私が東洋大学大学院法学研究科博士前期課程の担当を始めた2012年4月から数年間、大学院の講義・演習ではドイツ語の教科書の講読を行っていました。教科書はHartmut Maurer, Allgemeines Verwaltungsrecht, 18. Auflage, 2011でした。
そもそも、私自身、大学院生時代には洋書講読を内容とする講義に出席しましたし(むしろこれが当たり前でもありました)、学部生時代にもドイツ語の文献を読む講義に出席していました。しかも、その文献が教科書でなく、Handbuchという名称でありながら百科事典ではないかと思われる程の分厚い本(ドイツではむしろ当たり前のことであったりします)に収められている論文です。
学部生時代、大学院生時代、そして東洋大学大学院法学研究科博士前期課程での講義・演習の経験から、「法学部生・法学研究科院生のためのドイツ語」というタイトルで教材を作ろうと考えていました。この5、6年程は洋書講読の講義・演習を行っていませんが、もしも「やってみたい」、「チャレンジしてみたい」という学生諸君がいれば、ドイツ語か英語であれば行いたいと思っています。
それでは、少しばかり作っていた「法学部生・法学研究科院生のためのドイツ語」を、このブログに載せるにあたって加筆を施した上で、恥を忍んで公開します。私はドイツ語学の専門などではないので、不正確な部分など多々あるかと存じます。御海容の程を。
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1.ドイツ語およびドイツ法を学習するために読んでおくべきもの
(1)手持ちの入門書
1冊でよい。むしろ、入門の段階で複数の本を持つことは禁物であって、1冊を徹底的に読みつぶすことが大事である。練習問題があれば、解いてみること。
入門書を所持していないのであれば、比較的大型の書店(または図書館)に行き、ドイツ語の入門書(郁文堂、白水社、三修社などから出版されている)を立ち読みし、自分にとってわかりやすいと思われるものを1冊選ぶとよい。
ちなみに、私は、大学入学が決まってすぐの頃に、青木一郎「わかりやすいドイツ語」(郁文堂。現在は絶版のようである)を、たしか神田神保町の書泉グランデで購入した。そして、この本を1年か2年かけて読み、数冊のノートを作っている。ちなみに、私は「わかりやすいドイツ語」を長らく所持していたが、1997年4月から2004年3月まで勤めた大分大学教育福祉科学部を離れる際に、当時の法・政演習室に残しておいた(まさか、捨てられていないでしょうね?)。
(2)独和辞典
電子辞書では収録語彙数が限られる、文法などに関する説明が少ない、多くの文例を一目で見ることが難しい、などの問題もあるので、冊子の辞書を1冊持っておくほうがよい。郁文堂か三修社の辞書をすすめておくが、初級文法の学習を一通り終えたら小学館の独和大辞典(縮刷版がある)がよい。
(3)村上淳一=守矢健一=ハンス・ペーター・マルチュケ『ドイツ法入門』〔改訂第9版〕(2018年、有斐閣)
現在のドイツ法の概要を知るのであれば必携と言える。また、法律用語、国家機関の名称など、単に日本語とドイツ語の対訳に留まらず、意味、概要を知ることもできる。
(4)ベルント・ゲッツェ『独和法律用語辞典』〔第2版〕(2010年、成文堂)
法律用語の場合、通常の独和辞典では不十分な場合が多いので、持っているとよい。用例も豊富である。但し、用語の解説などはほとんどないので、注意を要する。
(5)山田晟『ドイツ法律用語辞典』〔改訂増補版〕(大学書林)
大部にして高価、しかも内容がやや古いが、用語の解説なども充実しているので、図書館などで読んでみるとよい。また、同著者による『ドイツ法概論』全三巻(有斐閣)もあるので、図書館などで読んでみるとよい(おそらく絶版)。
2.初級ドイツ語攻略のために
(1)私の経験から記せば、初級文法を一通り学べば、ドイツ語の法律学の教科書を読むことはできる。
(2)元々、ドイツ語と英語は同じ系統の言葉である。どちらもインド・ヨーロッパ語族のゲルマン語派に属する。そればかりでなく、英語はドイツで生活していたサクソン族がイングランドに移住したことによって生まれたような言葉である(サクソンとは、ドイツのザクセン地方のことである)。ドイツ語が古い構造を比較的よく保っているのに対し、英語はフランス語などの影響を受けて大きく変わってしまった。
従って、ドイツ語と英語には共通する点も多い。勿論、違いもある。比較しながら学ぶと、英語の復習にもなるから一石二鳥である。このコーナーもそれを狙っている(私自身のためでもある)。
(3)前述のように、1冊でよいので、じっくりと時間をかけて参考書を選び、徹底的に読みつぶすこと。最初からあれこれの本に手を出してはならない。
英語の参考書と異なり、ドイツ語などの参考書には堅実な内容のものが多いから、話した、または書いたドイツ語が通じないということはあまりない。
(4)できるだけ、目も耳も口も使うこと。つまり、ただ読んだりするのではなく、ドイツ語の音をよく聞き、その通りに発音すること。カナなどをあてないこと(最近の語学の参考書では単語にカナをあてて発音を示している物も少なくないが、弊害ばかりが多いと思われる。何故、発音記号を添えないのか?)。
NHK第二放送の「まいにちドイツ語」を聞いたりするなど、方法はいくつもある。
(5)手も使うこと。つまり、書くこと。読むだけでは単語を覚えることができない。
(6)ドイツ語は、英語やフランス語に比べれば動詞の変化なども規則的である傾向が強い。単語の発音にしても同様である。その意味では覚えやすい。
3.文の構造
どの言語でも同じであるが、まずは文章の構造を理解する必要がある。ドイツ語の構造は、基本的な部分で英語と同じである。異なる部分も多いが、これは歴史的な理由によるものなので仕方がない。ドイツ語のほうが保守的であり、古い形を残していること、英語は歴史的経緯からフランス語の強い影響を受けて大きく変わったことは知っておいてよい。英語の発音と綴りとの間に極端な不一致が存在するのも、同様の理由による。
〔1〕動詞の見分け方
動詞の位置により、主文か副文かを見分けることができる。この見分けは非常に大事であり、主文と副文(さしあたり、英語の従属節に相当すると考えておけばよい)とを取り違えると意味を捉えられない。幸いなことに、英語などと異なり、ドイツ語の場合は主文と副文とで動詞の位置が異なるので、見分けやすい。
ドイツ語の動詞の位置には、次のような原則がある。
〈1〉平叙文の場合:動詞は2番目(2つ目のかたまり)に位置する。これを定動詞第二位の原則という。英語とほぼ同様である。
Ich arbeite bei Siemens. [私はジーメンス社で働いています。]
この文章は3つのかたまりとして捉えることができる。
Herr Schmidt kommt aus Hamburg. [シュミット氏はハンブルクの出身です。]
Herr Schmidtが一つのかたまりで、これが主語となる。
Ich denke, so bin ich. [我思う、故に我あり。]
デカルトの有名な言葉(ラテン語:Cogito, ergo sum./フランス語:Je pense, donc je suis.)をドイツ語にしてみたもの。この文章は2つの文章をつなげたもので、最初の文章の動詞はdenke、次の文章の動詞はbinである。この文章に登場するsoは接続詞であるが、副詞的な役割を担う。
▲und、oderなどの接続詞は、文のかたまりとしては無視してもよい。そのため、語順に影響を与えない。これに対し、soなど、無視できない接続詞もある。
〈2〉疑問文には二つのタイプがある。
(1) ja(英語のyes)かnein(英語のno)で答えられる疑問文は、動詞を最初に持ってくる。イギリス英語と同様であると言える(アメリカ英語であればdo you 〜という形である)。
Trinken Sie Bier? - Ja, ich trinke Bier. [ビールを飲みますか? ーはい、私はビールを飲みます。]
Trinken Sie Wein? - Nein, ich trinke nicht Wein, sondern Bier. [ワインを飲みますか? ーいえ、私はワインではなく、ビールを飲みます。]
(2)wann(英語のwhen)、wie(英語のhow)、warun(英語のwhy)、wer(英語のwho)などの疑問詞が文頭にある疑問文は、動詞が2番目に位置する。
Wer ist das? [どなたですか?]
Wann gehen wir ins Theater? [いつ、ぼくたちは映画館に行こうか。]
〈3〉副文および不定詞句の場合:動詞は最後に位置する。日本語と同じような語順になるので、我々にはわかりやすいかもしれない。
(1)副文の例 Jeder hat das Recht auf die freie Entfaltung seiner Persönlichkeit, soweit er nicht die Rechte anderer verletzt und nicht gegen die verfassungsmäßige Ordnung oder das Sittengesetz verstößt.(Art. 2 Abs. 1 GG)
「何人も、他者の権利を侵害せず、かつ、憲法に適合する秩序または道徳律に違反しない限りにおいて、自己の人格を自由に発展させる権利を有する。」
〔das freie Enthaltung seiner Persönlichkeitを直訳すると「自己の個性の自由な発展への権利」となる。〕
(2)不定詞句の例 Jeder hat das Recht, seine Meinung in Wort, Schrift und Bild frei zu äußern und zu verbreiten und sich aus allgemein zugänglichen Quellen ungehindert zu unterrichten. (Art. 5 Abs. 1 S. 1 GG)
「何人も、意見を言葉、文書および図画で自由に表明し、広める自由、および、一般的に、接近可能な源泉より、(国家権力などから)妨害されることなく妨げられずに情報を得る権利を有する。」
〔2〕名詞と冠詞
〈1〉ドイツ語の場合、名詞は原則として大文字で書き始める。そのため、見分けることが易しい。
〈2〉ドイツ語の名詞には文法上の性がある。男性名詞、女性名詞、中性名詞のいずれかに分けられるので、単語を覚える場合には定冠詞付きで覚えるとよい。
その際、冠詞の有無に注意すること。また、冠詞の種別、格にも注意すること。
英語の名詞や冠詞には「性別」がないので、ドイツ語に初めて触れる人にとっては難しいかもしれない。しかし、インド・ヨーロッパ語族に属する言語をみると、英語のように文法上の性がない(あるいは放棄した)言葉は、むしろ少数派と言える。例えば、フランス語には男性名詞と女性名詞があるし、オランダ語には通性名詞と中性名詞がある。
〈3〉単数系か複数形か?
ドイツ語の名詞の複数形は、英語に比べるとやや複雑である。辞書には、通常、単数1格の形が見出しとして載せられ、ついで単数2格、複数1格が示される。例えば、英語のhouseに相当するHausは、次のように示される。
Haus (中性名詞)-es / Häuser
〈4〉冠詞
冠詞には定冠詞と不定冠詞がある。
定冠詞:英語のtheと同様に、「この」や「あの」という指示を示す意味合いが強い(元来は指示代名詞であったからである)。
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男性
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女性
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中性
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複数
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1格
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der Vater
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die Frau
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das Haus
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die Häuser
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2格
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des Vaters
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der Frau
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des Hauses
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der Häuser
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3格
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dem Vater
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der Frau
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dem Haus(e)
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den Häusern
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4格
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den Vater
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die Frau
|
das Haus
|
die Häuser
|
不定冠詞:英語のa(an)と同様に、「或る一つの」という意味合いがある。なお、不定冠詞には複数形がないので、不特定の物の複数を示す場合は無冠詞となる。
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男性
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女性
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中性
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1格
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ein Vater
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eine Frau
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ein Haus
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2格
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eines Vaters
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einer Frau
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eines Hauses
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3格
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einem Vater
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einer Frau
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einem Haus(e)
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4格
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einen Vater
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eine Frau
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ein Haus
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〔3〕人称代名詞
英語などと同様に、ドイツ語にも人称代名詞がある。但し、ドイツ語の場合は、名詞および冠詞と同様に格変化がある。
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1格
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2格
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3格
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4格
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1人称単数
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ich
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meiner
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mir
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mich
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1人称複数
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wir
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unser
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uns
|
uns
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2人称(親称)単数
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du
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deiner
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dir
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dich
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2人称(親称)複数
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ihr
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euer
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euch
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euch
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3人称単数(男性)
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er
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seiner
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ihm
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ihn
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3人称単数(女性)
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sie
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ihrer
|
ihr
|
sie
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3人称単数(中性)
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es
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seiner
|
ihm
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es
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3人称複数
|
sie
|
ihrer
|
ihnen
|
sie
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2人称(敬称)
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Sie
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Ihrer
|
Ihnen
|
Sie
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注意すべき点
(1)3人称の場合、erは前出の男性名詞を、sieは前出の女性名詞または複数名詞を、esは前出の中性名詞を受ける。従って、er(seiner, ihm, ihn)は「彼」とは限らないし、sie(ihrer, ihr, sie)は「彼女」とは限らない。
例 Die Würde des Menschen ist unantastbar. Sie zu achten und zu schützen ist Verpflichtung aller staatlichen Gewalt. (Art. 1 Abs. 1 GG)
「人間の尊厳は不可侵である。これを尊重し、保護することは、全ての国家権力の責務である。」
斜体字のsie(文頭にあるのでSie)は下線部のDie Würde des Menschenを指す(Würdeは女性名詞である)。なお、このsieはzu不定詞句の目的語なので4格である。
(2)2人称(敬称)は単数形と複数形が同じであり、頭が大文字である以外は3人称複数と同じ形である。これは歴史的な経緯による。
(3)所有代名詞などと同じ形で紛らわしいものも多いので、注意を要する。
〔4〕動詞の活用 現在形編
〈1〉ドイツ語の動詞は、英語の動詞に比べれば、過去形、過去分詞に関して不規則な変化は少ない。sein動詞を除けば、母音が変化するなどの程度である。
〈2〉ドイツ語の動詞は、主語の人称に応じて語尾が変わる。
動詞の構造:語幹+語尾
例 不定形arbeiten 語幹はarbeit 語尾はen
原則として、不定形の語尾は-enである。但し、発音の関係で-nである場合もある。
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schwimmen
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reden
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heißen
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tun
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wandern
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ich
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schwimme
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Rede
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heiße
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tue
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wand(e)re
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du
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schwimmst
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redest
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heißt
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tust
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wanderst
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er, sie, es
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schwimmt
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redet
|
heißt
|
tut
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wandert
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wir
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schwimmen
|
reden
|
heißen
|
tun
|
wandern
|
ihr
|
schwimmt
|
redet
|
heißt
|
tut
|
wandert
|
sie
|
schwimmen
|
reden
|
heißen
|
tun
|
wandern
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schwimmenに示したのが基本の形。redenなどは、口調のために若干の変化をする。
〔5〕sein動詞の現在人称変化および過去人称変化
英語のbe動詞に相当するのがドイツ語のsein動詞であるが、この動詞が最も不規則な変化をする。最もよく使われる動詞であるためであろう。英語もそうであるが、使用頻度の高い動詞ほど不規則な変化をするという傾向がある(実は日本語も同じようなものである)。
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現在形
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過去形
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Ich
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bin
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war
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du
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bist
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warst
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er, sie, es
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ist
|
war
|
wir
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sind
|
waren
|
ihr
|
seid
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wart
|
sie, Sie
|
sind
|
waren
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過去分詞:gewesen