七人の武蔵 - 7人の作家が7通りの宮本武蔵を描いた短編集

2012年04月21日 | 本 - 宮本武蔵
七人の武蔵 (角川文庫)
磯貝 勝太郎
角川書店


7人の作家が7通りの宮本武蔵を描いた短編集です。

歴史小説は、おなじ歴史上の人物でも本によって描かれ方が違います。それがまた面白いんですよね。その楽しみが1冊で味わえてしまう。なにしろ1冊で7通りの武蔵ですから。視点もいろいろです。武蔵からの視点。敵からの視点。書き手や視点が変わると、印象も変わってきますね。

収録作品はつぎのとおりです。


司馬遼太郎『京の剣客

これは『真説 宮本武蔵』にもおさめられている作品ですね。武蔵の敵である吉岡の視点から描いた小説です。

かつては気が荒く、目覚ましいほどに強く、相手を無残に叩き殺していた吉岡憲法(直綱)。そんな彼も今ではすっかりおだやか。趣味の釣りをしながらのんびり暮らしています。

性格は穏やかになりましたが、強さは健在のようなんです。本気を出せば強い。でもめったに本気を出さない。そのギャップに惹かれます。

吉岡憲法は武蔵と対決します。よく知られている武蔵の小説などでは、武蔵と吉岡一門は3回戦ったことになっています。でもじつは1回きりだったというのです。武蔵は不思議な人ですね。どれが本当の武蔵なのか。いろいろな武蔵がいるから面白いです。


津本陽『宮本武蔵

氏の長編『宮本武蔵 (文春文庫)』とは別の作品です。

宮本武蔵の経歴を駆け足でコンパクトに紹介しているといった印象です。佐々木小次郎との決闘の後は、武蔵の剣術奥儀について詳しく書かれています。『五輪書』ですね。

武蔵は「物事に拍子というものがある」とし、「勝つためには相手の拍子を読み取り、その拍子を外す拍子で打ちかけて」いくことが大事だとしています。ほかにも「構えあって構えなし」や「遠き所を近く見、近き所を遠く見る」など、武蔵の実戦でのノウハウが述べられています。

ぼくが『五輪書』にはじめて触れたのは、もしかするとこの小説だったかもしれません。


山岡荘八『宮本武蔵の女

晩年。頑固モノの武蔵が、一人の女性と出会います。このとき武蔵は60歳前後。女性は30歳過ぎ。女性は「六十二年の武蔵の生涯を飾る花」となります。

女性と武蔵が睦まじい仲になっていく場面は新鮮でした。剣豪の武蔵とは別の武蔵。照れ屋でキュートな武蔵もいいですね。ほのぼの。

でも、ほのぼのしていた分、クライマックスの悲劇的な急展開はショックでした。

宮本武蔵の墓は3つあります。そのうちの一つには、武蔵の戒名にならんで、女性の戒名が「妻女の扱い」で刻まれているそうです。


光瀬龍『人形武蔵

冒頭から惹かれます。「それは武蔵にとって、生涯忘れられない恐ろしい体験だった」

これも異色の武蔵で面白いですね。ホラー仕立てです。こんな武蔵があるとは。


武者小路実篤『宮本武蔵

これもまた独特の武蔵でした。武蔵が友人を相手にこれまでの戦歴を語るという内容です。まず感じたのは、武蔵のしゃべり方がどこか現代風だということ。「トリック」などのカタカナも飛び出します。

武蔵が語る内容も、飾らないざっくばらんなものでした。「俺には、勝てる自信が無かった」「俺はこの人には及ばないと、思った」「だから(中略)試合はしなかった」と。

強そうな人との決闘は避けていたことをぶっちゃけます。そういえば『真説 宮本武蔵』でも、武蔵は相手が自分より強いか弱いかを見極める「見切り」の達人だったことが書かれています。

佐々木小次郎と戦う気になった理由についても、面白かったです。

武蔵は吉岡一門を破った後、数年はちやほやされました。その間、名の知れた人との試合を避けていたため、しだいに武蔵の実力に疑問を持つ人々が増えていきました。それで武蔵は佐々木小次郎と戦う気になったのだそうです。

「あいつこそいい迷惑だった」と武蔵は語ります。こんな武蔵もいいですね。


海音寺潮五郎『宮本造酒之助

武蔵の養子・伊織の視点から、おなじく武蔵の養子である造酒之助の恋と死が描かれています。

言葉のやり取りとは別に、登場人物のあいだで繊細な心のやり取りが交わされます。

幼い伊織が大人の会話の裏にあるものを察知していくのと同時に、読んでいる僕にも真相がわかってきて、結末に近づくたびに不思議なスリルが味わえました。


山本周五郎の『よじょう』。

宮本武蔵の晩年の話です。不義理のために世間から爪はじきにされていた岩太という男がいました。彼は自暴自棄になり、ホームレス生活を始めます。その途端、人々から尊敬されるようになりました。

なぜ尊敬されるのか? 岩太は何が何だかわかりません。でもちゃんと理由があったんです。武蔵そのものの魅力とは別に、物語として面白い小説。はやく先が読みたくてたまらない、最後の最後まで楽しませてくれる素敵なエンターテイメントでした。


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