元VSやんちゃ隊のスカウターのボログです(笑)

何故という疑問を持つことから始まる楽しさを知ろう(^_^)v
色々とご意見をお待ちしています

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※スカウト章ラインデーターUP※

2017-12-24 16:30:54 | みんなの意見

各スカウト章初級から富士章までのラインデーターをPDFファイルでやんちゃ隊の資料庫のチャレンジ資料コーナーなUPしました(^0_0^)
http://scout.o.oo7.jp/scoutraindeta.pdf

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※アドベンチャープラン※

2017-09-13 09:41:58 | みんなの意見

アドベンチャープランの立て方
1.計画
具体的なテーマ(目的)の設定
2.メンバー
原則として二人以上のグループ活動が(バディー)基本
3.準備訓練
パッキング・リックを背負っての歩行訓練、実際にはく靴はきならし観察や調査の報告書の書き方・
使用するコンパクトストーブの扱い方の練習献立に基づいた調理練習・移動キャンプでのサイトの
想定と研究使用するテントの立て方及び使用法の練習・地形図とコンパスの使用法の復習悪天候で
の設営及び歩行や用具の扱い方、等
4.技術と能力
高度な野外技術を要するものが多く、この能力なしにいきなり実行することは、身の危険を招く、
事前の機能訓練や先輩の意見、書物などを通じて知識を得ると共にシミュレーションや模擬体験を
する必要もある
5.準備と資金
フィールドアドベンチャーは、単にキャンプをするのが目的ではなく、少ない人数で移動しながら
キャンプすることが主になってくる、その為資材等は、軽量なおかつ無駄なものは持たないように、
装備に対するチェック表を作っておこう。
費用についてもあらかじめ、計画的に貯金をしながら予算案を作成しよう
6.実施直前のポイント
まずは、計画書の再点検・役割分担のチェックや装備(グループ、個人)の不足はないか
指導を受けた人や家族への公表、提出等
7.健康と安全
困難な状況を乗り切る高度な技術や体力が求められる、健康には十分注意して日頃からのコンディ
ションを整えると共に現地で体調を崩さないように注意しよう。
実行する上で怪我等のなすように事前のKYTのシミュレーションもしておこう
8.自然愛護
自然の保護を忘れない各地の国立公園や国定公園などについても調べておこう
9.計画書の書き方
・この計画について何をしたいのか・他のものやりたいことは何なのか
・全員の要望を聞き、共通項目優先順位の整理
・煮詰まってきた計画を具体化するため、テーマ、目的、参加者、日時、コース、内容、方法、予
算などを項目別に立案する
・チームプロジェクトでも個人のテーマも明確にしておこう
・メンバーの分担を準備段階から実施段階ごとに明確にしておこう
・装備は、グループと個人に分けて表にまとめよう
・時間ごとのスケジュールを立てよう
・予定コースや略図を書き、予定時間、交通手段、移動方法野営地などを明確にしておこう
・献立表をつくり、朝・昼・夜のメニュー、間食、非常食を日別に作り予算も記入しておこう
・事前の準備では、何を、いつまでに、だれが、どのように済ましているか具体的に記入し準備項
目には、基礎技能の訓練、事前調査項目、指導を受けるインストラクター等への依頼連絡事項、下
見の実施等の確認
・安全に対しての予想される障害とその対策の整理をしておくと共にトラブルがおこった場合の連
絡法など検討確認もしておこう

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※スカウト活動と宗教(信仰)※

2017-08-24 06:00:00 | みんなの意見

六波羅蜜

 仏教では、「六波羅蜜(ろくはらみつ)」という六つの修行を説いています。

人間性を高める為の六つの教えです。

  • 「布施(ふせ)」 人を助け世のために尽くすこと
  • 「持戒(じかい)」 人としてやってはいけない事はやらない
  • 「精進(しょうじん)」 一生懸命努力を続けること
  • 「忍辱(にんにく)」 困難に耐えること
  • 「禅定(ぜんじょう)」 心静かに自分を見つめること
  • 「智慧(ちえ)」 原理原則を理解しそれに従うこと

迷い、挫折し、先行きが見えないと思った時、今の自分はどうすれば良いか。

こういう教えが力を貸してくれます。

利他

成功を収めている企業人に必ず共通しているのは、「利他(りた)」の心をいつも内に秘めていることです。
「利他」の心とは、人を思いやる心。自分だけの利益を考えるのではなく、自己犠牲を払ってでも相手に尽くそうという、人間として最も尊く美しい心です。わが社にとってどうすれば利益になるとか、私個人にとって何が良いかということではありません。それは、一つの企業とか個人の利害得失を超えて、もっと広く高く、人間にとって、世の中にとって何が良いことなのかを考える生き方です。

 

慈悲

 仏教には慈悲という愛があります。
慈悲は、神や仏の我々に対する愛、また、昔は親の子供に対する愛をさしました。神や仏は目で見ることができません。これら目に見えないものの大いなる愛を慈悲、または慈愛と呼んでいます。慈悲は与えるばかりで、お返しを求めません。あげっ放しの無償の愛です。目に見えない大いなるものの愛は、慈悲を与えたことで、相手が少しでも苦しみから逃れ、心が癒されればいいと思うばかりなのです。これはボランティアの精神にも通じるもので、ボランティアは奉仕するだけで、その奉仕に対する報酬や賞賛を相手から求めません。

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※ボーイスカウト十話(4)  文明病とキャンピング※

2017-02-24 14:32:00 | みんなの意見

  日本にボーイスカウトができたてのころ、われわれがユニホームを着て道を歩くと、「ジ ャンボリーが通る」という。後藤新平がユニホームで地方に行くと「後藤さんのジャンボ リー姿」と新聞がかく。ジャンボリーとは、もともと、アメリカ・インディアンのことばで祭典のようなもので、 これをパウエル卿が、スカウト運動に使って、いまや世界語になった。 ところで、近ごろは「ジャンボリー・スカウト」という言葉がある。それはジャンボリ ーだけ出て、あとはサヨナラのスカウトで、これは全くけいべつされる語なのだが、それ は子供が悪いのではない。指導者が悪いのである。ジャンボリーはたしかに、子供にとっ て楽しい。またためになるものだが、そこまでくる日常の継続した訓練こそ大切である。 もうひとつ、スカウトというとすぐキャンピンクを連想する。それくらいスカウティン グとキャンピングはつきもので、もっとも重要な訓練のひとつである。しかし、これとて、 これだけがスカウト訓練のすべてではない。 キャンピングなき、スカウティングは考えられない。しかしキャンプへ行くまでの日常 訓練、また終わってからあとの訓練が大切である。 キャンピングはひとつの仕上げといわれる。秋から冬、春夏へと、進級制度を生かした プログラム、いいかえればカリキュラムが基礎となって、ここにキャンピングでその仕上 がりとなり、その間にも心身がみがかれるべきである。 小さい少年のキャンプを定義して「少年を、家庭、学校より隔絶して、大自然の中に、 新しい生活環境を、自らの手で築き上げ、指導者が少年と寝食を共にして、生活指導する」 といったことがあったが、初歩の少年には、そこへゆくまでのプロセスが、指導者にも少 年にもよき勉強であらねばならぬ。それを近頃、キャンプ流行で不用意にと飛び出す人々 をよく見かけるが、ハラハラさせられることだ。心構えなきキャンピングは逆効果となる 場合が多い。 またある友人は「キャンピングとは人間と自然とのコンペティションだ」と定義したが、 おもしろい表現だ。自然が人造りをするとは、日本でも古来、考えられて、修行の大道場 とされた。役行者(えんのぎょうじゃ)などは、それを行ったもっとも偉大な先達だが、 われらは、それを青少年に向いたように楽しさのなかでやろうとするのである。 いまや、人間は世界的に、文明病にかかっている。これに反省を与えるのは、大自然の ふところにはいってみることである。 皮肉作家のジェームス・バリーの戯曲に「アドミラブル・クライトン」というのがある。 これは、文明人が大自然の中に投げ出されたときの姿を、皮肉ったものだ。そのあらすじ は、英国のローム伯爵は、議会でも、世間でも、もてはやされた人物で、人間は平等だと の考えをもった貴族である。 彼には3人のお姫様がいて、長女は学問があるのが自慢の種、2女は美人であるのを鼻 にかけ、3女は素直な娘である。この一家は、忠実で素朴な従者クライトンと口達者なオ ッチョコチョイのアーネストをつれてヨット旅行に出かける。 大暴風雨にあって、船は難破し、無人島にはい上がる。そうなると、貴族も、学問のあ る人も、美人も、ここでは役立たず、クライトンひとりが、立ち働いてみなを生活させる。 木の繊維でナワをない、衣をつくり、家をつくり、魚と獣を獲り、マッチがなくとも木 と木をすりあわせて火をつくる。クライトンの力でみなが生活すると、主従転倒の位置と なり、3人の娘がクライトンに恋するが、彼は3女と結婚しようとしたトタン、英国から 軍艦が助けにきて、みなを本国につれ帰る。 アーネストはクライトンの手柄をとって、すべて自分がやったと宣伝するが、クライト ンは平然として、また元の忠実な従者で過ごす。これには文明病への風刺がある。

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※ローバーリングは電源である※

2017-01-25 12:38:49 | みんなの意見

ローバーリングは電源である 1956年、英国のローバースカウトの制度が改正になったとき、当時の総長ロード・ ロウオーラン氏は、「私はローバーたちが、これに対して忠実な支援をおくってくれるこ と、ならびに、ルールを守って、ローバーリングをして、スカウト精神生産工場たらしめ るだけでなく、スカウティングの全ての部門が、本当の電力をそこから引くことのでき る発電所とするように、このローバーリングを、最善の水準にあげることを望む」と云 った言葉を、特記したい。 次に、B-P、「スカウティングは、組織ではなく運動である」と云った言葉を、これと ならんで、考えたいのである。 この Movement(運動)であるという意味は、たしかに大きなボエンだと思われるので あるが、私にはまだ、確とした意味がわからない。推察の程度でいうならば、スカウテ ィングは、制度や規約や、組織で縛られた窮屈な、発展性のないものではなくて、生 物のように、有機体のように、成長し、発展し組織員以外の人々のあいだにも伸びひ ろがるものだと、いうように解される。見方を変えれば、「運動である」ことの方が「目 的」であって、その目的を達するための「方法」として、「組織」がいるのだ、と説いてい るような気がする。 私は、こういう見かたから、B-Pとロウオーラン氏のいう「発電所」「運動」という二 つの言葉を味わっている。すなわち、スカウティングは、現在、全世界の800万人の 青少年にまで及んでいるが、これで満足すべきではなく、この運動は、1000万人の 人々、さらに、2000万人の若者や、あらゆる人たちに向かっても伸びてゆかねばな らないであろう。数量の上だけでなく、質の面でも、さらに掘り下げられ、層を深め、充 実されねばならない。換言すれば、遠心運動と、末心運動の二つの運動を増大せね ばならない。そういう「運動」だ、と示し、そしてその電源はローバーリングにある、と、 言っているように思うのである。 すなわち、このスカウティングという大運動のメカニズムには、カビングという部分や、 ローバーリングという部分がある。けれども、この、メカニズムにおいて、ローバーリン グこそが、その電源だという解説である。 そこで、もし、ローバースカウトたちが、その使命を怠って、発電しなかったなら、ま た、発電はしても、弱い電力しか出さなかったとしたら、スカウティングという大運動の メカニズムは、充分な活動をすることができずに、お茶をにごすほかないことになる。 英国は、前述のように1956年4月1日、電力強化のため、大英断をもって、ローバ ースカウトの課題を大幅に改正したわけである。 日本のローバーリングは、1960年現在、そのプログラムもきまらず、発芽期にある。 このような制度(進歩制度のような)は、作ろうと思えば、机上のプランで、わけなく作 れる。衆智を集めれば、1カ月で出来る。しかし、それでは、「運動」にならない。これ が、運動から盛りあがったものとするには、ローバースカウト自らの力で、発芽し、育 て、組み立てた制度でなければならない。時日や年月はかかっても、その方が本当で ある。「根」をもつからである。そうでなかったら、「造花」にすぎない。 今夏、第1回のローバームート(青年スカウト大会)が、那須日光にわたって催され た。全国から、大学ローバー(立教、慶応、大谷龍谷、京大、中央大学)や、地域団の ローバーたちが参加した。こんな愉快なものなら毎年集まろう。と皆が云った。最初、 「日連は、ローバーリングに対して定見をもたない」とか「案を出さない」とかいう声も あったが、最後には、「自分の舟は自分で漕ぐべきだ」、「ローバーのことは、ローバー 自身で建設すべきだ」ということがわかって、少しずつ、電力を出してきた。そして、お わりには、すばらしい成果を、おさめたのであった。 私は、ロウオーラン氏の、「電源論」を、みんなに、紹介しておいた。 単位が団でも地区でも県連でも、ローバースカウトの発電力がなかったら、機械はうま く動かないだろうと、思う。 (昭和 35 年 11 月1日 記)

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