“結婚の障害は資金不足”4割超 独身の男女の9割近くが結婚したいと考えている一方で、資金不足など経済的な理由で結婚に踏み切れない人が4割を超えていることが、国の研究所の調査で明らかになりました。 国立社会保障・人口問題研究所では結婚に関する意識調査を5年ごとに行っていて、去年6月に全国の18歳から34歳までの独身の男女およそ7000人から回答を得ました。それによりますと、▽「結婚したい」と考えている人は、男性が86%、女性が89%といずれも9割近くが結婚を望んでいました。このうち、▽1年以内に結婚してもよいと考えている男性の割合を就業状況別に見ますと、正社員は57%だったのに対し、非正規で働いている人は34%と、雇用状態が不安定な人ほど結婚の意欲が少ない状況がうかがえます。また、▽結婚の障害について聞いたところ、男女ともに「結婚資金が足りない」ことを理由に挙げた人が最も多く、男性は44%、女性は42%と、いずれも10年前より4ポイント増加してこれまでで最も多くなりました。(以下略) (NHKニュース・11月27日 11時14分) |
「なるほど」といった感じのニュースだが、なるほどと思うのはわたしだからで、もっと年配の人が上の記事を読んだら首を傾げるかもしれない、ということを指摘してみたい。
題名の字句は昔わたしが「なんで結婚しないんだ」と問われて「そんなカネないし」に続けて言った文句である。ひとりでかつかつ生きて行ける年収がたとえば300万くらいだったとすると(当時は「そのくらいあればなんとか」と思う程度にわたしは若かった)、結婚したらその3倍、ざっと1000万はいるだろうな、と直観的にそう思えたからそう言ったわけである。
言った相手は親ではないが年長者で既婚者だった。言ったらしばし呆然とされてしまった。うーんさすがに3倍は極端かな、第一年収1000万とかたいてい無理だぞ、と思っていたらそれどころではなくて「お前の考えはおかしい。普通は逆でなければならない」と言われたのである。「ひとりが300万で食って行けるのなら、ふたりでも食って行ける」普通はそう考えるのだ、と言われた。
そんなバカな。そのりくつはおかしい。「かつかつ生きて行ける」とは文字通りの意味なのだから、どんなに小さく見積もってもふたりなら倍、常識的に考えて、ふたりの人間が同居していればその関係の維持費用としてもうひとり分くらいのカネはいるはずである。それがわたしの算定根拠なのである。これはまあそのふたりが「完全に赤の他人」だった場合の、つまり最も悲観的な見積もりではある。逆に言えば夫婦がふたりで暮らしていて、ふたりの年収が合わせて1000万に満たない、にもかかわらず夫婦の間が円満に維持されているとすれば、足りない分はつまりそれが「愛情」で補われている分なのだ、という解釈になるわけである。
年収300万で夫婦が暮らして行けるのか。人間はほとんど無限に妥協することができるという意味で意志を持つ存在である。だから絶対に無理ということはないだろう。そうは言っても700万円分の「愛情」である。それはそれは想像を絶するような精神的圧力を、というか、そう言ってよければ「文学的要素」を生み出さずにはいないはずである。
上の記事の調査結果は、今のワカモノはわたしと同じかひょっとするとそれ以上にその「文学的要素」の発生を恐れていることを示しているわけである。わたしならそれをつまり「鋭利な刃物で」とか「背後から鈍器で」といった字句に変換するわけだが(笑)、ワカモノはまた違うかもしれない。彼らは内心で何と変換しているのだろうか。
one, one too many
schizophrenic tendencies
keeps it complicated
keeps it agggravated
and full of this hopelessness
what a perfect mess...
彼女はようするに綴じ蓋
彼はそのとおり破れ鍋
どうあろうと共にする運命
以上三項で完璧なふたり
男は言うこととやることが違う
女は昨日と今日で言うことが違う
互いに絶望している狐と狸
みっつ揃った完璧なふたり
ひとつ、余計なことがひとつ
分裂的な傾向というやつが
すべてをいちいちややこしくする
すべてをいちいち悩ましくする
すべてはまったく救いようがない
ああ、なんという完璧な混乱・・・
・・・気まぐれに訳してみたが、1984年の当時この曲に「おもろい夫婦」という邦題がつかなくて本当によかった(笑)と胸をなでおろした。
あと、今まで考えてみたこともなかったが、この歌の本歌は実はGGFの「Newly Weds(邦題は「新婚さん」)」だったりするのかもしれない。