あるマーケティングプロデューサー日記
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こんばんは。

世界のインテリジェンスを語る上で、超大国アメリカの諜報機関CIAを立ち上げたアレン・ダレスを抜きにして語ることはできません。

このふてぶてしい顔こそ、いかにも諜報機関のボスって感じでいいですね(笑)。こういう顔の人物じゃないと、国と国との闘いには勝てない気がします。(パイプといいこの雰囲気は日本の宰相吉田茂に通じるものがあります)しかも、こう見えてもちゃんとプリンストン大を出ていたりします。

1950年代から60年代の初頭にかけて、彼の兄ジョン・フォスター・ダレスは国務長官としてアメリカの外交政策を牛耳り、その裏を取り仕切っていたのがCIA長官のアレン・ダレスでした。当時のアイゼンハワー大統領は、ダレス兄弟の繰り人形と言われるほど二人は影響力を持っていたそうです。

まずは、簡単に彼のプロフィールを。

◆アレン・ウェルシュ・ダレス/1893年~1969年 プリンストン大卒。第二次世界大戦中、スイスのベルンで戦略事務局(OSS、CIAの前身)で勤務。OSSのヨーロッパ本部の責任者だった1945年には、日本と終戦工作を行った。戦後ニューヨークで弁護士をしていたが、1950年にW・ベデル・スミス陸軍中将がCIA長官に就任すると、CIA海外作戦部長の地位を得、1951年よりCIA副長官を務めた。1953年、アイゼンハワー政権の発足に伴いCIA長官に就任。CIAが現在の規模にまでなったのは、彼の功績によるところが大きい。

任期中に、イランのモハメッド・モサデグ政権転覆作戦(エイジャックス作戦、1953年 en:Operation Ajax)やグアテマラのアルベネス・グスマン政権転覆作戦(PBSUCCESS作戦、1954年)を指揮し、また国内メディアのコントロールを図るモッキンバード作戦 (en:Operation Mokingbird) を監督した。また、ジュネーヴ協定後の初期段階のヴェトナム介入に関わった。

キューバがフィデル・カストロにより共産化されると、アイゼンハワー政権末期からダレスはピッグズ湾侵攻計画を策定。この計画はケネディ政権に引き継がれ、4月17日に計画は実行されたが、ダレスは実行部隊である亡命キューバ人部隊には米軍の投入を約束し、反対にケネディには米軍の介入なしに作戦を成功できると確約して二枚舌を使ったため、作戦は失敗した。このため1961年11月、ダレスはケネディにより解任された。

1963年11月ケネディが暗殺されると、ウォーレン委員会のメンバーに任命された。ジョンソン政権下では賢人会議のメンバーとなり、アメリカのヴェトナム政策に影響を与えた。1969年にニクソン政権が発足すると、国家安全保障会議のメンバーとなった。
(※フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より抜粋)

アレン・ダレスは、自らが編集した著書『ザ・スーパースパイ/歴史を変えた男たち』の中で、自己経験に裏打ちされた貴重な言葉をいくつも残しています。その一部を紹介したいと思います。

○全てのスパイ物語に共通する不変のものが、一つだけある。核ミサイルの時代にあっても、我々が重大な諜報目標を追求するのに依然として欠かせないもの、古風であるかけがいのない要素―それは、「個人」の能力そのものである。

○科学が進歩したおかげで、情報収集者は今日、これまでにない新しい装置を使うことができる。にもかかわらず、その装置を操作をし、入手した情報を判断するのは、結局のところ人間の能力にかかっている。個人の能力というものは、今日の諜報方程式の中で、依然として決定的な構成要素なのである。

○もし一人の諜報員が、こういった二つの資質、つまり人間としての偉大さと任務達成上の偉大さを合わせ持っているなら、それは理想のスパイだということになる。

○私がマタ・ハリの物語を省いたのは、彼女の動機についても、活動の仕方についても、また歴史に照らし合わせる限り、スパイとしての業績についても、何一つ偉大なものを見出しかねるからである。

○このドキュメントを世に送る私の動機を述べるとすれば、われわれの国民生活に占める諜報活動の真の役割と、その国防に対する貢献について、もっと光を当てたいという願いからにほかならない。

“スーパースパイ”の定義を、その人物性と歴史に与えた影響という業績の両面から評価するあたりは、元CIAの運営管理者として面目躍如といったところでしょうか。

実際にアレン・ダレスの部下として働き、諜報マンとしてのダレスを身近に見てきた元CIA長官ウィリアム・ケーシーによると、ダレスの仕事に対する姿勢はプロフェッショナルそのもので、諜報活動に携わるために生まれてきたような人物だったそうです。

常に部下には最高のパフォーマンスを要求し、同時に自分自身に対しても異常なほど厳しい。しかし、その反面、部下達をこの上なく大切にしていたとのこと。諜報界では往々にしてエージェントをいつでも使い捨てにできる道具として扱う傾向がありますが、ダレスに限っては部下やエージェントを決してそのように扱ったことはなく、ひとりひとりをかけがえのない人間として扱ったそうです。

ケネディは、とんでもない相手にケンカを売ってしまったようです…。その代償がこの上なく高くついたのは、歴史の示す通りです。

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