じいたんばあたん観察記

祖父母の介護を引き受けて気がつけば四年近くになる、30代女性の随筆。
「病も老いも介護も、幸福と両立する」

逃げて、逃げて。その先にあったのは。

2006-07-17 00:51:12 | 介護の周辺
「お前さんは召使だ」と言われた、その翌朝。

祖父宅に行く前に、じいたんに電話を入れた。
こんな気持ちのままで、じいたんの前に登場することはできない
ましてや、今日の祖父宅の準備を晴れやかに行うことは難しい
そう強く思ったからだ。

曇りをきれいになくしておきたかったから、思い切って電話を入れた。

電話に出るなり
「やあ、お前さん。もう来てくれるのかい?」
と声を掛けてくれるじいたんに

「じいたん、あのね。
 昨日、書斎でじいたんがわたしに言ったこと、覚えているかな。
 あの言葉は辛かったよ、本当に辛かったよ」
と切り出した。

どんな反応をするだろうか、内心心配だったけれど
とにかく、素直に感じたことを、落ち着いて話そうと腹をくくった。
ここを率直にクリアできなければ、介護者としての明日はもうない
そんな気がしたからだ。


わたしは昨日、祖父から言われたことを淡々と話した。

「きっと本音じゃないってわたし、信じているけれども
 じいたんに直接、ちゃんと否定してもらいたいんだ。
 でないと、辛いの…」

最後のほうは、言いながら涙声になってしまった。

じいたんは、とても驚いた様子で
でも、朝だったということもあって気持ちが落ち着いていたのか
一所懸命に答えてくれた。

「たま、それは可愛そうなことをおじいさん、言ってしまったね。
 済まなかった、本当に失礼なことを言って済まなかった。

 おじいさんは夕べね、疲れていたようで、
 昨夜の書斎での話し、細かいところはよく覚えていないんだよ。

 けれども、いつも気丈なお前さんを、こんなに泣かせてしまって
 お前さんが心から悲しがっていること、おじいさん、感じるんだよ。
 かわいそうに、本当に済まないことをしたね。」

と、わたしが幼かった頃のじいたんのように、優しく詫びてくれた。

怒りと悲しみでいっぱいだった気持ちが、
まるで何事もなかったかのようにすうっと落ち着いていくのを感じた。

そして何より、じいたんが
会話の内容を覚えていないというのにも係わらず、
わたしの言い分に耳を傾けてくれたこと。

そのことに対する感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。

だいじょうぶ。水に流せる。

わたしは、今のじいたんが好きなんだ。
和製ドンキホーテでもなんでもいい。
長く過ごしていれば、許しがたい発言のひとつやふたつも出る。
それでも今の、このままのじいたんが好きなんだもの。
それが全てだから。


電話を切ってすぐにじい宅へ行き、
伯母と従妹とその赤ちゃんを迎える支度をした。
簡単な掃除やタオルケットなどの準備、
果物を冷やしておくなど、
用事はすいすい片付いていった。

そうやって、気持ちを切り替えられたつもりでいた。
彼らに会えるのは私だって楽しみなのだ。
そのはずだった。



だが。
彼らが来てから一時間ほどお相手したものの、
団欒のなかで、不意に昨日の祖父の言葉が何度もよみがえり
たまらない孤独感に身が削られる思いをする。

痛い。痛い。痛い。
こころが削れてしまう。

叔母たちへの嫉妬なのか、それとも
己を召使のように感じる気持ちからなのか。

結局、わたしは逃げ出してしまった。
「昨日急に、就職の面接が入ったの」と嘘をついて。
(まるっきりの嘘ではなかったが、翌日でも構わなかったのだ。
 採用説明会みたいなものだったから…)


一睡もしていない頭でいつ失言するか、とずっと緊張しっぱなしだった。

それに、彼ら―じいたんも含めて―の不用意な言葉
(決してそこには悪気はないのだけど、
 だからこそ聞く側が傷つく、そんな言葉だって、存在する。)
を聞いたら、今日のわたしは脆く崩れて思考停止してしまいかねない。
そう直感した。


心をこめて、義務は果たした。
これ以上ここにいる必要はないだろう。
なにより、今日のこの団欒を楽しみにしていたじいの気持ちを思えば
それを壊してしまうようなリスクは全部取り除きたい。

ならば。

逃げよう。逃げてやる。わたしは道化でもなければ修行者でもない。
ただの人間だ。

みんなに辞去のあいさつをして、
笑顔を向けたまま、祖父宅のドアを閉めた。



廊下に出て、エレベーターに乗った途端。
顔の左半分がぴくぴくしだした。

ばしばし叩いた。つねった。引っ張った。
でも止まらない。
そして喉をぎゅうっと詰められたような感触。

わたしは、フロントの人目を避けるようにして、裏出口から外へ飛び出した。


「家に着いたら履歴書を書こう、
 あるいはその足で面接にも顔を出せば建設的だ。
 無理やりもぎとった、わたしの時間なんだから
 有効に使わなければ。」

そう思っていたたのに。


いったん歩きだしたら、止まれなくなってしまった。


逃げて、逃げて、逃げて。
急いで、行かなければ。
どこでもないけれど行かなければならない場所なのよ。


見慣れない木の実を何とはなしに眺めながらふと

「ああ、徘徊する時ってきっと、こんな気持ちなんだろうな」

そんなことを今更、自分自身の身体と心でぼんやりと感じて。
いったい何から逃げているのかわからないまま歩き続けた。

(いつだって「未知なるもの」は、
 人を恐怖のどん底に突き落としかねない、
 不思議な種子を孕んでいるのだ、―そう、ふと思う)


いつも立ち寄る書店を素通りし、
広々とした公園を抜け、
森を迷い、道路を歩いて、橋を渡り、
知らないバス停の名前を確認して

気付いたらとある駅前にいた。


広場のほうからかすかに、ピアノの旋律と歌声が聞こえてくる。

見ると、黒髪の女性がソロで、
電子ピアノを―多分ラピュタのテーマだ―演奏していた。

一心不乱に演奏する彼女の、後ろ姿に目が引き寄せられた。

何人にも触れさせないと無言で告げる、しなやかな背中。
なのにその背中は同時に、ほのかな暖かさを放っている。


と、そこから見えない翼がみるみる伸びて、
ふわりと聴衆を抱き締めたのが見えた。


自分の足が止まったことに、ようやく気付く。
顎に冷たいものがすぅっと滴ってくる。

わたしは、人目もはばからずポロポロと泣いていたのだった。


「かみさまってきっといてはる」
そんなふうに思うのは、こんなとき。


逃げて、逃げて、感情から逃げて、
ただひたすら歩き続けることしかできずにいた。

そんなわたしにさえ、天は、自然な偶然の中に
こんなに豊かな空耳を織り込んで、さらっと届けて見せてくれる。

そのことに、ただ素直に感謝したいと思った。


祖父宅を出てから二時間がたっていた。