★★たそがれジョージの些事彩彩★★

時の過ぎゆくままに忘れ去られていく日々の些事を、気の向くままに記しています。

痛いの、痛いの、飛んでけ~

2021年11月11日 13時10分26秒 | 徒然(つれづれ)
 痛みには程度があるが、それを的確に表す言葉は少ない。
 頭痛や腹痛、腰痛や歯痛などは部位、生理痛や陣痛、神経痛などは現象に伴う痛みで、その痛みの程度は他人には伝わらない。

 心痛や悲痛などは別領域だ。
 強いて言えば、激痛、鈍痛、疼痛などだと、他人にも伝わりやすいか。

 あとはオノマトペか比喩表現だ。
 ガンガン、ズキズキ、ピリピリとか、針で刺されたような、重石を載せられたような、焼け火箸を当てられたような、とかだろう。

 私の痛みは疼痛で、幸いかどうかわからないが、一言で言い表せる。
 手指の骨折の痛みは、昼間はほかのことに気をとられて意識せずに済むが、就寝中は意識がそこに集中して痛むのだ。

 我慢できないような痛みではなく、痺れるような痛みだ。
 それが疼痛で、要はズキズキという痛みだ。

 その不快感で夜中は何度も目が覚める。
 身体の免疫機能が、骨折という非常事態と戦っているのだろう。


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老後も都会生活を

2021年11月11日 12時20分08秒 | 徒然(つれづれ)
 都会に住む人間にとって、老後はこのまま都会に住むか、田舎に引っ越すか、というひとつの選択肢がある。
 ほとんどの人々は、そんなことにこだわらず、よほどのことがない限り、今の居住地を終の棲家とするだろう。

 田舎にこだわりがあり、且つ、経済的に融通が利く人間が、都会から田舎に居を移すのだろう。
 そして、自然とのふれあいや、静かさ、穏やかさ、煩わしい人間関係の無さ、そんなメリットを挙げるだろう。

 ちなみに私は都会永住派だ。
 高校卒業までを、日本でも有数の九州の辺境の田舎で過ごした。

 そんな少年が、テレビや映画で見る都会の風景や風俗に憧れるのは当然の成り行きだ。
 大学進学を機に、田舎を飛び出した私は、以来50年近くを大阪という都会で暮らしている。
 そしてその暮らしに満足している。

 老後を考えると、徒歩圏内にあるスーパーやコンビニ、ファーストフード店、住まいから短時間で繁華街に行ける利便性、何より救急医療の整った都会生活は必須だ。
 何を好きこのんで、老後に不便な田舎生活を送る必要があるのだろう。
 自然の中での人間らしい生活などと言われるが、感受性が乏しくなった老後にこそ、都会の刺激と利便性が必要なのだ。 


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