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元VSやんちゃ隊のスカウターのボログです(笑)

何故という疑問を持つことから始まる楽しさを知ろう(^_^)v
色々とご意見をお待ちしています

※ウルフ・力ブ※

2017-08-28 06:00:00 | さとぴょん

ウルフ・力ブ

ボーイスカウト年代以下の子ども達が活動できるようにベーデンパウェル卿が考えた部門で、日本のカブスカウトのことです。
ペーデンーパウェル卿はスカウト運動が始まった後、ボーイスカウト年代以下の子ども達ためのプログラムを考えました。 そして、英国の文豪ラジャード・キップリングの「ジャングルブック」を基盤として1 9 1 6年に「ウルフカブス・ハンドブック(WolfCubs Handbook)」を執筆し、それが活動の基本となりました。ウルフカブは狼の子という意味です。
日本では、1924 (大正13)年6 月に古田誠一郎氏によって神戸市須磨に最初のウルフ・カブ隊が誕生しました。
そして、ジャングルブックの中に出てくるウルフ(狼) は日本には生存しないので、日本に向いたいろいろな物語が試案されました。太平洋戦争後の昭和26年、日本のカビンダは、ウルフカブス・ハンドブックに倣って日本昔話の「金太郎」を中心とした「足柄山物語」を創作しました。これをカブスカウト活動の中核となる物語としたのです。 

   


※那須野営場と三島通陽※

2017-08-27 06:00:00 | さとぴょん

三島通陽は、1951 (昭和26)年から1965 (昭和40)年の間、ボーイスカウト日本連盟第4代総長を務め、ボーイスカウト日本連盟に那須野営場を寄付された方です。
明治30年1月1日に東京の麻布で生まれ、小さい頃は病弱でしたが、文学が好きで創作活動と国文学を研究し、父のあとを継いで子爵となりました。
23歳のときからボーイスカウト運動を始め「少年団日本連盟」の創立に当たり、副理事長に選任されました。その後、後藤新平総長や二荒理事長の信任を受けて組織確立の陣頭にたち、第2回世界ジャンボリーや第3回国際会議に参加しました。また、タト国文献の翻訳をはじめ指導者用の書籍を編集出版しました。
太平洋戦争後は、ボーイスカウト運動再建のために努力され、52歳の時に戦後初めての日本連盟理事長に就任し、昭和26 年に第4代総長になりました。 また、栃木県西那須野町に所有していた土地家屋(三島家の別荘) を日本連盟に寄付されました。それが私たちが大いに活用している那須野営場です。
この那須野営場は、もともと、那須開墾の人と地元の人たちから尊敬されていた子爵三島通庸(三島通陽の祖父) の思考発想の場所でした。彼は、「開墾の心は土と人の愛情がある結びつきである」「私の開墾事業は善良な人間作りにある」といつも語っていました。
今、その場所でスカウトの育成や幾多の指導者の養成が行われている由緒ある野営場なのです。


※B- Pの日本訪問※

2017-08-26 06:00:00 | さとぴょん

B-Pは日本を訪問しています

アメリカ合衆国での講演の後

1 9 1 2 年4 月2 日夕刻、B- P卿が乗った船は横浜港に着岸

4 月4 日、日光東照宮を訪れ

4 月5 日には東京、高輪の泉岳寺や芝の増上寺を訪れ、満開の桜も見ています。

4 月6 日夜行列車に乗り京都を訪れました。

※知恩院では、おびんずる様のスケッチ画を描いて残しています。

4 月7 日夜神戸港から船で上海へ向かったのです。


B- Pは日本の風景が美しいこと、人々は信仰心が篤いこと、礼儀正しいこと、日本人は極めて美的だ、下駄の音は音楽的だ、と日本についての好印象を日記に書いています


※スカウト野営※

2017-08-23 06:00:00 | さとぴょん

 スカウト野営とは
B-Pの言葉
「スカウトの野営は単なる“楽しい休日”以上のものであって隊長にとっては真のスカウティングを実際にやらせる最良の機会である。スカウト訓練の観点からすれば大規模なキャンプはよろしくない。理想的なスカウトの野営とは班制そのものに沿って運営されるものをいう。各班は別個の単位であり班ごとにサイトを持ち、炊事をし、他に頼らない。」
スカウト野営の特異性
スカウトの野営は他の一般の野営と非常に違っていることを確認しなければならない。
世間普通の野営はレクリエーションを目的とし、野営することそれ自体を目的とする。おもしろくて楽しく、健康的でありさえすればそれでよい。
スカウト野営は、野営そのものが目的ではない。目的はスカウティングすることにある。野営はこの目的を果たすための方法のひとつである。方法のひとつ――とは他にもたくさん方法があるからである。例えば、ハイキング、漕艇、救急法、ゲーム等々。おそらくたくさんある方法の中でいちばん魅力のある方法であろう。
故に世間一般の野営と違わないような考え方でスカウト野営をするならば、それはもうスカウト野営ではなくなってしまう。なぜだろう? それは――
(1)ちかい、おきての実行がその野営の中心の支柱になっていないから。
(2)班制教育がおこなわれていないから。
(3)そなえよつねに、日々の善行が実行されていないから。
(4)進級、技能科目が磨かれないから。
(5)スマートネス(よき秩序)が守られないから。
(6)大自然の教示を受けないから。
(7)観察推理と開拓精神が働かないから。
(8)創意工夫をしないから。ただ、あるがままの状態に安座して安逸を楽しんだり、困苦欠乏に耐えると称して実は横着をし不自由の弁解にしたり。
(9)計画性がないから。(換言すればプロジェクトしないから)
(10)評価(点検と講評)による進歩がないから。
(11)自然愛護をしないから。
(12)感謝の行動を残さないから。
の諸点があげられる。要するに「教育」ではあっても「スカウト教育」でないからである。指導者としては「和敬・清寂」の境地の体得が望まれる。


※自然と環境のためのスカウティングから①※

2017-08-22 06:00:00 | さとぴょん

“自然研究は、神がこの世界をいかに美しく驚異に満ちたものに作り上げ、あなたを楽しませてくれるかを教えてくれる。…この世界をあなたが生まれたときより、少しでも良くして残すようにしよう”
ベーデン・パウエル、世界のスカウトへの最後のメッセージ
“しっかり見つめ、耳を澄ます人たちにとって、森林はすぐに研究室にも、クラブにも、礼拝所にもなる。”
ベーデン・パウエル、ローバーリング・ツウ・サクセス

青少年のプログラム
スカウティングで青少年が「何を」行なうか[活動]
それが「いかに」なされるか[スカウト方法]
それがなされた「理由」[意図]
「総合」である