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白鳥のブログ - 日々の世界を徒然と

メイドインアビス 烈日の黄金郷 第11話 『価値』 感想: 「価値」とは生きる意志や意味ということなのかな?

2022-09-15 07:35:01 | アビス
烈日のファプタは止まらない…。

という具合で、あっという間に終わってしまった。

とにかく「成れ果て村」の全てを破壊し尽くす苛烈さ。

とはいえ、今回の一番の見せ場は、ベラフをつれてさっそうと現れたナナチ、なんだろうな。

勇者のリコ、戦士のレグに対して、ナナチはやっぱり賢者のポジションだから、ナナチが復活すると、途端にこの先の展開の可能性を読みつつ、事態が進展する、という流れになって面白い。

ベラフが保持していたイルミューイの記憶がファプタに流れ込むことで、ファプタの行動様式が変わっていくし、

それに合わせて、周りの成れ果て村の住人も、自らの身体を供物としてファプタに差し出していく。

といっても、もともとファプタの姉妹を食って成れ果て村の住人がいままで存続してきたことを思えば、イルミューイから預かっていたものをその末っ子であるファプタに返すだけ、というふうにも見えて。

完全に、これ、生態系の中の食物連鎖、物質循環でしかないよね。

となると、すでに一度もとの人間の身体から成れ果ての身体に変わっていることを考えれば、この深界6層においては、魂と身体は分離されうるもので、身体の方は任意に作り変えることができる、ということだよね。

そういう意味では、成れ果て、とは、アビスが用意する一種の生体ロボット身体のようなもの、ってことなんだろうな。

ただし、イルミューイの身体の内部というミクロコスモスでないと、アビスの呪いを免れることはないから、正確には、イルミューイの願いが、人間性を喪失しない成れ果ての存在を可能にしたってことなのかもしれない。

そのイルミューイ内部の小宇宙の生態系の中で各人が担ってきた役割がきっとここでいう「価値」なんだろうな。

広義の交換価値、ってことで。

その交換価値を誰もが担ってきたからこそ、成れ果て村という社会、コロニーが可能になっていた、ということなんだろうな。

そういう意味では、どこまでいってもワズキャンは、この成れ果て村が、最前線のベースキャンプだと思ってたんだろうな。

で、ナナチの推理の通り、リコを使って、成れ果て村の面々を、村を離れても活動が可能になる、ナナチのような成れ果てに変えようと思っていたのだろうな。


ということで、物語も終局。

次回が楽しみ。

けど、これで原作ストックも尽くされるのが悲しい。
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