エルサレムに近い農場、紀元32年、過越の祭りの朝。
暖炉の前に老人シモン(ユダの父)、そこへユダの婚約者レベッカが、ローマの兵士の来襲を告げる。
猟犬を連れ、ユダを捕まえに来た兵士たち。百人隊長と十人隊長は、老人を見下ろすように背が高い。
問いに答えるシモンとレベッカの言葉から、ユダの肖像が浮かぶ。美男で、足が長い。八人の子の長兄、わずかな財産を少しでも弟たちに残すため、自分は陶工に弟子入りした。
エルサレムで「学のある連中」と付き合い出し、ユダは変わった。読み書きを覚え、頭は思想で一杯、ラビのように滔滔(とうとう)としゃべる。いつのまにやら預言者に出会い、家にもふっつり顔を見せなくなった。「福音」を伝えるため、預言者と旅に出る、そう羊飼いに言付けてよこした。
パニョルの戯曲『ユダ』(Marcel Pagnol, Judas)は1955年10月6日Théâtre de Parisで初演。ユダはレーモン・ペルグランRaymond Pellegrin(1925―)が演じた。(写真、主な配役などmarcel-pagnol.comのJudas)
1975年モンテカルロのEd.Pastorellyから出版された『ユダ』には、晩年のパニョルの回顧的序文を付す。
公演の前から偏狭な一部カトリックは、福音書を偽りユダの名誉回復を行なうためパニョルは「ユダヤ人インターナショナル」から巨額の金を受け取ったと、あらぬ噂。原稿に目を通してもらったユダヤ教大祭司le Grand Rabinは、福音書の叙述を忠実に追い過ぎると批判。舞台を見ないうちから反ユダヤ・プロパガンダと決め込む者もいた。
それでも「口コミ」la ?presse parlée?で評判を取り、ある土曜には満員札止めの盛況、電話をもらってパニョルは飛んで行く。舞台裏では有頂天、これは当たる!
二日後、第二幕を終え喝采を浴びて退場したペルグランが突然失神。医師は二週間の安静を命じる。代役として控えていたロジェ・リュデルRoger Rudelが慌てて衣装を着、何とか舞台を勤め上げた。
客の入りはがた落ち、しかしリュデルの演技は日に日に進歩、芝居の慣らしrodageを終えた一座も、見事にこれを支えた。
客数もそこそこに増え、後はペルグランの全快を待つばかり、しかしある晩、芝居の終わり近くで、リュデルは高熱と激しい腹痛に襲われる。また救急車、盲腸炎だった。
もう一人新人俳優を使ってみたが明らかに力不足、急に観客が減り一座は気力を失う、それに演劇人は迷信深い。相次ぐ災難に、誰もがこの芝居は不吉だと感じ出す。
「実際のところ、演劇作品の失敗は、しばしば容認するのが難しい、いつも神秘的な理由をつけて納得するのである」「キリスト教とユダヤ教、両方の信者に断罪され、信仰を持たない者の興味をそそらず、この芝居が成功する道理がなかったのだ」(続く)