ブルックリン横丁

ブルックリン在住17年の音楽ライター/歌詞対訳者=渡辺深雪の駄ブログ。 そろそろきちんと再開しますよ。

109:「ウキウキお買い物デー」

2005-03-31 | ブルックリン横丁
久々に張り切って買い物に行ってきました。太陽の日本人補習校の入園式用の服を、というタテマエのもと9割がた自分のモンばっかり買っちゃった。いつものことですが。しかし自分でもビックリするけどヒトの好みというのは変わるもんだね。サイズも変わるけどね。天気も良くて気分も良かったのでパァ~っといっちゃいました。化粧品まで新調しちゃったよ~。うきうき。
34丁目付近にいたので遅ランチはコリアン・タウンでひとりチゲ。海鮮ソントーフ。8ドルのランチなのにキムチやらナムルやらが8皿もついてきた。満足ついでにコリアン・スパでも入ってアカスリしてもらいたかったが気がつけばお迎えの時間だった。それにしてもあれだけウマくて安いコリアン・ランチは病み付きになりそう。実は明日も行っちゃおうかな~と密かに計画中。明日はP・ディディのベイビー・ママでヒップホップ・スタイリングの草分け、ミサ・ヒルトンの取材なり。うまくいけばトニー・タッチもその後さっくり。そしてシメはテゴ・カルデロンのライブなり。途中でピットブルの取材/撮影も挟むことになるかも。これ全部予定通りに進んだら奇跡です。

108:「シブすぎるTegoの爆弾発言」

2005-03-30 | ブルックリン横丁
予定通りレゲトン・シリーズ第2弾=テゴ・カルデロンの取材が無事終了。ダディ・ヤンキーの時と同じく、PR(プエルトリコ)と電話をつなぐ。一般には「レゲトンの父」とか今のブームの先駆け的な存在として認知されている彼だが、インタビューではビックリするような事実の告白が目白押し。実は自分のことをレゲトン・アーティストだとは思ってない/思われたくない、とか、ノリエガにfeatureされたカタチで大ヒットを記録した「Oye Mi Canto」は不本意だった、とか…。本邦初、どころか他国のメディアでも殆ど報じられていないネタが飛び出しまくった、めっちゃ収穫のあるインタビューになりました。私も久々に鼻息荒いっす!!なので今後のbmrのレゲトン特集には要注目ですぜ。次号がノリエガのインタビュー、その次の号でダディ・ヤンキーとテゴ・カルデロンの両巨頭インタビューが掲載される予定よ。そろそろレゲトンが気になるという方にはかなり取っつきやす~い原稿になることが予想されますのでお気軽に読んでミソ。

107:「さくっとアップ。」

2005-03-29 | ブルックリン横丁
なんだかんだと忙しくなってきたのでさっくり近況。まずダディ・ヤンキーの電話インタビューは大成功!
いきなり「コニチワ~」と先制攻撃。すかさず「オラ!コモエスタ!」で切り返してみた。やっぱりこういうベタさがラテン風味(偏見)。インタビューも、ノリエガから教わった聞きかじりのレゲトン知識をさらに補強する充実の内容。レゲトンとはプエルトリコの若者のヒップホップだそう。まあ、都市部のラティーノ人口の増大と台頭を思えばit's about timeな流れと言いますか。とても興味深い、ヒップホップのローカライゼーションを痛感させる話になったので是非是非来月号のbmrをチェケって下さいまし。明日はTego Calderonに取材。これまた硬派な男気レゲトンアーティストということでまた違った角度から迫ってみたいと思います。

そして週末は毎年恒例、イースター(復活祭)のタマゴ拾い。何で復活祭にタマゴを拾うのかという説明は割愛させてくれい。わしゃ今とっても忙しいんだ。さくっとgoogleで「復活祭 タマゴ」とでも入れてみて。ま、とにかくですね、ウチら家族はブルックリン・ブリッジとマンハッタン・ブリッジの間、いわゆるDUMBO地区にある美しい公園で開催されたタマゴ拾いイベントに朝っぱらから行列した訳です。Williamsburg同様、BK有数のオサレ地区(=あくまでもBK地元民主導ではない)であるDUMBOという土地柄、集まるファミリーも「いかにも」なヤッピー系&アート系多し。しかしこのタマゴ拾いのスポンサーの盲点、それはDUMBO近くには結構な数のプロジェクトがあること。去年もそうだったのだが、参加費無料、さらにはぬいぐるみやらクッキーやら、色々なモンがタダで配られるこのイベントをゲトー・キッズが見逃すワケはなく、去年は可愛らしく着飾り、タマゴを入れるためのカゴを下げた可愛らしい(クソ生意気でもある)子供達を押しのけ、既に子供が3人くらいいそうなゲトー・マミー達やその兄弟姉妹イトコにハトコが勢揃いで根こそぎタマゴを持ち帰っていた。なので去年は余裕ぶっこいて会場から2時間後くらいに登場したところ、踏み荒らされた芝生の上にはタマゴのカケラもなく。。てな反省も含めての行列なのよ。さすがに去年のイベントで苦情が出たのか、今年は「タマゴは一人5コまで、親は拾わないように」というトホホな釘刺し通告がメガホン越しに。…とその声の主を見るとそいつはブルックリン市長のマーティー・マーコヴィッツ。実はコイツ、NBAのネッツのホーム・スタジアムとなるアリーナの建設をメインとした、うちから数ブロックのところにあるアトランティック・アヴェニュー沿いの一大開発プロジェクトに率先して青信号を出しているニクい奴なのだ。こんなトコロで地域の皆様と交流している気さくなオレ、みたいなパフォーマンスには騙されねーぞ、と意気込む私。皆がカメラ片手に市長を囲む中、微妙な小声で「マーティー引っ込め」と、うちの近隣住人にはお馴染みのポスターの謳い文句をつぶやく。広報担当と思しきカメラマンはいちいち行列に並ぶファミリーと市長との親しげなショットをカメラに収めていくのであるが、我々ファミリーと友人家族は見事にスキップされた。フン。ビビりやがったな。

行列した甲斐あってタマゴ拾いはソツなく終了。無料で配られた凧を上げる旦那と太陽の、「正しい父と子」ショットを激写。そのうち自分でもやってみたくなってマイ凧ゲット。ハマった。

その後は友人家族と共に近くのレストランでランチ、さらに太陽のホーミー、世界の誕生日を祝う週末でもあったので皆でマンハッタンに出て子供達はIMAX、母親達は映画館近くのタイムワーナーをブラ見。シメはB'wayと51stにあるMARS2112という、火星をテーマにしたいかにもベタなアメリカ的テーマ・レストランへGO。ラスベガスとかフロリダとかにありそうな、メシ食ってると宇宙人の着ぐるみを着たスタッフが各テーブルを回る、というアレである。子供達は大喜び。私もこっそり大喜び。フフフ。結局家に着いたのは23時くらい。たっぷり遊んでたらふく食って太陽は幸せな一日だったようです。

がっ。素晴らしいショット満載だった本日のデジカメ画像、レストランでまたバシバシ撮ってたらいきなり全てのデータが消滅。。これってどういうこと?コンパクトフラッシュのせい?カメラの寿命?2001年頃に10万円以上はたいて買ったNIKONのCoolpix5700なんですが。もう立ち直れない。。。誰かおせーて。てな訳で今回は画像ナシです。ぐすん。

106:「フリーダ・カーロとか」

2005-03-24 | ブルックリン横丁
結局Daddy Yankeeのインタビューは明日の朝まで延期になってもうた。せっかく太陽の学校の遠足(って言ってもアフタースクールのクラスの子供達だけだから少人数だけど)でバスキア展に行くはずだったのを家で待ってたのに。。って私が楽しみにしてどうするよ。学校に迎えに行ったらアート・クラスを教えている25歳のケイトが興奮気味に子供達と行ったバスキア展のことを話してくれた。ブレイクダンスもやっていたという彼女はアートについても音楽についても同じくらいの熱意で語る。子供達にも音楽と絵とをフュージョンさせたペイント・ワークショップをやりたいとか。じゃんじゃんやってくれ。太陽がバスキアの絵を見て「ヒップホップとジャズだ」と言っていたと教えてくれた。先週私が見に行った後にそんな話を家でしたかなぁ、と記憶を辿るがあまり覚えはない。でもバスキアが一番好んで聴いていたというチャーリー・パーカーのCDを引っ張り出してきて聴いてはいたけど。でもヤツに入れ知恵した記憶は無いんだけどなぁ…なんてことをケイトに言いながら、ある絵本のことを思い出した。太陽が誕生日に誰かから貰った、クリス・ラシュカの『Charlie Parker Played Be Bop』という絵本。その話をしたら、是非来週のアート・クラスではチャーリー・パーカーを聴きながらお絵描きさせてみよう、ということに。面白そう。

それにしても私の芸術家一般に対するコンプレックスというか「憧れの眼差し」を自覚する時が最近よくあるんだよね。今日もたまたまチャンネルをあわせたPBS(教育番組系チャンネル)でフリーダ・カーロの自伝をやっていたので思わず見入ってしまった。Overwhelming。思うところは色々あったがここに書いてるとまたエラい長文になりそうなので遠慮しとくが、要するに私が芸術家という存在に憧れるのはその「努力のしようがない」「先天性」なんだな、と。昔からただ勉強が出来るだけのヤツとか、ものすごく頑張ったからどうの、とか、そういうのにはあまり感銘を受けないタチである。やれば誰にでも出来るワケで。そうなりたければ勉強でも何でもやりゃあいいワケで。簡単な話だ。だけど「感受性」とか、努力の及ばないところにこそ価値があるとは思わないか?それを持って生まれた「カリスマ」と解釈しても良いかもしれない。フリーダの絵について、彼女の生徒が回想してこう言っていた。「彼女の絵は決して技巧的ではないが、一度見たら絶対に忘れられない何かがある」と。そうそう、テクニックを凌駕する圧倒的な迫力、気迫、モティヴェーション。そしてそれだけの衝動を彼女にもたらした感受性、さらにはその感受性を培ったであろう生育環境、時代、国民性、両親からの影響…そういうものが複雑に絡み合って産み落とされるのが「天才」なのだな、と。うーむ、やっぱりカリスマとか天才とかいう言葉は濫用しちゃいけないね。

ちなみに今日の写真は去年家族でメキシコに行った時に撮ったもの。壁一面にフリーダとディエゴ・リヴェラの作品が額に入れられて飾ってあった。学校でフリーダのことを覚えてきたばかりの太陽がじぃ~っと見ているのをお母さんは後ろから激写しちゃったよ。

105:「レゲトンを少々」

2005-03-24 | ブルックリン横丁
何かここにきてレゲトン絡みの仕事が集中。次号のbmrでは我らがノリエガakaノリちゃんによるレゲトン講座を執筆。めっちゃオモロい&タメになるので読んでね。彼のインタビューはいつも後味爽快です。あと今週来週とDaddy YankeeとTego Calderonというレゲトン界の新旧両巨頭へのインタビューが控えており。ワシのスペイン語は大工のアミーゴ達(詳しくは過去のログを参照してください)から覚えた程度のモンなのでまったくリリックはわからんちんですが、去年のピットブルやノリちゃん等、ラティーノMC達の熱意に心動かされて以来めっきり芽生えた(日本語ヘンだな)レゲトンへの興味。今もプエルトリコで映画ロケ中のDaddy Yankee(「ガソリーナ」の彼よ)との電話インタビュー待ち。勿論スペイン語が母国語な彼のために事前に英語の質問状をパブリシストへ送っておくように、との指令にも真面目に応えて30問きっちり送りつけたわよ。めちゃめちゃ喋るヒトだったら1時間とかかかっちゃうかな~。それはそれで嬉しい悲鳴ですが。

ていうか最近はHOT97でも2時間レゲトンかかりっぱなし、とかだったりする時もあるしね。物凄いよね。DJって結構ラティーノ人口高いしな。これは一種の組織的陰謀ともいえるがまあイイか。ラジオという存在自体が組織的陰謀だもんな…ブツブツ…。

104:「BK散策:チャイナタウン」

2005-03-23 | ブルックリン横丁
兼ねてから気になっていたブルックリンにあるチャイナタウン。Canal Stみたいに観光客でごった返すことはないのでかなり落ち着いて買い物が出来るという噂。チャイナタウンで落ち着いて買い物がしたいかどうかはさておき、まぁ話の種に行ってみますかね、天気も良いしね、ってことで朝から出かけてみた。ものすごい張り切りようだ。Nトレインの8 Av駅で降りるとそこは紛れもなくチャイナ。空気がすでに中華風。街行くヒトもみな中国人。レペゼン中華街な赤いビニール袋が目印です。駅のある60丁目付近からずーーっと15ブロックくらい、ローストチキンがフツーにぶら下がったりするチャイナタウンが続く。路上の豆腐売りも、食用カエルもまだ生きてる蟹も、何もかもがまったくそのままチャイナタウン。当たり前か?でもうちの近所の8Avは1軒あたりの価格が2ミリオンは下らないブラウンストーンが立ち並ぶ高級住宅街だってのに、60ブロック離れただけでこれだもの。ブルックリンだわ~。そういえば資生堂の店もあったよ。エリクシールとか当たり前に売ってました。っていうかその辺の雑貨屋でも日本のヘアケア製品だのアイディア商品だのが結構売ってて、しかも日本の価格よりも安かったり。どういうことなんだ?クルマで来てたらごっそりまとめ買いしちゃいそう。もうマンハッタンの日系の店には行けないな。行くけど。

せっかくここまで来たのでついでにサンセット・パーク公園まで足を伸ばすことに。道を訊こうにも周りに英語を喋る人間がじぇんじぇんいない。なので適当にそこらに混じってるノン・チャイニーズにしらみつぶしに訊いてみたがヤツらも大して役に立たず。するとどこからともなく現れた白髪の歯ナシ爺さんがめっちゃ細かく教えてくれた。訊けば退役軍人のその爺さんは昔ベトナム戦争や朝鮮戦争で戦った退役軍人、横須賀に駐屯していたこともあるという。生まれも育ちもサンセット・パーク(中華街のあるエリアね)、ちょっと前に大往生した母が所有していた物件を華僑のディベロッパーに売り渡し億単位のカネを儲けたとかで、なるほどチャイナタウンではちょっと浮いてるオサレ爺。お喋り好きな爺さんとかをないがしろに出来ないタチの私はそのまましばらく爺さんと立ち話。この辺のチャイナタウンはまだ出来て10年くらいと歴史はかなり浅いみたい。その前はプエルトリカンが多く住み、さらにその前は北欧系のエリアだったんだって。ふーん。でも10年でここまでチャイナ化するとはさすがです。恐るべしチャイニーズ。

んで爺さんと別れてサンセット・パーク公園へ。何でもここはブルックリンで一番高い場所に位置する公園らしく、確かにここからマンハッタンの摩天楼やスタッテン・アイランド、NJも一望出来る素敵な見晴らし。実はNYで一番綺麗な夕日が見られるのもこの公園だとかで、だからこの辺の地名もサンセット、なんだって。へー。しかしそんなことは知ったこっちゃないってな勢いで走り回る太陽。公園には中華系、ポーランド系(多分)、メキシコ系、プエルトリコ系の子供達(と親もしくはベビーシッター)が入り交じる。よちよち歩きの子供も沢山いたけど、何かアレだね、こうやってプチ国連みたいな公園を見てると、子供は子供なりに、すでにお国柄が出ているような気がするね。一番気になったのが中国人の男の子。子供用の遊び場をぐるっと一巡する白線の上を、カラダには似合わない程小さな三輪車でずーーーーーっと回っているのである。白線の上に小枝や小石などの障害物があれば拾って取り除くという几帳面さ。ものすごいシリアスな顔で、白線からはみ出ないように気をつけながらずーーーーーーーっと。彼を見ながら私の頭には中国雑技団の姿が浮かんで離れない。アレだな、彼はそのうち三輪車から二輪、一輪とグレードアップし、しまいには両手で皿回しとかし始めるんだろうな。

何か話が逸れちゃった。サンセット・パーク公園にはプールもあってなかなか気持ち良さそうだったよ。その後またチャイナタウンを歩いて、ベーカリーでケーキ食ってスーパーでほくほく買い物して帰宅。今もお~いお茶を飲み、亀田の柿の種をつまみながらこれ書いてるところ。太陽は自分で選んできた味付け白子のりを食いながら$1でゲットした韓国製ガンダムのプラモデル(ガンプラだ!)をチマチマ作成中。ギンビスのアスパラガスも、コアラのマーチ(イチゴ味)もヤクルトもあるし、しばらくホクホクなり~。BKチャイナタウン、あなどれないよ~。

103:「クルマ買うぞ。」

2005-03-22 | ブルックリン横丁
旦那が独身時代に小銭を注ぎ込んだ、我が家のチンケで忌々しいポンコツ車がようやくRIPしてくれました。無類のトランスフォーマー好き、自他共に認めるオールドスクーラーな彼(32歳)はイマドキのデカいリムよりもむしろNJの田舎にいそうなモンスタートラック系、っていうか、ハワイにいがちなオフロード系の本気汁満点なJEEPマニア。何を好き好んで89年型なんかにこだわるのか。そしてクルマ本体よりも高価なタイヤにカリフォルニアから取り寄せたとかいう私にとってはクソもどうでもいいホイールをハメ、トレンドと真っ向から勝負を挑んだ俺節100%なあのポンコツ。私が悪態の限りを尽くして罵倒し上げてもメゲることなく、イノセントな太陽にまで「ホワイト・マンモス」「ストリート・ゴースト」(車体は白)とニックネームで呼ばせるという荒技をやってのけた夫。そもそもクルマにニックネームをつけてる辺りがヤバいです。それもこれもまだウチらがNY-東京の遠距離交際中に買いやがったことなので止めることが出来なかったのね。無意味に高いサスペンションのせいで乗り心地は最悪、妊娠当時はいつ破水するかとマジで手に汗握ってました。太陽が産まれてからもあまりにもガクガク揺れるので首がもげちまうんじゃないかと心配。いやもしかしたら2回くらいもげてたかもしれないな。

ほぼ毎週末、なんだかんだでどこかが故障し、毎回違った理由で修理していたあの糞ジープ。修理工にカモられてんじゃねーの、と突っ込んでも聞く耳持たず、まぁ旦那はワーカホリックだし多趣味なワケでもないからオモチャ代わりに遊ばせてやっか、と目をつぶってましたけどね。どうせ私は運転しないし。しかし今度ばかしはいよいよ本人も諦めてくれたようで(おせーよ)晴れて我が家も人並みに「フツーに走る」クルマを導入することになりそうでげす。とは言ってもあのポンコツを廃車にするとかいう気はまったく無いらしく、よくよく聞けば趣味として糞ジープはキープ、2台目を買うのだそう。つーか私まだ免許ないんですけど。

じゃーどのクルマを買うっぺか、とカウチに座ってそれぞれラップトップを広げサーチ大会。しかしヤツが欲しがるのはやっぱりイマイチ実用性に欠けるのばっかり。ハマーの軍用モデル(H2じゃない方ね)、もしくはRange RoverのDefender90とかヌカしてやがる。どこにそんなカネがあるんだ?そんなクルマNYで乗る必要があるのか?

じゃーオメーは何がいいんでい、と訊かれた私。別にものすごいクルマが好きってワケじゃないけど、仕事で取材することもあるので多少は流行などを意識してなくもない。カスタマイズとかはホントにどうでもいいけど、強いていえば威圧感のあるクルマがいいな。だってさー、NYでの運転事情を少しでも知っているヒトならお気づきの通り、アジア人でしかも女、というのは二重苦も良いとこで、「こいつ絶対運転ヘタ!」とナメられること請け合いなのである。割り込みは当たり前だし絶対に譲ってくれない。旦那曰く「お前らは目が細くて視界も上下が切れてるパノラマ・ヴィジョンだから周りが何も見えてない」だってよ。なので、そういう意地悪なこと言ったり嫌がらせをするに決まってるNYうんこたれドライバーズを蹴散らすような「オラオラ」系のクルマに乗っておきたい。同じ理由で残念ながら日本車はパス。コスト・パフォーマンスやエコロジスト的メンタリティはここではぐっと我慢。…待てよ、じゃあハマーはどうなのよ?アレこそ究極のオラオラ系じゃないですか。でもクルマ選びってそういうことなの?そうじゃないよね?ああ、ウチらってホントにバカ夫婦だよ。ニコニコしながらいすゞでもKIAでもHyundaiでも大人しく乗り回すような善人夫婦だったらきっと我々の将来は明るかっただろう。しかーし!そんなことは絶対にできーん!!…結局まだ次のクルマは決まっておりましぇ~ん。誰かオススメあったらおせーてください。

102:「卒業シーズンに寄せて(またもおセンチ)」

2005-03-18 | ブルックリン横丁
そういえば日本は卒業シーズンなのね。そんな季節感も徐々に消え行く在米6年目。悲しいぜ。。
こんな季節、おセンチ派としてはいても立ってもいられなくなり早速甘酸っぱい記憶の彼方へタイムワープ(仕事しろ)。
マイ・ベスト卒業式は何と言っても中学校。東京都杉並区立松渓中学校だぜベイベー。恋に部活に明け暮れた、我ながら青春を絵に描いたような汗と涙と笑いに溢れた3年間だったなり。あまりにも突っ込みどころがないくらいにカンペキなもんで自分でも照れますがな。そしてまた卒業式の合唱ソングが良かったね。大地讃頌。「母な~る~大地の~」ってアレですよ。ワシはピアノ奏者として伴奏を担当しましたが、あの曲はヘボい合唱曲業界(んなモンあるのか?)にしちゃ珍しくドラマチックなピアノソロも用意してあるという気の利きよう。和音ガシガシ弾きまくりのやっつけ力まかせなプレイが懐かしい。今でもあの曲って卒業式の定番なのかしら~。

それにしても何故か異様に泣けましたね~。中学校の卒業式だけは。号泣。嗚咽。よくあの年頃のギャルにありがちな釣られ泣きとかもらい泣きではなく、完全に身体ひとつリードしてましたから。何だったんたろうねぇ。うちの母までビックリしてたのをよく覚えてますが。後にも先にもあんなに人生に対し真面目に生きていた時代は無かったからかね。今でも大地讃頌とか、卒業式の行進のBGMだった威風堂々とかあの手の曲を聴くと涙腺がゆるみっぱなし。パブロフの犬状態です。

今振り返ってもクソ生意気なガキではあったが、学校は手放しで大好き、合唱コンクールだの部活だのの行事系には熱い血潮を注いでいた学生時代。ええ、オクテな恋もしたしストレートな黒髪には天使の輪が燦然と輝いておりました。ティモテの時代です(世代限定ネタ)。

このブログ読んでる小中高生諸君、アホくせーと思っても年食ってから反芻できる感傷の種をまき散らしておくのは悪くないことだぜ。全身全霊を込めて若さ/青さを謳歌してくれたまえ。こうして3月になれば思い返せる想ひ出をたっぷりとね。おセンチの芽を摘んじゃダメ!若くして悟っちゃダメなのよ!!いいなぁ~。あぅ~。

101:「バスキア展に行ってきた」

2005-03-17 | ブルックリン横丁
去年新装オープンしたブルックリン美術館でバスキア展が開催中なので行ってきました。
あまのじゃくな私は数年前にバスキアの映画が「なんかちょっとオサレ?」みたいな雰囲気の時には横目で気になりながらも意固地になってスルーしてしまったのだが、ひょんなことから彼がBKはパークスロープの出身、しかもハイチ人とプエルトリカンのハーフと知ってから急に親近感を持ってしまっていたのだよ。以来はアートブックとかペラペラ立ち読みしたりしてたのだが今回やっと肉眼で見てきた、ってワケさ。

太陽のホーミー、世界くん(言っとくが2人とも本名)のマミー、聖子ちゃんと連れ立って中に入る。お互い息子達を学校に送り届けた後での待ち合わせなので異様に早い。開門の10時と共に入場、という一見ハードコアなアートフリークのような有様。改装が終わってからは初めてなので、あまりにもキレイにミュージアム然としているのでビックリしたずら。今日はあまり時間が無かったので展示フロアまで直行。

150点近くの展示は圧巻。作品に関する感想はここでは割愛。日頃耳で聴いた音楽や目で見たコンサート、イベントなどを文字にするという仕事をしているためか、どうもバスキアの作品を見ながら「この感想を文章にした場合」みたいなことを知らず知らず意識してしまっていることに気付き、出来るだけ頭を真っ白にすることを心がけてみたので。なんか、たいしたアート鑑賞眼も持ってない私が頑張って拙い言葉で説明しようったって陳腐な気がしてねぇ。わかるかしら。

それより、バスキアのアートの才能に気づいていた両親は6歳の時に彼をブルックリン美術館のジュニア会員にしたそうな。適材適所というか、子供の向き不向きにはきちんと目をかけていてやりたいものだねぇと聖子ちゃんとママ談義。そのうち何となくパワーレンジャーだのゴジラだのウルトラマンだのっておバカさん全開(立派な大衆文化だとは分かってるけどさ)な我が子に仕立て上げてしまったことを申し訳なく思ったり…。とその時聖子ちゃんがバスキアのカラフルで巨大なカンバス画の右端にゴジラらしき絵が描き込んであるのを発見!途端に「いいぞ!まだ望みはあるかもしれん!」と浮き足だつジャパニーズマザー2人なのでした。しかもミュージアムショップにてそのゴジラを大々的にフィーチャーしたバスキアTシャツまで売ってた。自戒の念(?)も込めていっちょ一枚購入しようかと思ったが財布が無かったので無念。来週太陽の学校の遠足でまた戻ってくるのでその時に絶対買うぞー。

100:「DJケオリに聞くBガール・レジェンド」

2005-03-16 | ブルックリン横丁
いつのまにか100番記録!まー実にテキトーなナンバリングなのでとくに深い感慨等はありませーん。

今日はNY滞在中のDJケオリちゃんに取材してきたよ。5/頭発売予定の『Scawaii!』という雑誌で「Bガール・レジェンド」という特集をやるんですわ。ファッションだけでなく、心意気としてのBガール・イズムを問う、というなかなか興味深い特集でしょ。結論としてカオリちゃんはJガールなんですが(この辺の詳しい話は記事で読んでね)、しかし好きなことを極めて、しかも単身NYでそれをやり遂げた女性としての’ダンディズム’を感じさせる素晴らしい取材でしたよマジで。他のレジェンダリー・Bガールズ(この呼び名を本人がアプルーヴするかどうかは別として)はia(マイ荻窪ホーミー)、そしてさらなるNYからの刺客、ルイールの表紙写真でもお馴染み、パリの個展帰りのマキ・カワキタ、それから現在取材交渉中としてP・ディディのベイビーママでありスタイリストのミサ・ヒルトン。かなり面白い企画になると思うので読んでね。まだまだ先の話ですが。。

099:「エイメリー取材でした。」

2005-03-15 | ブルックリン横丁
リッチ・ハリソンのイケイケ・ポコポコ(パーカッションのつもり)ソング「1 Thing」がエラい人気のエイメリー。(ビデオは必見!)2年半ぶりの新作『Touch』のリリースを控えた彼女にヒットファクトリーで取材してきました。前回の取材でも知的で繊細な人柄を感じさせてくれた彼女は相変わらず素敵な方です。さらに美しさに磨きがかかりました。息子のヨメにしたいタイプですな。見とれてしまいました。今までの「いいコちゃん」キャラからの脱却を図り今回はもっとセクシュアルな面を打ち出しているそうな。だからといって露出過多というワケではなくあくまでもテイストフル。それにしても彼女って全くもって黒人の匂いのしないヒトですな。お嬢様だからかね?コリアンの母親の影が強いのかな?もし今度ワタシが妊娠して女のコが産まれちゃったらエイメリーみたいな娘さんに育ってほしいもんです。…ってアーティストつかまえてそういう見方はどうなんだろうとセルフ突っ込み。原稿はルイールとbounceに書きますのでシクヨロ!本人直々に教えてもらった彼女のウェブサイトのアドレスをここで初公開しておこうかね。www.touchamerie.comだそうよ。

098:「黒人の見分けがつかない人々のネタ2発。」

2005-03-12 | ブルックリン横丁
笑えるネタを発見してしまったので思わずリンク。ヤフーのニュースから転載。

「アフリカ人の見分け無理」他人旅券で相次ぎ出国図る

関西空港で昨年末、「アフリカ黒人の顔は、顔写真と少しぐらい違っても、アジア人には見分けはつかない」と、アフリカ諸国の不法滞在者が堂々と素顔で他人になりすまし、相次いで出国しようとして摘発されていたことが11日、大阪入国管理局関空支局の調べでわかった…。

詳しくはココで↓
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050311-00000207-yom-soci

っていうかこっちの税関のヤツらも多分わかんないと思う。

もう一発。先日BBキングで行われたミックステープ・アワードに行ってきた友人からのタレ込みによると、なんかプレスと名乗るめっちゃがむしゃらな日本人女性二人組がはっちゃけまくっていて、入場してきたグリーン・ランタンのマネージャーのジェイをつかまえて「ミスター・C!!」って突撃して大ヒンシュクだったらしい(笑)。つーか全然似てないんですけど。彼が友人に語ったところによると「お前らにしてみりゃデカくてボールドヘッドな黒人は皆一緒か!?」と憤慨していたらしいよ。彼がイイ人で良かったよね。でもさー、それよりもまず今回のアワードで2部門受賞したグリーン・ランタンにまず反応しようよ。それから一応プレスを自称するならちょっとは勉強しようよ。ただでさえ日本人でオンナで、ってことでああいうコミュニティでは門外漢扱いされがちなのをこちとら一応真面目にやってんだからよー。ぷんすかぷん!

097:「ようやくアップ。」

2005-03-11 | ブルックリン横丁
5歳の誕生日にLAで50と対面した太陽。記念写真をやっと現像したのでアップします。50ビミョーに中腰です。それにしてもこっちの使い捨てカメラのクオリティの低さは何とかなんないのかな。日本のケータイの方がはるかにキレイだよな。ブツブツ…。ってボヤいてたらオヤZ(ゼット)がナイス加工して送ってくれました~。早速さっきまでの写真と差し替えちゃおう。オヤZサンクス!

速報:50とGameが和解&ファット・ジョーとジェイダ応戦ファイヤー!!

2005-03-10 | ブルックリン横丁
いい加減に人をからかうのもよして欲しいモンですが。あっさり和解しちゃったようです。詳細も何も張り切ってレポートする気も起きねえな。それより今日はビギーの8回忌です。Hot97がかなり調子イイことになってまーす。メドレーにつぐメドレー。サイコー。んで50とゲームの狂言ビーフのオチですが、今日の午後ハーレムにて記者会見、和解報告&G-ユニティなる慈善団体の創設を発表、何万ドルだか(詳しく追ってないところにワシのやる気を見てくれ)の小切手を贈呈ということです。まー、全てが50の新作のタイミングに合わせて仕組まれたパブリシティ・スタントちゅう見方でまず間違いないかと。

それよりも今晩俄然盛り上がっているのがファット・ジョー&ジェイダキスそれぞれが50に向けて作ったディス応戦ソング。さっきからHot97で絶賛リピート中。ファット・ジョーは「応戦はこれきり、もうこれ以上50への報復ソングは録音しない」と断った上で、「50がクラブには現れず家に籠ってばかりいるのは腰抜けだからだ」と指摘。それよりスゴいのがジェイダキス。「コネティカット在住のくせにキング・オブ・NYとかよく言うよ」「お前がいるのはフッド(hood)じゃなくて森(woods)の中だ(コネティカットは田舎だからね)」「9発撃たれたネタで1枚目は持ってたようなお前/撃たれなかった2枚目は何についてライムする気だ?」「お前のクルーの中で一番ラップが下手なのは実はお前」とケチョンケチョン。さすがだね~。ジェイダまたまた男を上げました。他にも色々言ってたけど忘れちゃった~(今はビギーのメドレー・タイムに戻ったので)。でもどうせしばらくこればっか聴くことになるだろうからまたここでパンチライン報告しまっせ。