今、この場所から・・・

いつか素晴らしい世界になって、誰でもが望む旅を楽しめる、そんな世の中になりますように祈りつづけます。

残酷な歳月 1(小説)

2015-12-03 14:05:27 | 小説、残酷な歳月(1話~15話話)

(一)
人は生きている限り時間と言う、眼に見えない存在が人間を支配して、喜びや感動、そして苦しめもする、それは人間がこの世に誕生して心を持ち、文明による発展と感情を支配された瞬間だ!
科学、文明、人間、思想、そのすべてにおいて争う事が私はこの愚かさが信じられない悲しみに思える!
ごく普通の人々が、突然の耐え難い悲劇にあいながらも、声を出せずに泣き、涙を流し、この生きる世界でどれだけの人が苦しみ、悲しめば、神は、残酷な時間を止めて、悲しみの涙を、喜びの笑顔に変えてくれるのでしょうか!
過ぎて行った時間や歳月を取り戻す事は出来ない!
神が定めた運命なのだろうか、今、はじまろうとしている出会いを、ひとり、いや、ふたりの男がたどる、どうする事も出来ない運命、『残酷な歳月』

(夏の終りに始まる運命)
真夏の空気とは何処か違う透明感と少しだけ冷えた感じでジュノの頬をなでる風が不思議にさえ思えてくる。

夏の終り、北アルプス穂高の登山道は、お盆が過ぎて二十日にもなると、気の早い、ナナカマドがちらほらと微かだが色付き始めて、足早にやってくる、秋の気配を感じて、なんとなく、気だるかった気分がいつの間にか、ふたりは久しぶりに歩く、山の匂いに酔い、特に山の大好きな、加奈子は大きく手を広げては、爽やかな空気を胸一杯吸い込んで楽しんでいた。

「梅雨明け十日」と言う言葉がある!」

夏山の登山の最盛期には、北アルプスでも、いちばんの人気のコースである、涸沢カールをメインに夜明け前から、人があふれるほどの賑わいが、今はまるで嘘のように、登山者もまばらで、穂高のメインコースの登山道であっても、出会う人も少なく、滝谷のドームを登っているのは、ジュノと加奈子のワンパーティだけのようだ。

「オーケー、ジュノ、オーケーよ!」

弾む加奈子の声が冷たい風にさえぎられながらも、途切れがちにわずかに聞えて来る。
登山シーズンをずれた、今の時期は、晴天率がかなり低い中で、幸運にも、昨日と今日は、まるでジュノと加奈子の心を現しているような、雲ひとつない、透き通るような、青い空は、よりふたりの絆を深くして、ふたりを祝福するか、のように、文句なしのクライミング日和だ。

ジュノは岩に触れ、一歩踏み出そうとした瞬間、不意に体のエネルギーが抜けてしまいそうに、昨夜、加奈子との愛し合った、あの時の喜びの感覚が、ジュノの体じゅうを一瞬のうちに、駆け巡って、言葉に出来ないような幸福感と気だるさが共存した。
不思議さが伝わって来たような、強く、熱く、なにかが走った。

加奈子との愛を交わすとき、ジュノは、加奈子という人間の本質が、わからなくなる。
時には加奈子の体全体からかもし出される、官能的過ぎるほどの魅力は私をまるで別人のように狂わせて、酔わせてくれる。

だが、日常の加奈子は、知的で、美しさを控えめな気品を漂わせて、非の打ち所もなく、女性としての内面の奥深さを感じさせる。

時として、加奈子の発する言葉は音楽のような響きに似ていた。
今、加奈子は大好きな岩に触れられる事と、愛するジュノが一緒だから、声がうわずってしまうほどの嬉しさで、心が弾むようで、上機嫌だ。

ふたりはアメリカの大学の時からの恋人同士、加奈子は今もアメリカで暮らしている。
才能がある、知識豊かで、いわいる、出来る弁護士として、人気がある、信頼されて弁護士をしている。
ジュノは日本の大学病院で外科医をしているが。
「非常勤で心療内科医を、ヒマラヤ杉医院で診療もしている」

お互い、とにかく、いそがしいから、やっと、一年に一度、ふたりが逢う為に、おたがいの努力をして、逢う時間をつくっていた。

そんな時、いつもお互いの甘えから、ちょっとした喧嘩にもなったりするが、それは、少しだけ趣味の違いがある事から起きる、じゃれあう言葉遊びのようなものだった。

ジュノはどちらかと言えば、暖かい場所、南の小さな島、あまり、人のいない、海岸のきれいな海が大好きだった。

そこで、スキューバーダイビングや、海のスポーツをして遊びたい!
「誰にも邪魔されたくない、加奈子と過ごす時間が大事だった。」

山よりも海が好きになった事は、ジュノ自身も気づかない心の苦しみが無意識の内にジュノの中でつくられて行った、精神構造なのかもしれない!
だが、「加奈子は、とにかく、山が大好きだった」
特に、ロッククライミングが、何より大好きだった。

子供の頃に、両親の仕事の都合で、アメリカで生まれ育った加奈子は両親が登山やロッククライミングが好きな事もあり、ヨセミテやアリゾナなどで、クライミングを楽しんで成長した事で、加奈子はとにかく岩に触れる事が大好きなのだった。

だが、加奈子はアメリカでの教育を受けた女性ではあるが、
『心からジュノを愛している加奈子は!』

最後はいつも、ジュノの希望する海のリゾート地を選び、快く決めては宿などの手配も、手早く済ませては、ジュノをいつも驚かせている。
ジュノは加奈子のそんな姿に深い愛を感じて、嬉しかった。

だが、今回の休暇はジュノが加奈子に内緒で決めて、加奈子が日本に着いた時、穂高へ加奈子を案内する事と、しかも、加奈子の憧れである、滝谷を登る事を伝えた時の加奈子の喜びようは、ジュノの想像をはるかに超えていた事が、ジュノは改めて、今までの加奈子のジュノへの愛情の深さを思い、その夜はジュノと加奈子の特別な夜にする為に、密かに予約を入れていた。

上高地の帝国ホテルのスイートの部屋の静けさは少し、ベストシーズンを過ぎていた事もあり、ふたりを包み込んでしまうほどの静寂の時を保ち、お互いの鼓動を確かめられるほど、心がひとつになって、深く、深く、愛し合った。

そして今、ふたりは、お互いを信じあえる、最高のパートナーとして、
「穂高の滝谷ドームの岩に触れている。」

同じ頃、穂高、北尾根を挟んだ、岳沢に、一人の老人がじっと目を凝らして、吊尾根をみつめて、深いため息をつき、涙を流しながら、長い時間その場所を離れずにいた。
「そして、心の中で、叫ぶ!」
「友よ、君はまだ、僕を許してはくれないのだろうか?」

痛み続けるこの心と体に、今、岳沢を包む闇が足早に、もう何時間ここにいたのだろう、あの、忌まわしい、一瞬の出来事がまるで、幻だったかのように、静かに闇が迫って来た。
あの場所で、ふたりの変わり果てた姿は、今はないが、あの時抱き上げた、あの子の微かなぬくもりが、今もこの私の手に残っている。
あの忌まわしい事故から、
『二十六年の歳月が過ぎてしまった。』

黒い闇が迫る、吊尾根を見上げながら、大杉は深い、ため息とも、うめき声とも区別がつかない、苦しみからの、のたうつような言葉を搾り出すような声で、まるで独り言のように、又、友に語りかけるように、親友だった
『蒔枝伸一郎』に語りかけた。

「もう、これ以上、あの日、あの時を」
「この胸の中に閉じ込めてはおけない!」

避けようのない、後悔を持ち続けて来た歳月、君の大切な家族をさがし続けていても、もう、私には、あまりにも、苦しくて、辛すぎて、自分を責め続けては、生きて行く力もなく、この私に残された力と時間のすべてをかけて、君の大切な家族へ、本当の事をつたえる時がきたのだと思う。
「君の美しき魂の力を!」
「真実が伝わるように、僕を手助けをしてくれるね!」
君の愛する家族へ、君の美しき清らかなる魂が、きっと、私を導いてくれる事を願っているよ。

残酷な歳月は
人を狂わせて心を壊しても
運命が導く魂の叫び
山のこだまが私に伝える
もう、すぐそこに
愛する人がいると
あの日美しき人は感じて
一歩近づく
貴方の呼ぶ声を
聴いたのだろうか

「もう、許してくれるだろうか、君の大切な家族は!」
「イ・ジュノ」三十六歳、韓国国籍である、日本人、職業、外科医、そして、心療内科医でもある。
東京の有名大学病院で外科医を、池袋の小さな『ヒマラヤ杉医院』
で非常勤で心療内科医をしている。

恋人はアメリカ在住の日本人、津下加奈子三十六歳がいる。
あまりにも、仕事が忙しくて、ソウルに住む、両親にも、もう、二年近く、会っていない、もちろん、電話などでは、お互い、近況報告のように、連絡はしているのだが・・・









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