瓢簞舟の「ちょっと頭に浮かぶ」

こちらでは小説をhttps://kakuyomu.jp/works/16816700427846884378

花は根に 鳥は古巣に

2019-05-11 20:21:18 | 随想
自分ってぇもんが何も無いところから生じたはずもなく、出どころがあるのがあたり前。ま、自分に限らず、すべてのものがそうですけどね。

自分に関していえば直近の出どころは両親になるわけですが、その両親の出どころはそのまた両親。って遡ればそもそも人類の起源はってぇ話になる。
で、人類にいたる生命の起源はってぇ話になり、生命を生んだ地球、地球のある太陽系、で太陽系のある天の川銀河ってぇ具合に遡ることになる。とどのつまりが宇宙の起源で、そこからみんな始まった。

よう分からんけど、何が存在した。その存在から始まった。私たちの大もとはその存在。私たちは個々のようでいて、その実、大もとである存在に還元されることを考えれば個々ではない。個であり全である。

個々の表現はさまざまですが、表現されていることがすべてではありません。表現されていないことも内包しています。私たちは全でもあるのですから。すべて内に、有る。
私たちは違うようでいて同じ。個々で要素の配分が少々違うくらいなもんです。

私はあなた、あなたは私。
私の内にあなたがいるし、あなたの内に私がいる。
私は遍在し、あなたも遍在する。
私たちは遍(あまね)く存在します。

遍く存在する。そのような存在のことを何というのか。愛です。
私たちは愛という存在なのです。




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