今回は、私が大分大学教育福祉科学部の助教授になったばかりの2002年7月21日付で私のホームページ「大分発法制・行財政研究」(現在の「川崎高津公法研究室」)に掲載した「『地方自治講演会レポート」です。22年以上経過しているものですが、何らかの参考にはなると思い、このブログに転載します。
「地方自治講演会」レポート
このホームページを立ち上げてから2年程が経過します。様々な記事を掲載して参りましたが、講演会の内容を報告するというスタイルは、初めてのことです。少しでも様子をお分かりいただけるならば、幸いです。
2002年7月20日(土曜日。海の日)、大分県と総務省が主催する「地方自治講演会」が、大分全日空ホテルオアシスタワー(大分市高砂町)5階孔雀の間で行われました。共催は、大分県市長会、大分県町村会、大分県市議会議長会および大分県町村議会議長会です。
実は、私がこの講演会のことを知ったのは、前日(19日)のことでした。同じオアシスタワーの1階に、大分放送(OBS)のサテライトスタジオ「パルテ」があります。月曜日から金曜日までの13時から15時45分まで、パルテから生で放送される「三重野勝己 昼いちパラダイス」という番組に、この日、私がゲストとして登場しました。個人情報保護法案と住民基本台帳ネットワーク(住基ネット)について、短いながら話をさせていただきました。放送後、別の用事を済ませるため、財団法人ハイパーネットワーク社会研究所に向かいました。その研究所の事務局長氏から話を伺ったのです。大分県企画文化部IT推進課長名で出された「片山総務大臣の地方自治講演会のお知らせ」という文書のコピーもいただきました。これを見て、私も参加してみようと思ったのです。
講演会は、大分県知事・平松守彦氏による「主催者挨拶」の後、総務大臣・片山虎之助氏による「地方分権改革の動向」、そして総務省大臣官房政策統括官・大野慎一氏による「電子自治体の推進」という構成でした。大分県の関係者、大分県内各市町村の関係者で会場は埋まっています。大分大学からの出席者は、私を含めて2名、財団法人ハイパーネットワーク社会研究所にも関係している者だけだったようです。
私は、市町村合併についての講演を2度行い、それを基にした論文を発表しているため、片山氏の講演に関心を持っていました。その内容を簡単に紹介いたします。
氏は、地方分権改革に3つの柱があるという趣旨を語りました。1つ目が市町村合併、2つ目が住基ネット、そして3つ目が郵政改革法案です。このうち、直接的に地方分権改革と結びつくのは前二者です。
市町村合併についての内容を整理すると、おおむね、次のようになります。
これまで、大規模な市町村合併は2回行われました。最初の大合併は明治21年から翌年にかけて行われたもので、市町村(自然集落のようなものだと表現されていました)は71000ほどあったが、一気に15000ほどにまで統合されました。背景として、近代国家化があります。義務教育、戸籍事務などを市町村に担わせるのには、市町村の規模があまりに小さかったのです。この時の合併は、明治憲法下に相応しく、中央集権的に進められました。
そして次の大合併ですが、昭和28年から始められました。それまでの間にも合併は進められ、当時は11000ほどの市町村がありましたが、4000弱にまでまとめられました。この時の背景は、第二次世界大戦敗戦(この言葉を、総務大臣自身が使っています)とそれに続く占領です。アメリカ型の地方自治制度が導入され、知事や市町村長も公選となりました。一方、学制改革が行われ、小学校に加えて中学校も義務教育化されます。そして、中学校についても市町村の事務となりました。新制中学校を維持するためには、それなりの規模が必要だと考えられたのです。この時の合併も、国や都道府県が主導する強制的なものでした。
片山氏は、これらの合併と、現在進められている「平成の大合併」と、それぞれの間に50年間あるいは60年間という時間があることを指摘し、合併にも歴史の流れやパターンがあると主張しました。その上で、「平成の大合併」は、これまでと性質が異なる、と強調しました。どういうことなのでしょうか。
今回の合併は、国や都道府県ではなく、あくまでも市町村が中心となるべきであり、都道府県は補完的な存在になるべきだというのです(ここで私は、これまでの地方自治法においても、基幹は市町村で、都道府県は広域的かつ補充的な存在であるという趣旨が規定されていたはずではないか、と思ったのです。勿論、現実は違っておりました)。
そして、合併によって市町村が大きく、強く、元気になる、これが目的であるとを述べられました。別の言葉では、権限、税源、そして人間(この3つで「3ゲン」というのだそうです)が集まる市町村づくりに向かおうということになります。このために、市町村の合併はあくまでも自主的なものであって、国や都道府県が主導するものではないということを強調されています。都道府県は、既に合併のパターンを示していますが、これを計画として押し付けるのではなく、あくまでもパターンというたたき台であって、議論の出発点であるとするのです。また、国も、合併の「推進本部」ではなく、「支援本部」を設置しています。これも、あくまでも「自主的な」合併を促すという趣旨を表現したものということでした。
一方、現在、と言っても、厳密にどの時点か不明ですが、市町村は3218にのぼります。これを最終的には1000にしようという方針が、この講演でも繰り返されました。
市町村合併に際して、多くの飴が用意されています。鞭を用意したのでは自己矛盾になるからです(もっとも、全くと言ってよいほど鞭が用意されていないのかについては疑問ですが)。総務省としては、合併を進めた場合に地方交付税を10年間保障し、その後の5年間は激変緩和措置をとります。この他にも合併 債などの特例があります。他の省庁も支援策を多く出しています(これについてはかなり多くの例が挙げられたので書き切れなかったことをお詫び申し上げます。また、飴が多すぎて、その後が怖いという印象を改めて受けたことも記しておきます)。
また、今でも住民の間ではトラブルなどが多いと思われる静岡市・清水市の合併(来年)について触れられました。この合併は政令指定都市を目指したものと言われています。片山氏は、両市が合併を済ませた段階で新市を政令で指定する意向を示す、と思われる発言をしました。さいたま市についても同様です(しかし、さいたま市は、合併してからもゴタゴタが多いと聞きます。道路標識に浦和、大宮、与野の旧市名が復活していますし、駅名も、大宮、浦和などは当然として、浦和美園などがそのまま残っています)。
市町村合併と密接な関連を有するのが、地方財政です。現在、地方交付税の関連で言うならば、20兆円が地方交付税として支出されるのに対し、地方交付税のために入ってくるのは13兆円です。また、税収入について言うならば、歳入においては国:地方=6:4であるのに対し、歳出においては国:地方=4:6です。このギャップを埋めるために、地方交付税や国庫補助金などが充てられるのです。しかし、国税の中には、既に一定の割合が地方交付税のための原資とされるものがあります。これに着目すれば、むしろ税源を移譲したほうがよいということになります(財政力の格差も考慮する必要があるのは当然です)。例えば、上の例から5兆5千億を地方に移譲します。所得税の一部を住民税に移譲して3兆円ほど、残りは地方消費税を現行の1パーセントから2パーセントに変更します(国の消費税は4パーセントから3パーセントに改めます)。こうした片山氏の発言は、以前から総務省(旧自治省)が主張していたことでもありますし、地方分権推進委員会などでも、詳細はともあれ、提言されていました。
そして、国庫負担金および国庫補助金の見直しについても言及されました。このうち、補助金のほうは、国の政策意向に左右される部分も大きいので、やむをえないものを除いて基本的にやめるべきであるという趣旨が述べられました。これも、地方分権推進委員会が最終報告などにおいて述べています。こういうものについては、地方の現場が一番よく知っているのであって、国がかかわる必要などないというようなことも述べられていたと記憶します。一方、負担金のほうは、社会保障、義務教育、公共事業など、国、地方のいずれにも関係するものが多いのですが、こちらのほうも整理合理化します。結局、補助金も負担金も整理合理化して、税源移譲につなげ、市町村の経済基盤の強化に充てるという趣旨が述べられました。
そうすると、地方分権改革の下で、市町村合併が進められ、税源移譲なども進められるならば、税財政は地方税が中心となります。地方交付税は、どうしても足りない部分(所)のみに交付するということになります。総務大臣の講演にもありましたが、現在、地方交付税不交付団体は、都道府県レベルでみると東京都だけですし、市町村レベルでも僅かなものです。これは、本来は財政調整の手段であるべき地方交付税が、財源保障の機能まで担っていることを意味します。また、地方交付税の趣旨からしても異常な事態です。税源移譲などを進めて、地方交付税の機能を財政調整に純化させる意向が示されたことになります。このために、年末の予算編成までに具体案を作成し、3年から4年をかけて実行する方針も示されました。また、地方交付税そのものの見直し(算定基準の見直しなども含む)の方針も示されました。
次に、2002年8月5日から稼働する住基ネットについての内容を整理すると、次のようになります。
住基ネットは、国の一元管理システムなどではなく、共同ネットワークであり、全国的な本人確認のシステムです。最近、新聞などで批判的な報道がなされ、市町村議会の中には施行延期などを求める声もありますが、片山氏は、目的外使用はない、民間利用は出来ない、守秘義務がある、秘密は漏れない、そしてこの住基ネットは行政手続に際しての国民の負担を軽減するシステムであると述べました。とくに、延期を求める声に対して、大部分の市町村はそのような声を出していないということを理由にあげて、延期しなければならないようなものではないと述べました。なお、7月22日から、住基ネットの「試運転」が始まります。
郵政改革法案についてですが、周知のように、これは郵政事業の公社化を目指すものです。これについても様々な批判があります。市町村にとっては、全国に2万局以上ある郵便局のネットワークがどうなるかという点に関心が向くはずです。公社化によってこれまでのネットワークを低下させないようにするということが述べられました。
片山氏の講演は約40分間です。以上は、私のメモを基に再現したもので、氏の講演内容に忠実であることを目的としています。部分的に私の意見なども入っていますが、明確に区別したつもりです。
続いて、大野氏が「電子自治体の推進」と題する講演を行いました。どういう訳か、報道関係者が退室しました。おそらく、片山氏の講演のほうがニュースなどの題材になりやすいということでしょう。中には、配布資料を置いて帰った記者も数名いたようです。
30分間で、あらかじめ配布されている資料に沿った内容でした。ここに記すべき特別な内容はなかったのですが、配布された資料の名称を記しておきます。
「行政手続等における情報通信の技術の利用に関する法律案の概要」(書面みなし規定の存在が重要)
「行政手続等における情報通信の技術の利用に関する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案の概要」(国税および地方税の電子納税のために必要な規定などを整備するなど、71の法律を改正することになるようです。)
「電子署名に係る地方公共団体の認証業務に関する法律案について」(この法律案は2002年6月7日に国会に提出されたのですが、実質的な審議は、この記事を作成した時点に至るまでなされておりません。)
「電子化スケジュール」
「電子署名を利用したオンラインによる申請・届出等のイメージ(1)」
「電子署名を利用したオンラインによる申請・届出等のイメージ(2)」
「共同アウトソーシング・電子自治体推進戦略」(次に示す資料とともに、大野氏が暗に強調したかったのではないかと思われる内容です。)
「地方自治体におけるIT事業者へのアウトソーシング(イメージ)」