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じいたんばあたん観察記

祖父母の介護を引き受けて気がつけば四年近くになる、30代女性の随筆。
「病も老いも介護も、幸福と両立する」

彼女を囲む光。

2005-12-19 23:43:16 | じいたんばあたん
夕暮れ時になると、

すべての木々に光が灯ります。
ばあたんの過ごす、部屋の外にも。

四時を過ぎると不穏になるばあたんの横で、
子守歌を歌いながら、添い寝をしていました。

やさしい光に護られて、彼女は眠りへとおちていきました。


***********


この日は、主治医とのカンファレンスだった。
わたしは一人で、病院へ。


年末年始、夫婦そろって過ごしたい、じいたん。
それが叶うかどうかの相談を、する。

もちろん、ばあたんの症状と、今後の治療方針(転院も含めて)についても
ご意見を伺う予定で。

費用面その他のやりくりもあるので、その辺の見通しを、
今日のカンファレンスで多少なりともつけるのが、目的だった。


今までの人生でも、同じ役割は何度も経験してきているので、
それほどしんどさは感じない。

ただ、病院へと向かう道すがら見上げた、
あまりに青い空の色。

それが、
「諸行無常」という空耳をわたしに呟く。


*************


カンファレンスの前後、ずっと
ばあたんと、二人きりで過ごした。

彼女がうとうとしていても、手をつないで。


時々、こうやって、
じいたんがデイケアに行っている間
こっそり、ばあたんと過ごす。


ちょっと、いたずらをして笑わせてから、
一緒におやつを食べ、散歩をして、歌をたくさん歌う。
他のおばあさんも混じって、ちょっとした合唱会。


院内では、ゆるやかに時が流れる。

でも、この時間は『いま・ここ』にしかない。

天から、あたしへの、かけがえない恵みなのだ。

あたしの抜け駆け。

2005-12-16 00:25:23 | じいたんばあたん
やっと、じいたんばあたんを探し当て、
そのまま、最上階の休憩室で、無料のコーヒーを頂く。

ほかのご家族も一緒に、会話を楽しんでいたら

ばあたんが「お手洗いに行きたい」というので、
二人で抜け出した。


**************


トイレが分からず、廊下でズロースを下ろそうとする彼女を
なんとかトイレまで歌を歌いながら連れて行き、

(「連れションしましょ」と声をかけると
  ばあたんは、うふふ、と笑った。)

おしものお世話をさせてもらう。

そして、家にいた頃みたいに、
…御髪をとかして、 軽く口紅を差してあげる。
しあわせな、しあわせな時間。


不意に、腕をつかむ力が、強くなる。

ばあたんの目を覗き込むと、

それまで、眠そうでボンヤリしていた彼女の目のなかに
光がともるのが、わかった。





「ばあたん、あたしだよ、心配ないよ」

と声をかけたら、ばあたんは

「だいじょうぶよ、…たまちゃんでしょう?」

確信を持って言葉を返した。


思わず頬ずりして、抱きしめた。

涙が出そうで、喉がつまって、それでも


「ばあたん、ばあたん、愛しているよ。
 わたしにとっては、世界一のばあたんだよ。
 早く帰ってきてな」


やっとの思いで、一か月分の思いを伝える。


  (いつも、わたしには掛けるタイミングがない言葉。
   淋しく感じても、我慢をして当然のこと。
 
   「老夫婦」を介護するというのは、そういうことだ。
   卑屈な意味ではなく、本当に介護者でありたいなら
   これはごく自然な態度となります。ホントに…)
 

すると、ばあたんは


「たまちゃん、うれしいわ。
 おばあちゃんね、いま、…生きてるって気がする…」

と、優しく抱きしめ返してくれた。


ああ、こんなに病が重くても、
言葉が殆ど出なくても

ばあたんと、こころは通じてる。…うれしい。





ほんの、10分足らずの間の出来事。
彼女の記憶は、あっというまに消えてしまったけれど。


それでも、「ばあたんと、あたし」で、抜け駆け。

つかの間の幸福。

じいたんの抜け駆け。

2005-12-15 18:59:57 | じいたんばあたん
毎週木曜日は、じいたんと二人で、ばあたんを見舞う日だ。

ある日の木曜は、ナースステーションに、
クリスマスのしるしが飾られていたので、パチリ。

私が看護師さんと大事な話をしているうちに、
じいたんは、ばあたんを、別のフロアに連れ出してしまったらしい。

一瞬追いかけようかとおもったが、その日は
デートの邪魔はしないで、病室で二人の帰りを待つ。

こんなとき、「孫」のあたしはちょっとだけ、淋しい。


***************


次の週のこと。
やっぱり看護師さんと打ち合わせをしている間に、

じいたんは、わたしのダッフルコートをばあたんに着せて、
二人で、またもや最上階のテラスへと抜け駆け。

いつもならそっとしておくのだけれど、

ばあたんは風邪をひいたばっかり。状態もよくない。


必死で追っかける、その道すがら、
とても清楚な、クリスマスツリーを見つけた。



ツリーの前で、ふたりきり、
静かに交わされた愛を思い、しばし佇む。



冬の朝の散歩。

2005-12-12 09:19:48 | じいたんばあたん
お決まりの早朝覚醒に振り回されるのが、
腹立たしくなって、

思い切って、朝から、公園へと散歩にでかけた。

ばあたんと二人、去年の今頃には戯れていた場所へ。


紅葉が、やっと赤く染まった、散歩道。


ふたりでよく散歩した道。

ある日、
子供の頃わたしが、
桜の季節、彼女にそうしてもらったように、

ばあたんを抱き上げて、紅葉に顔を近づけさせた。


「まるで、赤ちゃんのお手手のようね。
 かわいらしいわ、なんてかわいらしいの。」

はしゃいでいた、ばあたんの弾んだ声を思い出す。






「昔ね、こうして、おばあちゃんがね、
 わたしに、桜の花を、見せてくれたのよ」

と、語りかけると
ばあたんは、ぴょん、と私の腕から飛び降りて


「でも、いまは、たまちゃんが、おばあちゃんの、お母ちゃん」

…わたしの胸にぎゅうっと抱きついて、
顔をうずめて、

そして、恥ずかしそうに、微笑んだ。


**************


わたしが 早朝覚醒で苦しかった、午前四時過ぎ
彼女が せん妄でひとり 苦しんでいなかっただろうか


どうか、そんなことはありませんように
どうか、彼女だけは無事で安寧でいてくれますように
どうか、治療が、効いてくれていますように


去年ばあたんを抱き上げた、その木に、

まるでばあたん本人を抱きしめるような気持ちで

くちづける。



追伸:
コメント返信、お待たせしています。
ゆっくり、すこしずつ、させていただきますので、
どうぞ気長に お待ちくださいませ…

林檎に託された想い。

2005-12-06 01:44:08 | じいたんばあたん
めまいと吐き気で伏せりがちなわたしに、
じいたんが、大量にりんごをくれた。

毎年、じいたんが取り寄せる、特別なりんご。
長野で作られる、「蜜入り」のふじりんご。


「一日一個の林檎で医者知らず、というよ、お前さん。
 おじいさんにしてあげられるのは、これくらいしかないけれど
 お前さん、早く良くなっておくれ」


わたしが動けないと察したじいたんは、
わたしの家に出向いて、その林檎を届けてくれようとしたのだ。


祖父母宅から私の家まで、距離はそう遠くない。
徒歩なら15分~20分くらいだ。
ただ、道がすこし複雑で、口で説明するのは難しい。


じいたんは、しっかりしている面も多分にあるのだが、
方向や空間の見当識は、著しく低下している。

じいたんは、タクシーを使ったのだが、
とうとうわたしの家にはたどり着けなかった。



そこで、じいたんは、考えた。


考えたすえ、

わたしの自宅の近くのお弁当屋さんに、
その、手提げ袋ふたつ分の林檎を預けた。

そして、
近所の奥さんと一緒に取りに行くよう、
わたしに電話をくれたのだった。



体調が落ち着いてから、あわてて取りにゆき、
お弁当屋さんに、お礼を言った。

お弁当屋さんは、
「とんでもない、いいんですよ。素敵なおじいさまですね」
と言ってくださった。

三つほどおすそ分けして、食べられもしない弁当を買い、
自宅へ戻った。



帰り道、手に提げていても立ち上ってくる、甘い匂い。
さっそく一つ、切ってみたら、中にはたっぷりの蜜。


子供の頃から変わらぬ味、…じいたんからの贈り物。


もう、92歳なのに、
こんな寒い、寒い季節なのに

風邪を引いて肺炎にでもなったら、
それだけでもう命取り、そんな身体なのに

自分より、わたしの心配をしてくれる、じいたんの気持ち。

そして、まるで種子を護るかのように、
蜜がたっぷり入っている、林檎。



台所に立ったまま、ひとくち、かじった。


…涙が出た。

朝から吉報。

2005-11-22 08:14:20 | じいたんばあたん
今朝はこれから、じいたんと、
やっとインフルエンザの予防接種に行く。

(前回予約していたときは、じいたんは
 約束を忘れて碁会所に行っていたのだ)


なのに私は今朝、寝坊した…orz
じいたんが、確認の電話をくれて目覚めたのだが、

じいたんは開口一発、

「おお、お前さん!
 おじいさんは今、七連勝しているよ。
 おやつを買ってあるから、早くおいで」

わたしは答える。

「じいたん、やっぱりかっこいいじゃん!
 おやつ食べながら、ゆっくり棋譜を見せてね~^^」



…祖父母の住むマンションで
今、囲碁大会が催されているのだ。

祖父は今のところ、負けなしで進んでいるらしい。

実は、昨夜二回電話して、二回聞いた話。
わたしに話したということを、忘れてしまうようだ。


そして、よほどうれしいのだろう。
好きな囲碁を楽しめることが。

じいたんの棋譜は、美しく、潔い。
少しばかり正直すぎるけれども、素人が見てもきれいだ。



記憶が、混濁してもいい。
少々、昼夜が分からなくても、そんなの、いい。


じいたんが、元気な声で、笑顔で
幸せに、満足して、毎日をすごしてくれさえすれば、


ばあたんがいない生活の中でも
笑顔を取り戻し、しっかりご飯を食べ、笑ってくれれば


それで、充分だ。



電話しながら空を眺めたら、

冬の初まり独特の、鮮やかな青空がひろがっていた。

じいたんを送り出す、大冒険へ。

2005-11-10 10:02:47 | じいたんばあたん
今日は、ばあたんの見舞いの日なのだが、


ここのところ体調が良くないわたしは、
明け方からずっと、むかつきがひどくて、吐いている。
ばうが、出勤前までずっと、ついていてくれたけれど
一向によくならない。そして発熱。

バスに往復1時間半も揺られるのは、ちょっと無理…。


(昨夜も、早く床に入ったのに、気持ち悪くて眠れず、
 ブログのコメントレスをしていた。
 多分、新しく処方された薬の副作用か、もしくは
 頚椎からきているのだと思う…)



それで、思い切って
じいたんに、お願いするつもりで朝、電話を入れた。

「明日・明後日、伯父さんが出張のついでに寄るので
 明後日一緒にお見舞い行って」

と。


**************


ところがじいたんは

「じゃあ、おじいさん一人で行ってくるよ」

と言ってきかない。

・・・何度一緒に行っても、少し目を離したら
バスの乗換駅で道を間違える、じいたん。
去年、東京駅まで送っていったときだって、散々だったのだ。



「お願いだから、それはしないで。
 でなければ這ってでもついていくから」

というわたしに、じいたんは、言った。


「おばあさんと約束したんだよ。
 おばあさんは、覚えておいでではないかもしれないが、
 約束したから是非、顔を出したいんだよ。

 それに、お前さんにだって、早く治ってもらわなくちゃね。
 おじいさんもおばあさんも、お前さんが頼りなんだから。

 大丈夫、お前さんの分も、おじいさんは今は健康だから
 道を間違えるのも計算に入れて、のんびり行ってくるよ」



…途中駅でのバスの乗換えが、
わたしが一緒についていても危なっかしい、じいたん。

以前バスの中で私がうっかり熟睡してしまい、
じいたんだけバスを降りてしまったときのこと、
…忘れてしまっているのだろうか。


人に道を尋ねたところで、
祖父が90代だということを配慮して話してくれる人は、まれだ。

そして、じいたん自身、左と右をしばしば間違える。
少し用を足して出てくると、もう方角がわからない…


正直、ものすごく不安である。

かといって、私が道端で具合を悪くしたら、立ち往生だ。


仕方なく

何を着ていくべきか(上着など)厳守することをお願いし、
そして携帯の使い方を何度も復習してもらい、
緊急事態じゃなくても何かあればすぐ電話をするよう頼み、

結局祖父一人で出かけてもらうことにした。



******************



正直、心配で余計、参ってしまいそう。
横になっていてもそわそわしてしまって、
今ブログを書いている。


だけど、その一方で
じいたんが「こうしたい」と強く希望することは、
なるべく、望みどおりにさせてあげたい、そう思うわたしがいる。


彼は尊厳を持った、ひとりの人間なのだ。
そして今は、健康なのだ。

(年齢が年齢だけに、一度体調を崩したら
 あっという間に、せん妄が出るレベルまで弱ってしまうにしても)


もし、何かあったら、必ず連絡をくれると信じて、
じっと帰りを待つことだって、
きっと、わたし=介護者の「務め」だ…と無理やり自分を納得させて。


じいたんの年齢を考えれば、
これが最後の「ひとりの遠出」にならない保証は、
どこにもないのだ。

誰だって、自分ひとりで出来ることは、自分でしたいものだ。
介助を受けるというのは、基本的に快適なことではないのだから。


それに、

もしこれで、じいたんがが無事行き帰りできたら、
彼にとって記念すべき出来事になる。

じいたん一人でそんな遠出をするのは、はたして何年ぶりだろう。


じいたんが、
無事、行って、帰ってきてくれますように…
夕方まで祈るしかない。

そして、自信をつけてくれれば。
そう思う。

うれしい行方不明。

2005-11-01 22:28:01 | じいたんばあたん
先週の、ある、お昼のこと。

今から行くね、と電話をかけたら、じいたんがいない。
トイレかな、と思い何度か掛けたが、出ない。

マンションのフロントに、チェックをお願いしたら
鍵をかけて外出していると教えてくれた。
(住まいの中に人がいるか、確かめられるシステムがついているのだ)

心配になるとじっとしていられない。
めまいを抑えながら、自転車に飛び乗り、駅前へ。

郵便局、本屋、コンビニ、目医者、歯医者、薬局、果物屋、公園…
行きそうなところを探すが、いない。
電話も、もちろん繋がらない。


…どこ行っちゃったんだろう
…あたしが、いつまでも調子が戻らないから、
…気を、遣わせたんじゃないか


ただでさえ落ち込みがちなところで
疲れてしまって、とぼとぼ歩いていたら、
空耳で、ばあたんの言葉が、ふわっと聞こえてきた。

「おじいさんは、囲碁きちがいなんだから」


・・・あ!

もしかして…
マンションの中にある碁会所か!?

急いで祖父母のマンションへ。
ガラスで出来たドア越しに、中をのぞいてみると


…いた。じいたん。


生き生きとした、昔のままの、じいたん。
わたしが横に立っても気づかないであろう位、
集中しているとき独特の、横顔。


ガラスが吐息で白くなる。
涙でだんだん、視界がぼやけてくる。


他の住人やフロントの人に変に思われる。
結っていた髪を下ろし、顔を隠すようにして
マンションの裏口から自宅へ戻った。


**************


帰ってくる頃…夕食後を見計らって、じいたんに
「今から行くよ」と電話を入れた。


じいたんは、うれしそうに話してくれた。

「お前さん、おじいさん久しぶりに、2階の碁会所に行ってな。
 二回対局して、二回とも勝ったんだよ。

 おじいさんは、歳をとって、
 できないことも増えてきたけれど
 囲碁はまだまだ、大丈夫みたいだよ」


うんうん、と笑顔でうなずきながら、わたしは
こころのなかで、呟いた。


囲碁だけじゃないよ、じいたん。

わたしに、いろんなことを、教えてくれるじゃない。
ささやかに見えるけど大切なことを、伝えてくれるじゃない。

生きていてくれるだけで愛おしい
そういう気持ちを 与えてくれるじゃない。

それは、まぎれもなく
じいたんが今、生きているということの、証なんだよ。

じいたんと囲碁とわたし(2)

2005-10-31 11:12:55 | じいたんばあたん
前々から気にはなっていたのだ。


ばあたんが、発病した後でさえ
「囲碁きちがいなんだから」
と、半分冗談で、半分は本気でぼやいてみせる
それくらい
じいたんは囲碁が好きだった。

でも、ばあたんが発病して、
やがて部屋にひとりにしておけなくなってから
じいたんは、碁会所にいくのもやめてしまっていた。

でもわたしは、囲碁を打っているじいたんが、好きだった。
囲碁番組を熱心に見入る横顔も、大好きだった。


だったら、この機会に、
じいたんにしっかりと囲碁を教わろう。

囲碁だったら、じいたんもノリノリで付き合ってくれる。
わたしも、「自分が興味を持てる、新しいこと」にチャレンジできる。

なにより、
これといって役に立たなくても、遠慮なくそばにいられる。

じいたんもわたしも、二人ともハッピーだ!

一念発起して、勉強を始めた。


****************


まずは、じいたんから囲碁の本を借りて読む。
「覚えたいの」というと、じいたんは
とても喜んで、自分の持っている本を貸してくれた。

ルールを知らなくても、
ページを行きつ戻りつ読めば、案外楽しめる。
要するに「陣地を取り合うゲーム」なのだ、と概要確認。

並行して超初心者向けの囲碁サイトで、ごく基本的なルールを覚える。
(これは実は、まだまだ理解しきっていない(笑))

SNSの日記に、そのことを書いたら
抹茶プリンさんが手を差し伸べてくれて、ネット上で対局してくださる。
(もちろん、ハンデを信じられないほどつけてもらって^^;)


その対局の棋譜を、じいたんに見せる。

「ふふん、トンマだねぇ、お前さん」
と一瞥するが、頬がゆるんでいるのが分かる。

「ええ?どの辺が、トンマなの?」
と訊ねると

「ここに打つよりここに打ったほうがいいだろう、
 …とだけ言っておくさ。
 何しろ、四子も置石してもらっているんだからな」
 (↑破格のハンデをつけてもらっている)

わたしが一人、うなって悔しがっていると、

「お前さん、九路盤なんぞじゃなく
 まずは十九路盤で、覚えなきゃならんよ。

 …書斎から碁盤と碁石を持ってきなさい。」


******************


こうして、
夕食後は碁盤を二人で囲む…
そんな時間が、だんだん出来てきた。

最初は十九路盤(正式な囲碁の碁盤)でやろう、と
主張していたじいたんも、

「まず基礎を覚えるなら、
 対局するにはこれで充分かも知れんな」


九路盤(小さい碁盤)で譲歩して相手をしてくれる。

夜が来るのが楽しみになった。

置石を3つしてもらっても、気づいたら自分の陣地がない
…つまり、じいたんに、完全に負けるのだけれど
本気で悔しいし、本気で楽しいのだ。



散歩に誘うのも、なんとなくわざとらしくて遠慮していた私。
「喫茶店に行こうよ、デートしよ」と誘っても、
経済的な概念が違うので、なかなか乗ってくれないじいたん。
(↑こういう面でのギャップを理解して動くことが、
  介護に携わる上で、一番大切で、努力のいることだと思う…)

でも、囲碁のおかげで、
今週の金曜日には、近くの区民センターにある碁会所へ
二人で出かける約束をした。

「おじいさんの対局を、横で実際に見るのも
 お前さんには、いい勉強になるかも知れないな」

ということになったのだ。
じいたんと二人、出かけられるきっかけが出来た。
それも、用事じゃなく、「遊び」だ。


うれしい。すごくうれしい。

ひとつでも、こうやって、前に進めることがある
ささやかだけど、心から感謝できる、そんな、

じいたんとわたしの
あたらしい、たのしみ。

じいたんと囲碁とわたし。

2005-10-30 23:27:43 | じいたんばあたん
幼いころ、ひとつだけ、どうしても
父に仕込んでもらえなかった「遊び」が、ひとつだけある。

それは、囲碁だ。

小学校に上がったばかりのわたしに
「ナポレオン」というトランプのゲームを仕込むほど、
興味を示したことはたいてい教えてくれた父。

学生さんが頻繁に出入りする環境だったこともあり、
ゲームは何でも…それこそ
花札も将棋も麻雀も(麻雀だけはよく覚えていない)
ねだれば教えてもらえ、たまには相手もしてもらえたのだが
何故か囲碁だけは、絶対に教えてくれなかった。

じいたんと父が、会うたび徹夜で囲碁を打っては
二人で盛り上がっている様子が
子供心に、うらやましくてならなかった。
ルールがわからないのが、悔しかった。


*************


じいたんの体調は今、絶好調に近い。
だから、介護というほどのことは、肉体的には必要がない。

もちろん、
場所・時間・空間の見当識や
たくさんの情報を総合して判断を下す能力には
低下が見られるので、
遠くへの外出…例えば、ばあたんの見舞いなど…は
口実を作って付き添うようにしているが、

じいたんが一人で出来そうなことは、
(介護者としては、危ないと思っても)
多少のことでは手を出さないようにしている。

ちょっとぐうたらすぎなんじゃないか、と
自分で思うくらい…
(一応、医師から「休め」とお墨付きをもらっているので
 だいじょうぶかな、とびくびくしながらなのであるが)

タオルの一本さえ、
じいたんの好きなように管理してもらう。


ただ、そうなってくると
…正直なところ、じいたんの家にいる時間をもてあます
そんな側面が出てきてしまう。

じいたんは、気が向かないと、おしゃべりはしない人だ。
だから、わたしは「話し相手」としてすら機能しない。

側にいてくれればそれで満足な人なのだと
わかっていても、

じいたんは書斎にこもりきり
わたしは多少の家事が終われば読書かPC
(正直なところ、体調がなかなか良くならない)

じいたんが書斎から出てきたところで、
いま、介護以外の悩みもいくつか持っているわたしは
話題にさえ自信が持てない。
自分の口が、ヘンなことを言わないか、怖い。
いい介護者じゃない。


「役立たずな自分」に、自己嫌悪が募る。


かといって、わたしが暗い顔をして
じいたんに気を遣わせてしまうのでは、
介護者としても家族としても、辛い。
(ただでさえ、体調のことで心配をかけているのだ)

何か「楽しいこと」を一緒にできたほうがいい。
それも、「会話」ではない、「楽しめる共同作業」が。
わたしとじいたん二人きりでも、無理なく楽しく過ごせる
そんな、何かが必要だ。


*****************


そんなふうに焦りを覚えていたある日、
ふと思いついたのが、囲碁を覚えることだった。