?/中銀カプセルタワーの話

2021年04月22日 00時40分00秒 | 社会・経済

 今日は、無理矢理の二題噺です(落語ではないけど)。

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 まずは今月出されることになる第3回緊急事態宣言です。大阪府、東京都が国に要請し、京都府も要請するというのですが、実に中途半端で、これでは感染拡大を防ぐことなどできないだろうと思えます。Yahoo! Japan Newsのコメント欄にはロックダウンと勘違いしている人がいるようですが、全然違うことはおわかりでしょう。

 中途半端と思える理由の第一は、対象となる地域の範囲です。東京都、京都府、大阪府および兵庫県のみなのです。私自身は神奈川県川崎市に住んでいますが、うちから国道246号か旧大山街道を15分から20分ほど歩いて行けば東京都世田谷区玉川、つまり二子玉川駅や玉川高島屋へ行けます。電車であれば高津駅(各駅停車しか停まりません)から2駅です。つまり、すぐに着いてしまう訳です。東京都の医療状況がよくわかりませんが、東京都には神奈川県、千葉県、埼玉県などからの通勤者や通学者が多く来る、少なくとも通過するのですから、他県に影響がないとは言えません。コロナ渦でなくとも、うちの近所には時折、東京消防庁の救急車が走ってきます(救急車を見ると、何処の消防署の車かを見るという癖が付いています)。周辺県の医療体制に影響が出ないとは言えないのです。

 同様のことは、京阪神地区にも言えないでしょうか。奈良県、滋賀県、和歌山県から京阪神地区に通勤や通学をする者は多いでしょう。隣県ということでは福井県や滋賀県も入りますし、近鉄大阪線が通っているということでは三重県も入るでしょう(少なくとも名張市であれば大阪府や京都府への通勤者や通学者もいるでしょう)。

 第二に、期間です。今月23日に発令し、5月9日までとするのです。小出しもよいところでしょう。第1回および第2回も、期間を小出しに設定し、延長を重ねました。第3回は、さらに期間が短くなっています。「とりあえずゴールデンウィークだけとすればよい、何とかなる」ということなのでしょうが、IOCなどの動きに合わせたことが見え見えです。こういうところに「見える化」という語呂の悪い(センスの悪い)言葉を当てはめてどうするのだろう、と考えてしまいます。ゴールデンウィークが終われば落ち着くとも思えません。

 東京オリンピックを直ちに中止するということにすれば、我々国民もあれこれと振り回されたりすることがなくなるのに。私も、このブログで何度か中止すべきだと記してきました。古代ローマの「パンとサーカス」が現代のオリンピックやワールドカップなのでしょう(私はそのように考えています)。だから国民の生命や健康よりもイヴェントやお祭りが大事なのです。

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 ここで中銀カプセルタワービルの話に移ります。私も、妻と浜離宮公園に行った2018年4月29日に見ました。最寄り駅は何処なのでしょうか。我々は新橋駅から浜離宮公園まで歩いたのですが、近いとは思えない場所でした。銀座駅からではかなり歩かされます。おそらく、最も近いのは都営大江戸線とゆりかもめの汐留駅でしょう。町工場の多い片田舎の川崎市高津区の出身者である私にとっては生活に不便である場所にしか見えませんが、それは庶民の感覚か僻み根性なのでしょう。中銀カプセルタワービルのネームヴァリューなのか、銀座のブランド力なのか、それとも黒川紀章が設計したメタボリズム建築の代表格であるからなのか、人気は高いようです。そうでなければ、朝日新聞社のサイトに記事が載るとは思えません(朝日新聞東京本社は築地にあるので、ご近所ということかもしれません)。2021年4月21日6時付で「銀座の『宇宙船』ビル、住人の退去進む 名建築が岐路に」という記事(https://digital.asahi.com/articles/ASP4N54K1P3WUTIL01X.html)が掲載されていたのです。

 今となっては下手な落語や漫才よりも笑えるような話ですが(冷静に考えればそうなります。竣工当時にも笑った人はいるでしょう)、この中銀カプセルタワービルは、名称の通り各部屋がカプセルのような状態となっており、交換が可能であるという設計になっています。しかし、実際には、例えば3階にある部屋だけを取り替えることが困難であり、一度も交換されたことがないまま、竣工から49年を迎えました。少し考えれば当然であることはすぐにわかるでしょう。あるいは、1972年の竣工当時には、将来的に部屋の一部だけを交換する技術が発展していると考えられていたのでしょうか。

 また、このカプセル状の部屋にはキッチンもなければ洗濯機の置き場もありません。ホテルのような感じで設計されたからでしょう。私は実際に見たり入ったりしたことがないのですが、ウェブの様々な記事を総合すると、ビジネスホテルのような感じの部屋であるようで、ベッドや冷蔵庫などは備え付けられていたようです。実際に、中銀カプセルタワービルの1階にはコンビニエンスストアがあったとのことです。しかし、我々夫婦が見た時には空きテナント状態でした。

 ウィークリーマンションであれば洗濯機の置き場やキッチンはあるでしょうし、東急ステイのサイトを見ると洗濯機や電子レンジが備えられている上にミニキッチンが設けられている部屋もあるそうです。上記朝日新聞社記事には、中銀カプセルタワービルが「名建築」であり、「魅せられる」人も少なくなく、「時代がやっと追いついた」と書かれていますが、むしろ「とっくの昔に時代に追い越された」と表現するほうが相応しいでしょう。カプセル状の部屋の交換がSDGsの先取りであるという意見が記事に書かれていますが、一度も交換されたことがないという事実はSDGsの先取りでも何でもないことを証明しているようなものです。しかもアスベスト問題があります。

 実は、この中銀カプセルタワービルについては建替などが検討されていたのですが、話が進まないまま現在に至っていました。保存を求める声も多いようです。いずれにせよ、このビルの敷地を所有する不動産会社が敷地の売却を決めており、交渉を進めていたようです。しかし、COVID-19の影響がここにも現れました。交渉が中断となった上で買い手も見つかっていないようです。2021年3月になって、「更なる老朽化を懸念する不動産会社や他のオーナー」が「先行して敷地を売却する決議をまとめ、住民は順に退去を始めている。新たな入居はもう受け付けていない」とのことです。

 東京オリンピックが予定どおり2020年に開催されていれば、中銀カプセルタワービルの保存に向けての「動きが加速される可能性もあった」といいます。理由は「翌9月に建築の国際学術会議の世界大会が開かれ、このビルも紹介されて保存活動の動きが加速する可能性もあった」からというのです。たしかに、ホテルのような利用方法であれば意味はあるかもしれません。しかし、我々夫婦が建物を見ても相当に老朽化していることはすぐにわかりましたし、定住には向かない建物であるとも言えるでしょう。銀座という場所のために、問題がややこしくなっているのではないでしょうか。

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いつまで走るか 東急8500系8619F

2021年04月21日 17時24分12秒 | 写真

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南阿蘇鉄道の行方

2021年04月21日 00時00分00秒 | 社会・経済

 2016年4月に発生した熊本地震は、熊本地方(熊本市など)や阿蘇地方に甚大な被害をもたらしました。JR九州の豊肥本線でも、長期間にわたって肥後大津駅から阿蘇駅までの区間が不通になりました。豊肥本線は2020年8月に全線での運行を再開しましたが、阿蘇地方にはまだ復旧していない鉄道路線があります。豊肥本線の立野駅から高森駅までの路線、南阿蘇鉄道高森線です。

 高森線は国鉄の路線でしたが、1980年代の国鉄再建の一環で第一次特定地方交通線に指定され、廃線の危機を迎えます。同線の高森駅から高千穂線(後の高千穂鉄道高千穂線。既に廃線)の高千穂駅までの路線も建設されていたのですが、完成しないままに廃止となっています(完成していたら熊本駅から延岡駅までのルートができたのです)。1986年4月、高森線は国鉄の路線としては廃止となり、第三セクターである南阿蘇鉄道に移管されましたが、元々沿線人口が少ないことなどから、経営は苦しかったようです。それでも、トロッコ列車を走らせるなどの努力によって路線は維持されました。

 しかし、熊本地震のために全線が運休を余儀なくされます。2016年7月には途中の中松駅から終点の高森駅までが運行を再開しますが、起点の立野駅から中松駅までの区間は現在も不通のままです。立野駅から高森駅までは17.6キロメートルですが、立野駅から中松駅までは10.6キロメートルですから、およそ6割の区間が不通である訳です。他の鉄道路線と一切接続しないのでは相当苦しいのではないかと思うのですが、営業区間の乗客は増えつつあったそうです。しかし、COVID-19の感染拡大により、南阿蘇鉄道は「正念場を迎え」たという訳です(後掲記事からの引用です)。朝日新聞社が、2021年4月20日の9時付で「南阿蘇鉄道、コロナで再び試練 期待されるJR乗り入れ」(https://www.asahi.com/articles/ASP4M5KPCP42ULUC02S.html)として報じています。

 2020年度、日本の多くの鉄道会社は乗客減のために運輸収入も大きく減らしました。南阿蘇鉄道も例外ではありません。「2020年度の運輸収入は地震直後並みに落ち込む見通しで」あるということですが、それで話は終わらず、第三セクターに転換する際に交付された交付金(およそ4億5000万円)を底をつく寸前です。この交付金が基金となったのですが、熊本地震によって基金は大きく取り崩されており、2020年度には1800万円ほどにまで減少しています(ちなみに、これとは別に住民から募ってつくられた基金もあるのですが、「手をつけない」こととしているそうです)。

 2015年度における南阿蘇鉄道高森線の利用客はおよそ25万7000人、運輸収入はおよそ1億1000万円ほどでした。しかし、2016年度の利用客はおよそ3万7000人、運輸収入はおよそ1500万円となりました。いずれも約7分の1にまで落ち込んだ訳です。また、2019年度の運輸収入はおよそ2900万円でしたが、2020年度はおよそ1400万円に落ち込む見通しであるということです。ディーゼルカーの燃料、保線などの維持費用を考慮に入れると、存続は相当に厳しいということになります。

 上記朝日新聞社記事には、高森線の全面復旧は2023年夏が目処とされているという趣旨が書かれています。しかし、問題は復旧のための費用で、総額でおよそ70億円という試算が出ています。このうち、鉄橋の架け替え工事の費用はおよそ40億円です。同線には第一白川橋梁という有名な鉄橋があります。水面からの高さが64メートルほどもあり、建設当時は日本一だったそうです。今年2月に撤去作業が始まったそうですが、この橋梁の掛け替えだけでもかなりの費用がかかるでしょう。

 高森線の復旧費用の97.5%は国費で賄われることになっています。これは南阿蘇鉄道の社長でもある高森町長が国に要望したことによって実現した訳ですが、2.5%は南阿蘇鉄道が自ら支出しなければならないということでもあります。総額70億円と仮定すると、1億7500万円を南阿蘇鉄道が支出するということです。基金を取り崩しても足りないということになりますから、借金などをしなければならなくなるでしょう。もっとも、上記朝日新聞社記事によれば、高森線の沿線自治体である南阿蘇村と高森町(終点の高森駅のみ高森町が所在地です)が2021年度予算で赤字補塡を行うということですが、両自治体の財政力との関係はどうなのでしょうか。

 それでも高森線を全面的に復旧し、豊肥本線への乗り入れを目指すようです。豊肥本線も高森線も国鉄の路線でしたし(高森線は豊肥本線の支線でした)、国鉄時代には直通運転も行っていたのではないかと思われます。その意味では自然な流れとも言えます。しかし、国鉄の路線であったはずの第三セクターの路線の多くは、国鉄→JRグループの路線との接続を切られてしまいました。立野駅では豊肥本線の線路と高森線の線路はつながっているようですが、直通運転などは行われていなかったのでした(但し、上記朝日新聞記事では「線路をつなぐための費用は4億2千万円と試算するが、国の補助金活用も想定して高森町と南阿蘇村で負担する考え」と書かれています。高森線全線復旧後に改めて線路をつなげるということなのでしょうか)。南阿蘇鉄道再生協議会がJR九州に対して豊肥本線への乗り入れを要望しているそうで、肥後大津駅までの運転が想定されているようです。ただ、それなりの費用もかかるでしょう。上記朝日新聞社記事では「JR九州に支払う線路使用料など費用の圧縮が今度の課題だ」と書かれていますが、これはJR九州が管理する立野駅への乗り入れのための費用ということでしょうか。南阿蘇鉄道の車両が豊肥本線に乗り入れるのであれば、JR九州が車両使用料を南阿蘇鉄道に支払うのではないかとも思うのですが、その調整も必要になるでしょう。

 〈異なる鉄道会社の路線への乗り入れの際に、乗り入れられる会社は乗り入れる会社に車両使用料を支払います。東急田園都市線・東京メトロ半蔵門線・東武伊勢崎線・東武日光線、あるいは東京メトロ日比谷線・東武伊勢崎線・東武日光線というように相互乗り入れをしている場合には、車両使用料が相殺されるようにダイヤが組まれるのですが、京都市営地下鉄東西線・京阪京津線のように、京阪の車両が東西線に乗り入れるだけのいわゆる片乗り入れの場合、京都市交通局は京阪に車両使用料を支払わなければなりません。一方、京都市交通局の車両は京津線に乗り入れないので、京阪は京都市交通局に車両使用料を支払う必要がありません。〉

 2023年に全面復旧し、豊肥本線への乗り入れが実現することが望ましいと思うのですが、それは2年先の話です。まずは全体の6割におよぶ立野駅から高森駅までの区間の復旧ですが、費用が莫大であるだけに、会社の命運をかけた作業となるでしょう。また、復旧したからといって利用客数および運輸収入がどの程度まで伸びるのかも未知数です。仮に高森線がJR九州の路線であったとすれば、復旧は断念されたのではないかとも考えられます(日田彦山線の添田駅から夜明駅までの区間について、鉄道路線としての復旧が断念され、BRT化されることを想起してください。この区間の大部分は福岡近郊区間です)。鉄道会社の規模からすれば、相当に大きな資金を必要とする復旧工事になることは明らかであり、沿線自治体の体力にも影響を及ぼしかねないだけに、非常に気になるところです。

 ここまで記してきたのは、大分大学教育学部・教育福祉科学部に勤務していた7年間に、何度か高森駅へ行ったことがあるからです。南阿蘇鉄道高森線に乗ったのは1998年12月19日の一度だけですが、何度か、車で大分市から熊本市へ行った時の帰途に高森駅に寄りました。このブログに「南阿蘇鉄道高森駅」という記事を掲載していますので、御覧いただければ幸いです。

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朝の火事/再び緊急事態宣言か

2021年04月20日 10時30分00秒 | 日記・エッセイ・コラム

 今朝、川崎市高津区溝口では何台もの救急車がサイレンを鳴らしながら走り、しばらく経ったら何機ものヘリコプターが飛び交いました。

 起きてすぐにPCの電源を入れて確認してみたら、高津区諏訪2丁目で火災が発生していました。町工場から出火しており、爆発も伴っていたようです。二子新地駅から歩いて10分ほどの所でしょうか。高津駅から歩いてもそれほど遠くありません。ツイッターか何かに掲載された写真を見たら、すぐそばにはアパートメントハウスなどもあるので、延焼した可能性もあります。昨年8月31日に溝口4丁目で発生した火事では、火元の家屋はもとより、隣接する家屋の一部も焼けており、現在はどちらの家屋も解体され、更地になっています。

 救急車にヘリコプター。一瞬、2019年5月28日に多摩区登戸新町で発生した痛ましい事件を思い出しました。あの時も、朝から国道409号などを何台もの救急車が走り、高津区の上空にも何機かのヘリコプターが飛び交ったのです。

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 さて、先進国とは思えないほどのワクチン摂取率の低さ、おまけに先日の首脳会談からしてワクチンの輸入はあまり期待できないという状況の中、大阪府、東京都など全国でCOVID-19の新規感染者数が増え、重症者も増加しています。大阪府が緊急事態宣言を要請している他、東京都も要請する方向を示しています。今年1月からの第2回緊急事態宣言は、そもそも発する意味がどの程度認められたのかがよくわからないような結果となりましたが、仮に今月中に第3回の緊急事態宣言が発せられるならば、昨年の第1回の時と同じように休業要請なども行われる可能性があります。少なくとも、第2回緊急事態宣言の程度では無意味に近いということです。飲食店にだけ時短要請をしたところで、守ってもらえるかどうかについては保証がありませんし(何せ、厚生労働省か何処かの飲み会では、21時を過ぎても営業している店をわざわざ探したそうですから)、中途半端であることは否めません。クラスターの発生などを見ていると、むしろ飲食店以外の店舗や営業所のほうが多いのです。

 こうなると、学校も無関係ではありません。このブログに「教室での講義からオンライン講義へ逆戻り 京都だけの話ではなくなるでしょう。」という記事を掲載しましたが、話は京都に止まりません。京都府の隣の奈良県にある天理大学では、4月19日から25日まで一斉休校の上に課外活動も全面禁止、4月26日から5月9日までは全面オンライン講義の上に課外活動は全面禁止、ということになりました(https://www.tenri-u.ac.jp/topics/q3tncs00001zte56.html)。勿論、首都圏の大学にとっても対岸の火事ではありません。

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教室での講義とオンライン講義との併用は難しい お詫びを兼ねて

2021年04月20日 00時47分00秒 | 受験・学校

 2021年4月19日、私は大東文化大学東松山校舎で3コマの講義を行いました。

 考えてみると、2020年度には同校舎の教室で一度も講義をしていないので、およそ1年3か月ぶりのこととなります(板橋校舎でも同じことでしたが)。

 私が大東文化大学で担当する講義のうち、およそ3分の2は教室での講義とオンライン講義との併用を原則としています。

 しかし、19日の3限、行政法1Aでは、機材の関係なのか通信状況なのかわからないのですが、オンラインでは何度も接続が切れるという問題が生じました。私のPCの画面には「接続が不安定になりました」という表示が一度出ましたし、「接続が切れました」という表示も出ました。2020年度、自宅でオンライン講義を行った時にはほとんど出なかったのに。

 何度も接続が切れたのでは、オンライン講義の意味がありませんので、この場を借りてお詫びを申し上げます。

 今後、オンラインで同時に生講義というのが難しいようであれば、対処を考えておかなければなりません。今年度は別の大学でオンデマンド講義を行っていますので、教室での講義とオンデマンド講義との併用も考えられます。

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2006年3月16日、都電荒川線に乗って(その4)

2021年04月19日 00時00分00秒 | まち歩き

 今回は「川崎高津公法研究室」に掲載していた「待合室」の第161回として2006年4月24日から5月1日まで掲載した「都電荒川線に乗って(その4)」の再掲載です。今から15年前の話ですので、その点には何卒御注意を。

 

 都電荒川線の電車は、三ノ輪橋電停を発車しました。都営地下鉄三田線西巣鴨駅に近い(歩いて5分くらい)新庚申塚電停まで乗ります。旧型電車と同じ方式なので、少し低めのモーターの唸りとともに、しかも遅いのにガタガタと揺れるのですが、せっかく乗ったので、私としては初めて、車内から写真を撮ってみました。

三ノ輪橋電停を出発して間もないところですが、どこの電停の近くか、よく覚えていません。走行中の電車から撮影したことがすぐにわかるという写真です。

 荒川七丁目電停のそばです。都電荒川線は軌道線で、このように、電車優先とはなっておらず、踏切、というよりは交差点で信号待ちをする場所が多いのです。遮断機もありません。とにかく、青信号になるまで待ちます。路面電車なら当たり前の光景でしょう(もっとも、東急世田谷線には若林踏切しかないのですが)。

 運転席から撮影したのではなく、望遠機能を使って客席から撮影しました。念のため。

 京成上野線、東京メトロ千代田線との乗換場所である町屋電停です。ここも荒川七丁目と同様で、電車優先ではありません。赤信号の時間がかなり長かったと記憶しています。時間があれば、町屋駅周辺を歩いてみたかったのですが。

 どのあたりだったでしょうか。町屋駅前からしばらく、このような感じで続きます。道路の真ん中を走っていますが、車が入ることはできません。車に抜かされながら、のんびりと(?)電車は進みます。お昼時、お客は多く、結構混んでいます。

都電荒川線の線路の幅は、世界的に珍しい1372ミリメートルです。この幅を採用しているのは、現在、都営新宿線、京王線(井の頭線を除く)、東急世田谷線、函館市電しかありません。

 宮ノ前電停に止まっています。尾久八幡神社のすぐそばです。このあたりからさらに混んできたので、宮ノ前電停から先については撮影していません。

 この後、電車は王子駅前に出ます。そして、本当に道路の真ん中を車と一緒に走り(よくぞ廃止されなかったと思います。車にとって邪魔なことは否定できないし、右折はしづらいし、電車が時間通りに動けないことも多いと思われるので)、飛鳥山電停からはまた専用の軌道を走ります。そして、滝野川、西ヶ原を通って新庚申塚に到着しました。私はそこで降りましたが、電車は大塚駅前、雑司ヶ谷を通って早稲田まで走ります。

 さて、次回はどこを取り上げようか、と考えています。

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2006年3月16日、都電荒川線に乗って(その3)

2021年04月18日 00時00分00秒 | まち歩き

 今回は「川崎高津公法研究室」に掲載していた「待合室」の第161回として2006年4月18日から24日まで掲載した「都電荒川線に乗って(その3)」の再掲載です。今から15年前の話ですので、その点には何卒御注意を。

 

 今回も都電荒川線、三ノ輪橋電停からです。一両(単行とも言います)、ワンマン運転の電車に乗り込む訳ですが、発車時刻まで多少の時間があります。私にとっては必需品のバス共通カードを準備しておきます。このカードで都電にも乗れるのです。もっとも、パスネットを使うことができないのが少々痛いのですが、均一料金であることなど、都電にはバスと共通する点が多いのです。

 都電荒川線で一番よく見かけるのが、この7500型でしょう。少なくとも、私にとってはそうで、昨年、非常勤の仕事のために新庚申塚から早稲田まで利用した際にも、この形式以外に乗ったことがありません。他に正面一枚窓の7000型、新鋭でVVVF制御の8500型がありますが、どちらも、何故かあまり見かけません。私が利用する時間帯などのためでしょうか。

 

車止めです。ここで線路は途切れます。私鉄や路面電車ではよく見かけます。非常勤の仕事のために東横線をよく使っており、渋谷駅で車止めを見ています。

 都電荒川線の電停でこのような案内図が掲げられている電停は意外と少ないのですが、知る限りで三ノ輪橋電停 にあるこの案内図は一番詳しいでしょう。それにしても、沿線に色々な名所(?)があるものだと感心します。東京23区のうち、中央本線の北側にはそれほど足を向けていなかったため、知らない場所が多いのです。早稲田大学、巣鴨のとげぬき地蔵などには行きましたが。

 光線の関係でおかしな写真になりましたが、時刻表などです。昼間の時間帯は時刻の表示を省略しており、少し前までの山手線の時刻表のようです。5分から6分の間隔であれば、田園都市線・半蔵門線と大体同じですので、全部を表示できると思うのですが、道路の上を走る区間があるために表示していないのかもしれません(理由にはなっていませんね)。

 奥が降車用の停留所で、奥でお客が降りると電車が手前に来て、今度はお客を乗せて、左側の線路を走っていきます。このような構造の始点・終点停留所は路面電車に多いようで、熊本市電の田崎橋電停なども同じような構造です。少々違いますが、東急世田谷線の三軒茶屋と下高井戸もこのような線路配置になっています。

 都電の運賃は実にわかりやすいものです。とにかく一回乗れば、どこまで乗っても同じ料金です。都営バスと同じ仕組みです。但し、都営バスは全線均一200円ですから、都電のほうが少々安いのです(ちなみに、世田谷線は150円均一、東京23区内の他社バスは210円均一です)。

 私は川崎市に生まれ育ったため、バスの運賃は全線均一、バスの前扉から乗って料金を払い、中扉か後扉から降りる、というのが当たり前だと思っていました。東京都23区内(など)、川崎市の全域、横浜市の大部分では、こうした方式が採用されています。ところが、これは東京都23区内、川崎市および横浜市だけの話です。日本の大部分の地域では区間制を採用していますし、乗車する際には中扉か後扉からで、乗る際に整理券を取らなければならず、降りる際に料金を払って前扉から降りるのです。私は、このような区間制などのバスにはなかなか慣れることができず、大分に住んでいた頃も、整理券を取り忘れたことも何度かありました。

 全国の路面電車を利用した訳ではないのでよくわからないのですが、路面電車も、都電荒川線と東急世田谷線だけが、整理券が不要であり、前扉から乗って料金を払い、中扉か後扉から降りるという方式のはずです(但し、世田谷線は2両編成ですので、後の車両を利用する時は話が違ってきますが、乗務員に運賃を渡してから乗るという点では同じです)。長崎市や鹿児島市の路面電車は均一性の運賃ですから、東京都23区内・川崎市・横浜市と同じ方法を採用すべきであると思うのですが、いかがでしょうか。

 まだ三ノ輪橋を出発していなかったのですが、そろそろ発車時刻です。

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教室での講義からオンライン講義へ逆戻り 京都だけの話ではなくなるでしょう。

2021年04月17日 19時00分00秒 | 受験・学校

 本題に入る前に。今日(2021年4月17日)の午前中、仕事の関係で丸ノ内線の新車2000系に乗っていて、車内の画面広告を見て驚きました。東京オリンピックの公式ショップで売られているグッズの広告だったのです。初めて見ました。東京メトロでも半蔵門線の車両(8000系、08系)や東急の車両では見たことがなかったのです。そればかりか、2020年の秋にも何度か丸ノ内線に乗りましたが、オリンピックグッズの広告など流れていなかったのです。驚きばかりで内容を覚えていませんが、思い出作りに云々というようなフレーズが並べられているのを見て、冗談なのかと思いました。

 さて、本題に入ります。Yahoo! Japan Newsで見つけた記事で、京都新聞社が今日の15時付で「オンライン授業に逆戻り『大学生活どうなっていくの?』学生ら不安の声」というものがありました(https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/549372)。

 今月、近畿地方でCOVID-19の感染が拡大しています。そのため、2021年度から原則として教室で講義を行うこととしていた大学が方針の転換を行わざるをえなくなった、ということです。上記京都新聞社記事によると、立命館大学は「19日から当面の間」、原則としてオンライン講義に変更することとなりました。また、京都産業大学は「27日から実験や実習などを除き可能な限りオンラインに切り替える」、龍谷大学は「26日から一部授業をオンラインにする」、京都大学や京都工芸繊維大学は検討するとのことです。

 よく、オンライン講義ばかりでは友人ができない、という趣旨の学生の声が聞かれます。これに対しては「やり方の問題だ」という意見もあるようですが、できにくいことは認められるでしょう。講義だけでなく、サークル活動なども規制されることになるので、大学生としての生活を送りにくくなることは否めません。

 しかし、ここで少し立ち止まります。オンライン講義へ逆戻りなのは京都だけの話なのか、と。近いうちに首都圏なども同じようになるであろう、とも予想できます。

 大阪府では、5日連続で新規感染者が1000人を超える状況になっており、医療崩壊に近い状態となっています。第2回の緊急事態宣言から早く脱したのは誤りであったのでしょう。少なくとも大阪府などには第3回の緊急事態宣言が発せられてもおかしくありません。

 そして、近畿地方も関東地方も本州にありますから、当然陸続きです。近畿地方で感染が拡大しているのに、他の地方で拡大しないとは言えないでしょう。2020年の経験からしても、これから夏にかけて感染者が増えることは十分に予想できます。第1回の緊急事態宣言では要請に応える形で多くの大規模小売店舗が休業し、街の人通りが大幅に減少しましたし、2020年3月から小学校、中学校、高校、大学のほとんどが休みとなりました。これで感染者数が減少したことは認められます。経済活動も冷え込みましたが、目先の利益に囚われるよりはよいことです。しかし、政権が変わってから、これと言った策が立てられているようには思えません。勝負の3週間などという勇ましい言葉だけが飛び交うだけで、第2回の緊急事態宣言は見事な失敗に終わりました。第1回と異なり、一律10万円の給付金もなかったのですから、我々庶民としては自粛している訳にはいかない、富裕層とは違うのだ、ということです。それに、政府はGoToや東京オリンピックに熱心で、COVID-19対策に熱心なのかどうかは疑問がよせられるところでしょう。

 私は首都圏の大学で仕事をしていますので、少しばかり記しておきますと、本務校(大東文化大学)では原則として教室での講義です(オンライン講義の併用もできます)。正門以外の門から入ることはできず、検温を受けて消毒液を手に撒かなければなりませんが、2020年度よりは規制が緩んでいます。教卓の前にアクリル板が設置されているはずだと思っていたら、何故かなかったのです。他の大学でも教室での講義が増えており、原則となっているようですが、私が非常勤講師(兼任講師)として担当する講義のいくつかはオンライン講義です。また、検温、消毒液などは、大学によって違いがあります。

 東京都はもとより、神奈川県などでも新規感染者が増えていない訳ではありません。今後の状況によっては、オンライン講義への逆戻りは京都だけの話ではなくなるでしょう。私は、逆戻りの可能性は高いと考えています。ゴールデンウィークが一つの契機になるでしょうか。昨年の第1回緊急事態宣言の時よりも厳しい措置を採ることができるようにしなければ、たとえば、諸外国では当たり前のように行われているロックダウンを行わなければ、新規感染者や再感染者は減らず、多くの都道府県で医療崩壊が起こるでしょう。勿論、東京オリンピックなどとんでもありません。できるはずがないのです。

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2006年3月16日、都電荒川線に乗って(その2)

2021年04月17日 00時00分00秒 | まち歩き

 今回は「川崎高津公法研究室」に掲載していた「待合室」の第163回として2006年4月7日から18日まで掲載した「都電荒川線に乗って(その2)」の再掲載です。今から15年前の話ですので、その点には何卒御注意を。

 

 不案内な三ノ輪駅を出て、北に歩きます。すぐに常磐線のガードが見えます。このガードを抜け、信号があるので道路を横断すると、三ノ輪橋電停への入口があります。ただ、これも意外なくらいに目立たず、わかりにくいというのが本当のところです。

 上を見ればわかるということですが、表通りから少し引っ込んだ所です。上はビルになっていて、この中を通り抜けます。奥に電停があります。シャッターが閉まっているのは気になります。果たして、このあたりの商店街の状況はどうなのでしょうか。時間があまりなかったので、ゆっくりとは歩いていません。

 ようやく三ノ輪橋電停にたどり着きました。ここから、町屋、王子、大塚、雑司が谷を通って早稲田へ出られる訳です。もっとも、私は新庚申塚で降りました(そこで降りないと、都営三田線に乗り換えられないため)。昨年、早稲田大学法職課程教室で講義を担当した時には、新庚申塚から早稲田まで荒川線に乗っていました。小学生時代に王子駅前から大塚駅前まで乗ったことがあるのですが、川崎市に住んでいて荒川区に行く用事などほとんどない人間にとって、三ノ輪橋、町屋、尾久は未知の場所でした。

 三ノ輪橋電停を正面に見て、次に右を見ますと、三ノ輪橋商店街のアーケードがあります。真上に都電のレリーフがあります。前照灯が運転席の下に一つだけあることから一球さんというニックネームがあった6000型を基にしたのでしょう。

 下を見ると、こんな商店街でした。曲がりくねっているのが気になります。アーケードといえば、私の地元にもありますし、日本最初のアーケード街であると言われる武蔵小山も、幼少時から今に至るまで私がなじんでいる所ですが、こんなに曲がりくねっていません。何となく、再開発前の溝の口駅西口商店街を思い出しましたが、規模は三ノ輪橋商店街のほうが大きいでしょうか。

 ちょうど、早稲田行の電車が来ました。釣り掛け駆動という、昔の電車の音ですので、すぐにわかります。正面に、昔の都電の車両を紹介するようなレリーフが飾られています。

 ここは、最初から東京都の路線だったのではなく、元は王子電気軌道という私鉄の路線でした。戦時中、東京市に買収され、都制施行(東京府と東京市が合併)によって東京都交通局の路線になりました。昭和38年から、都電の路線は次々に廃止されましたが、専用軌道(道路の上を走らない軌道)が多かった荒川線は残りました。たしか、黒字路線であったと記憶しています。しかし、東京都交通局も明らかにしているように、乗客数は漸減傾向にあります。

レリーフは、下から上に見ると歴史を簡単にたどれます。写真では切れていますが、時計があります。

ここから新庚申塚に向けて乗ることとします。果たしてどのような町並みを通ることやら。

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2006年3月16日、都電荒川線に乗って(その1)

2021年04月16日 00時00分00秒 | まち歩き

 今回は「川崎高津公法研究室」に掲載していた「待合室」の第161回として2006年3月27日から4月1日まで掲載した「都電荒川線に乗って(その1)」の再掲載です。今から15年前の話ですので、その点には何卒御注意を。なお、2014年5月4日にも三ノ輪橋商店街を訪れており、その模様は「三ノ輪橋商店街(ジョイフル三ノ輪)を歩く その1」、「三ノ輪橋商店街(ジョイフル三ノ輪)を歩く その2」、および「三ノ輪橋商店街(ジョイフル三ノ輪)を歩く その3」で取り上げています。

 それでは、2006年3月16日に移ります。まずは東京メトロ日比谷線の三ノ輪駅からです。

 

 川崎市の中ほど、北部と南部の境目付近で生まれ育った私にとって、東京都23区地域はなじみの深いところです。第三京浜でわずか数分ほど走れば世田谷区ですし、田園都市線の溝の口駅から急行に乗って2分で世田谷区の二子玉川駅、自転車で15分から20分ほど走れば、二子橋経由でやはり二子玉川駅に到着します。二子玉川、等々力、尾山台は勿論、自由が丘、都立大学(目黒区中根)、渋谷、代官山、中目黒、恵比寿、目黒、武蔵小山、三軒茶屋などには、買い物などで何度となく行きましたし、よく通っております。

 しかし、私が幼少の頃からなじんでいて、道路事情なども或る程度わかるのは山手線の南半分でして、北半分についてはあまり自信がありません。とくに、北区、足立区、荒川区、墨田区などについては、車でもあまり行きませんし、電車で通ったこともあまりありません。たいていのことは渋谷で済んでしまいますし、足を伸ばすとしても大手町、銀座、日本橋、神田神保町、神田駿河台までということになります。もう少し伸ばして上野、浅草といったところでしょうか。

 3月の或る日、ちょっとした用事があって、東横線特急と銀座線を使って銀座へ行きました。中目黒で日比谷線に乗り換えなかったのは、あまりに車内が混んでいて降りることができなかったためです。銀座での用事が済んだので研究室へ行こうと思ったのですが、悪いことに西台まで一本で行ける地下鉄はありません。日比谷まで歩いて三田線に乗るのが通常の選択肢で、それでもいいけど、あまり面白くない。どうしようかなと思い、日比谷線の東武動物公園行に乗り、三ノ輪で降りました。 三ノ輪橋から都電荒川線に乗って新庚申塚で降り、三田線の西巣鴨駅へ出ようということです。常識では考えられないような馬鹿なルートですが、たまにはこういうこともいいだろうと思った訳です。

 三ノ輪に到着しました。この駅は台東区の北端のほうにあります。初めて降りましたが、ここから都電荒川線の三ノ輪橋へ出ようというのです。ちなみに、日比谷線はこの駅を出るとすぐに地上に出て、南千住に向かいます。南千住駅は荒川区にあります。

 地図を見ると、つくばエクスプレスもこの近くを通っていますが、地下を通っていますので見ることはできませんし、駅もありません。

 「やはり下町だなあ」と思えるお店がありました。名前もいいですね。うちわと扇子のお店というのは、川崎市や横浜市などでも古い街道筋、宿場町のような所でないとみかけないでしょう。東京ですと、浅草や神楽坂で見かけます。

 この道路を奥のほうに進むと、泪橋、白髭橋方面、吉原、言問橋方面に行けるとのことですが、残念ながら車などで通ったことはありません。

 

 駅前の交差点です。この道路の下を日比谷線が通っていて、入谷、上野方面に行くことができます。日比谷線に乗れば、上野、銀座、霞が関、六本木、恵比寿に出られますし、東横線の自由が丘や田園調布などにも一本で行けることがあります。本当はもう少し歩きたかったのですが、それほど時間の余裕がなく、残念です。

 さて、都電荒川線の三ノ輪橋へ行こうと思うのですが、このあたりは実に案内表示が少なく、三ノ輪橋電停の案内は全くありませんので、どこをどう行けばよいのかわかりません。日比谷線と荒川線は乗り換え扱いになっているのかどうかもわからないようなもので、駅を降りてもすぐに荒川線の電停がないということは知っていました。しかし、三ノ輪橋電停 は、すぐ近くを通る常磐線の三河島駅からも南千住駅からも離れているという中途半端な所にありますから、案内はしっかりと出してもらいたいものです。そうでないと、都電による街づくりの意味が減ります。

 道路のどこにも案内板がないので、おかしいと思い、地下鉄の駅に戻りました。すると、実に目立たない場所に案内表示が出ていました。上の写真で灰色で囲んだ部分がありますが、この壁の裏に案内表示があったのです。 自動改札機を出るとすぐに交差点に出ますから、よほど注意していないと案内表示を見落とします。もう少しわかりやすい場所に案内表示を出してもらいたいものです。これは東京メトロへの注文です (同じようなことは、東西線の早稲田駅についても言えますが、こちらは荒川線との乗換駅ではないので、仕方がないでしょうか)。

 実は、昨年の一時期、毎週月曜日に荒川線を使っていました。大東文化大学で講義を終えて早稲田大学での法職課程教室の講義のために移動する際、まずは西台から三田線に乗って西巣鴨で降り、新庚申塚まで歩いて、そこから早稲田までは荒川線に乗っていたのです。三田線と東西線を乗り継いだり、東上線と山手線を乗り継いだりしたこともありますが、三田線と荒川線を使うのが一番早く、しかも安上がりな方法でした。

 タイトルに反して、まだ荒川線の三ノ輪橋までも行っていないのですが、次回に、ということで。

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