じいたんばあたん観察記

祖父母の介護を引き受けて気がつけば四年近くになる、30代女性の随筆。
「病も老いも介護も、幸福と両立する」

代償

2005-07-27 04:49:33 | 禁無断転載
今まさに人生の終焉に向かいつつある彼らを、
観察し続ける立場にある、
その、わが身の光栄を思うとき

見合うだけの代償を差し出さなければならないのは、自明の理だ。
そう思う。


死神が、いつ彼らを刈り取るか
そんな
彼らの、一秒一秒の生を維持する援けを
みずから望んで、引き受けた自分を振り返るとき、

真剣に酔狂をやるのだから、
痛みくらいで済まないのは当たり前だ。
そう思う。


畏れおののくわが身を自覚しながら、夜明け前に祈る。


かみさま
何処にいるのか分からない、かみさま、

どうか、わたしに
無私の心を

ただ愛することのよろこびを
ありのままに君を映す瞳を
見えないラブレターをつづり続ける勇気を

どうか、わたしに
お与えください

どうか、わたしに
お恵みください


**************


午後11時、祖父母宅の外へ出たら
私の希望に反して
外は無風、雨もなく
自転車を漕いで自宅へと向かいました。

曇天の夜空を仰ぎ見て、思ったことを、書き残しておきます。

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4 コメント

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すべてが。 (ひめ)
2005-07-27 23:53:12
終焉という名のはじまりの準備だと思うの。

基本的には年功序列…

のこして逝く方も

のこされる方も、

日々の中で感じたり思ったりするコトは

すべてが「試練」で「ご褒美」なのかもしれないね



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めぐりめぐる。 (ちーたろ)
2005-07-28 02:31:29
先日私の祖母の葬儀のときにとある親戚の方が

「お葬式に子供の声がするのって、いいことよね。

命がめぐってる感じがして。」

と言っていました。

少しずつ赤ん坊のようになっていく大じじと、

にこにこ成長する子供たちを見ていると、

「ああ、こうやって命はめぐるんだな。」と思います。



上でひめさんがおっしゃっている

>終焉という名のはじまりの準備

最近とても実感しています。



私たちははじまりの準備をほんの少し

お手伝いしているのかもしれません。





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すべてが。 (介護人たま)
2005-07-28 16:03:53
>ひめ

ばあたんが、今ほど症状がひどくなる前(2ヶ月くらい前)まで、

時々、私に言うことがあった言葉を思い出しました。

「”Man is Mortal ”(人は死ぬ存在である)だからね」

上手く返事できんけど、

感じ取ってくれたこと、コメントしてくれたこと。

ありがとう。







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子供の声 (介護人たま)
2005-07-28 16:07:55
>ちーたろさん

その、親戚の方の感性、素敵ですね。



人を看取るということ。

人を養育するということ。

背反するかに見えるこの二つのことには

大切な、共通項がありますよね。

すなわち、無償の愛を注ぐということ。



ほんの少しのお手伝いの作業、

いとおしみながら、していきたいですね。

コメントありがとうございます。
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