あるマーケティングプロデューサー日記
ビジネスを通じて出会った人々、新しい世界、成功事例などを日々綴っていきたいと思います。
 



年末放送された『人志松本のぞっとする話』で、ダウンタウンの松本がキム兄と千原ジュニアとカニ食べ放題に行く話がありました。

その話のオチも素晴らしいものでしたが、この時“カニ食べ放題”というキーフレーズに妙に体が反応し、思わずネットで調べてしまいました。

日本人のカニ好きは有名ですが、私もかなりのカニ好きです。

とは言っても、カニは高価な食べ物。焼き肉の食べ放題はあっても、松坂牛の食べ放題はないように、果たしてあるのかどうか不安でしたが、やはりありました!

それが、吉祥寺にある『たらば屋』です。

このお店はかなりマスコミに取り上げられているらしく、WebのTOPページにはその取材歴が掲載されています。

メニュー欄をクリックすると、食べ放題メニューが掲載されています。

この日は、『かに食べ放題&牛肉シャブシャブ食べ放題飲み放題』の6,000円コースを頼みました。しかも、事前にクーポン券をプリントアウトすると、このコースは5%引きになります。

お店は、JR吉祥寺駅南口の真ん前のビルの5階。

新宿から快速で15分ほどで夕方7時に到着し、しばらく席でカニと牛肉が食べ放題、しかも飲み放題も付いて6,000円を切る!という衝撃の余韻に浸っていました。

この日は年末の忘年会の人も多く、団体客で店内はかなり盛り上がっていました。

いよいよ、カニと牛肉を盛った皿が運ばれてきます。机の上にカニ盛りと牛肉盛り、そしてしゃぶしゃぶ用の野菜が置かれた時の風景は圧巻です。

しかし、ここで予想外のルールが!何と、カニと牛肉の場合、両方の皿を完食しないと、おかわりはできないのです。

こちらの作戦としては、カニの皿のおかわりに専念するイメージだっただけに、出鼻をくじかれた格好となりました。カニに2皿目にいくには、牛肉の一皿目を食べ尽くさないといけません。

ただ、今回は牛シャブシャブを頼んだので、牛肉もすいすいと胃の中に吸い込まれていきました。

当然カニと牛肉一皿目は完食し、二皿目へ。結局この日は、カニ2皿完食、牛1,5皿分を満喫してフィニッシュとなりました。

来たカニは全てズワイで、5,000円代でここまで食べれるお店は本当に貴重だと思います。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




サッカークラブ世界一決定戦で、見事バルセロナが優勝しました。

今年6冠を達成した、名将グアルディオラの実像を教えてくれる良い記事を見つけました。

偉業を成し遂げるには、必ずその裏には人並み外れた努力と英知があることを伺わせてくれます。

それにしても最近のWEBの記事は、本当にクオリティが高くなりましたね。


バルサ優勝を支えた知られざる「映像」。
~ぺップが決勝前に施した秘策~

ローマで行われた決勝戦の2日後、バルセロナを中心に発行される新聞の全てに「グラディエーター」の文字が見られた。リドリー・スコットが監督し、ラッセル・クロウが主演した映画のことだ。27日のキックオフ前、グアルディオラはこの作品の一部を使ったビデオを選手に見せ、モチベーションを刺激したという。

なるほど、それで腑に落ちた。

試合前のウォーミングアップがいつもより短かったのはそのせいか。


◆「僕を助けてくれ」──グアルディオラからのメール

実際に映像を編集したカタルーニャ最大のテレビ局"TV3"のサンティ・パドローによると、事の始まりは5月の初めに届いた一通のメール。

「お願いがあるんだ、サンティ。僕のヨーロッパ制覇を助けてくれないか」

驚いたパドローはすぐグアルディオラに会いに行った。すると、次のように言われたそうだ。

「決勝戦のためにチームを焚き付けるビデオが欲しい。好きなように作ってくれて構わないが、ひとつだけ注文がある。選手24人を全員出してくれ」

大変な仕事を頼まれたパドローはグアルディオラの弟ペラに相談したところ、やはりローマを舞台とする「グラディエーター」の使用を勧められた。素材はTV3の同僚の協力でなんとか集まった。だが、ビデオが完成したのは試合の2日前。ギリギリである。


◆選手に感動の涙を流させた映像の内容とは?

それはともかく、このことを知っていたのはグアルディオラに近しい者数人だけだったらしい。

だから、マンチェスター・ユナイテッドの選手が身体を温め続ける中、ロッカールームに戻るよう言われた選手たちはそこに大きなスクリーンが張られているのを見て驚いた。プロジェクターと一緒にバルセロナから持ち込んだものだ。スタッフも、これから何が起こるのか知らなかった。

故障者や出場停止でスタンドに座らざるを得ない者を含むチームの全員が揃ったのを見た監督は、部屋の電気を消した。

スクリーンに映し出されたのは、まず「グラディエーター」のワンシーン。次に体を張って敵のシュートを止めるビクトル・バルデス、ピント、ジョルケラ。そして、ちょうど1年前に手術した膝のリハビリに取り組むミリト。数週間前に負傷しながら、この試合に間に合うようにと必死にトレーニングするイニエスタ、アンリ。ドリブルするフレブ、シウビーニョ。ゴールを決めるグジョンセン、ブスケッツ、アウベス……。

レアル・マドリーに6点決めるシーンが続く。間には映画のシーンが差し挟まれながら……。

BGMは映画のサウンドトラックから、パバロッティが歌うオペラ「トゥーランドット」のアリア「誰も寝てはならぬ」に変わった。歌詞の最後は「夜明けと共にわたしは勝つ、わたしは勝つ」である。

7分10秒が経ち、部屋に灯りがつくと、選手数人が涙を流していた。

パドローは、「選手の心の琴線に触れるものが欲しかった」というグアルディオラの要望に完璧に応えたのだ。もっとも、彼自身は序盤、マンチェスター・ユナイテッドに押し込まれるバルセロナを見て、自分の仕事の効果を疑っていたらしいが。


◆ビジュアルの力を熟知しているグアルディオラ監督

この話を聞いて、そういえばと思い出した。

グアルディオラは以前にもビデオを使って選手のモチベーションを高めたことがある。昨シーズン、バルサBが2部Bへの昇格を懸けてプレイオフを戦っていたときのことだ。

まずは一回戦の数日前。ビデオルームに集まった選手は対戦相手カスティーヨを研究するつもりでいたが、流したのは1998年のワールドカップで優勝したフランス代表を追いかけるドキュメンタリーだった。

二回戦のときはもっと刺激的。60歳になる父親が脳性麻痺で身体に障害を抱える息子と一緒に“アイアンマン”レースに挑むビデオを、今回同様キックオフ前に見せたのだ。

選手の1人は、後にこう語っている。

「目に涙を溜めたままピッチに出たよ。あの父親は息子のためにあんなことまでしている。俺たちに出来ないことがあるかって思いながら」

その日バルサBは昇格を決めた。レフェリーが笛を吹くと同時に前へ出て、対戦相手バルバストロの激しい当たりに怯むことなく攻め続けて。

このときのビデオを編集したのもパドローである。1年後、自分がチャンピオンズリーグ優勝に多少なりとも貢献するなんて、夢にも思わなかっただろう。


世界のトップレベルのマネジメントを、垣間見た気がします。

現場の近い場所にいないと、テレビや新聞だけではなかなか流れない情報ですね。

“スポーツジャーナリズム”をコンセプトとする、Numberならではの記事だと思います。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




最近一気に読んだ本が、この『CIA秘録』の上下巻です。

“噂・伝聞一切なし。機密解除文書5万点を使って書かれた ”というフレーズのこの本は、ニューヨーク・タイムズの記者が、5万点以上の機密解除文書、CIA元長官を含む計300人以上のインタビューを敢行し、書き上げたものです。

昨年度の全米図書賞を受賞したこの本の中には、歴史的な貴重な事実もかなり含まれています。

興味深かった部分を、一部抜粋します。

◆第12章「別のやり方でやった」自民党への秘密献金

占領日本を支配したダグラス・マッカーサー元帥は、CIAをそう草創のころから嫌い、信用していなかった。1947年から50年まで、東京のCIA支局を極力小さく弱体にして、活動の自由も制限していた。元帥には独自のスパイ網があったのだ。広島、長崎に原爆を投下した直後から構築し始めたものだった。CIAはこのスパイ網を、元帥から受け継ぐことになったが、これはいわば毒のもられた遺贈品だった。

マッカーサーを軍事諜報面で補佐していたのはチャールズ・ウィロビー少将だった。ウィロビーの政治的立場は、米陸軍の将官の間では最も右寄りだった。ウィロビーは1945年9月、最初の日本人スパイをリクルートすることで、戦後日本の諜報機関を牛耳ることになった。この日本人スパイは、戦争終結時に参謀本部第二部長で諜報責任者だった有末精三である。

有末精三中将は1945年の夏、戦勝国に提出するための諜報関係資料を秘密裏に集めていた。それが、敗戦後自分自身の身を守ることになると考えていたのだった。多くの高位にある軍人同輩と同じように、戦争犯罪人として起訴される可能性もあった。が、有末はかつての敵の秘密工作員となることを自ら申し出たのである。それはドイツのラインハルト・ゲーレン将軍がたどったのと同じ道だった。ウィロビーの最初の指示は、日本の共産主義者に対する隠密工作を計画し、実施せよというものだった。有末はこれを受けて、参謀次長の河辺虎四郎に協力を求め、河辺は高級指揮官のチーム編成にとりかかった。

1948年、アメリカの政治戦争の生みの親であるジョージ・ケナンは、日本については政治の改革より経済の復興がより重要であり、実際問題としても、実現が容易であると感じていた。ケナンはマッカーサーの政策に対して疑問を呈していた。日本の産業を解体し、解体した機材を戦時賠償のために中国に送る、共産主義者がいまにも中国を制覇しようとしているときに、そうした措置をとることにどういう理屈があるのか、とケナンは問いかけた。ケナンの力によって、アメリカの対日政策は1948年末までには急転換を遂げた。日本の当局者に対する戦争犯罪訴追の脅威と占領の懲罰的な性格は、緩和され始めた。これで、ウィロビー指揮下の日本人スパイにとっては仕事がやりやすくなった。

ウィロビーはその時の冬、暗号名「タケマツ」という正式な計画を発足させた。この計画は、二つの部分に分かれていた。「タケ」は海外の情報収集を目的とするもの、「マツ」は日本国内の共産主義者が対象だった。河辺はウィロビーにおそよ一千万円を要求し、それを手にした。スパイを北朝鮮、満州、サハリン、千島に潜入させること、中国、朝鮮、ロシアの軍事通信を傍受すること、それに中国本土に侵攻して制覇したいという中国国民党の夢を支持し、台湾に日本人の有志を送り込むこと、などを約束した。


この他にもケネディ政権の内幕など、生々しい真実が明かされています。

いろんな賞も受賞しているようで、なかなかの力作だと思います。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




元旦の夜は、カニを満喫しました。

カニ鍋をつつきながら、芸能人格付け企画の番組で大笑いし、その後DVDで『ラスベガスをぶっとばせ』を鑑賞しました。

前日に見た『アメリカを売った男』もFBI職員の実話に基づきかなり面白い作品でしたが、この作品もMITの学生の実体験に基づいているらしく、カジノでのリアリティが最高でした。

やはり事実に基づいている映画は、細部のリアリティが違う感じがしますね。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




2008年は、いろんな意味で激動の時代だったと思います。

特に痛感するのは、今回の世界不況のように、信用の負の連鎖が起こった時の影響です。

あのトヨタが、赤字決算になるとは誰が予想できたでしょうか。

トヨタの場合無借金経営ですから即倒産危機にはなりませんが、アーバンコーポレーションのように過去最高益を出していても倒産するリスクがあるわけです。

今回の危機から学ばなければならないことは非常に多いと思いますが、個人的にはキャッシュフローの重要さを痛感しています。

それは企業も個人も同じで、保有しているだけでも“リスク”があるということです。

2009年は2008年の影響が色濃く出るとは思いますが、“逆境こそ、チャンス”の精神でいい年にしたいと思います。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )



« 前ページ