パンセ(みたいなものを目指して)

好きなものはモーツァルト、ブルックナーとポール・マッカートニー、ヘッセ、サッカー。あとは面倒くさいことを考えること

例外が多すぎる(妄想しすぎ?)

2023年09月22日 09時21分47秒 | 養鶏所騒動

火のないところに煙は立たず、、という言葉がある
まさにその実例みたいなのが、地元の養鶏場買上げに関する出来事

確たる証拠ではないが、偶然が重なると何か疑わしく思われるもので
養鶏場の高額な買上げもその一つ
高い安いを感情的に口にしているのではなく
現実にすぐ隣の土地は国が不動産鑑定をして
8分の1の価格で購入することになった事実がある
(地目が違うと弁論しているが、地域の人の相場感覚からは異様に高い)

この養鶏場の土地は更地にした状態のものを市が購入する手続きなっていた
当然といえば当然だが、この更地にするのはえらく手間がかかるようになっていた
建物の解体以外に、それまでに溜まっていた鶏糞の処理がとんでもなく多かったのだ
その量は半端ではなく、トラックで相当数の運搬が必要とされていた

当然、鶏糞の処理がどのように行われたのか?
と気になるところだが、地元では鶏糞を処分し搬送するトラックを
あまりに見かけなかったというのだ
(これは監視しているわけではないから見逃しているだけかもしれないが
 地元の人はそういう印象を持ったということ)

この養鶏場の買上げ金額の支払いは、何故か極めて速やかに行われた
市議会で購入の議決が可決された時に仮契約から本契約になり
購入金額の半分がすぐさま支払われることになっていた
(正確には、ちょっとした手続きのあとに)

先方から買ってくれと言ってきた物件の支払いを
直ぐに半分支払うなどということは常識的にありえない
と思われるが、とにかくこうして進められていった
(残りの半分は更地にして譲り渡された時の支払い)

養鶏所の金額が何故異様に高かったのか?
を想像してみると、このすぐさま半額を支払ったことから
解体費用を見込んだ金額ではなかったのか?
と想像できる(妄想?)

ところが、この更地にする過程の中で別の事件が発生した
解体、更地にする工程に遅れが生じたので、もう少し遅くしてほしい
との業者からの要望があったそんなある日
解体作業中の養鶏場に火事が起きてしまった
3棟ある養鶏場は燃えてしまった

火の気がないのに火事とは違和感を持つが
火事の原因は漏電からとされた
(何故3棟まで広がったのだろうか?)

そもそも操業していない施設に電気が通っているものだろうか?
そのように違和感を持った人もいたが、疑念を払拭されることはなく
物事は進んでいった

蓄積された鶏糞の残りは、この家事で建物と一緒に燃えてしまったようだ

これらのことは単なる偶然の出来事なのだろうか
それとも状況証拠から生まれる逞しい妄想に
何らかの真実が含まれているのだろうか

例外が多い時は、きっと何かがある
これは経験を積んだ上での知恵だが
今回のこの案件は本当に例外が多くてどうにもスッキリしない
というのが本当のところ


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ああ言えば、こう言う

2023年09月19日 09時48分52秒 | 養鶏所騒動

裁判は経験しないほうが平穏に暮らしていけるものだ
客観的に白黒をつけると言っても
(民事では正義ではなくて損得について戦われるが?)
時間をかけて行われる裁判は、少しばかり虚しくなることもある

それはどんな話も「ああ言えば、こう言う」事態が存在するとうことだ
訴訟内容に関連して進められるかと言えば、必ずしもそうではなくて
時には訴訟手続についての不備をついて、裁判自体が無効とする
戦術的な戦い方もあるようだ

先日の議員が要求した国会開催の裁判も
(議員の4分の1以上の議決があれば国会を開かなければならないとするもの
 これも議決されてから何日以内との記述がないため、ほったらかしにされていた)
どうやら(思い違いかもしれないが)開かないのは議員の利益に反するということで
争点は不利益の金額を請求する裁判となっていたようで
裁判所は議員に不利益は生じていないとの結論を出したように自分は理解している

これが別の争点で争えばどうだったのか?
と思ったりするが、素人は裁判の有り様とか争点をよく理解できていないので
何やら難しい理由で納得できないように進められていく

新城市で現在進行中の行政訴訟は、
首長は地方自治法にあるように最小の経費で最大の利益をあげるように!
とする条文に違反していて、市民は税金から払わなくて良い余分な金額を
使うことになって不利益を被っている
(ある養鶏場を通常よりも異常に高い金額で買い取ることになった)
だから、その不利益を被った分だけ、支払い権者である首長は市に返還するように
と求めたものだ

この裁判の訴状は多分、誰が読んでも理解できる
しかし、訴状に反論する内容(準備書面)は正直なところ、素人には
何が書かれているのかさっぱりわからないと思われる
それは裁判例を列挙しているのと、そこで使われる用語がわからないためで
支払い権者と実際に支払う人は違う云々で、単純に首長が決断した支払いを
不法行為とするのはお門違いと主張している
この論法は本質的な内容に少しも触れていず、イライラ感を催すものだ

争点整理が行われてつつあるが、この養鶏場の買上げは
その手続事態がものすごいスピードで行われたことに違和感をおぼえるものだ

2月のある日、希望買上げ金額を示して業者は市庁舎に訪れた
しばらくして市(市長)は買上げに応ずる判断をする
そして4月に臨時議会を開くことにする
そこで買い取り希望価格に近い金額を債務負担行為として補正予算計上する

議会は不動産鑑定をするという条件でこの議案を受け入れた
しかし後にわかったことだが、不動産鑑定業者とは
臨時議会が行われたその日に契約が行われ
不動産鑑定の委託料金はやってから初めて分かるシステムによって随意契約をしている
やってからでないと分からない金額なのに、どうやって不動産業鑑定業者と
契約したのか?が疑問になってくるが、
なんと市は不動産鑑定業者に業者の買い取り希望価格を伝えて、
そこから不動産鑑定委託料の参考見積もりをとっている

そしてこれも後にわかったことは不動産鑑定の方法として
近隣の同様な土地の取引の例を参考に価格を出す方法をとっていたが
そのうちの4分の3は新城市ではなく、豊川市が対象になっていた
その場所を車で通ることがあるが、明らかに養鶏場のある場所とは雰囲気が違う
片や街の中、片や山の中、、くらい違う

こうした一連の流れを人に話すと、聞いた人たちは口を揃えて
買取金額ありきで物事が進められている、、と感想を漏らす

多少盛って話をしたとしても、ほとんどが同じように感じるこの件を
裁判官はどのように感じるのかがとても不安だ
確かに怪しいと感じされることは多い
しかし、
そう、しかしと何かが続きそうなのは
裁判という制度自体が、ああ言えば、こう言うといった世界ではないのか
という不安のためだ

裁判が大岡越前守がするように、スッキリするものになるのは
現実は難しいのだろうか





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「参考」の文字のある無し

2023年07月07日 10時03分48秒 | 養鶏所騒動

ずっと気になっていること
公務員とか行政に関わっている人には当たり前のことでも
素人から見るとよくわからないことがある

世の中には「見積もり」と「参考見積もり」というものがあるようだ
(参考の文字が入ってるだけでそんなに違うのか!)
見積もりは契約を交わすために必要な書類で
この金額で契約書を交わすとされ
参考見積もりは、契約のための見積もりではなく
コレコレのことには凡そこのくらいの金額が必要と
前もって提出されるもののようだ

以前、補助金をもらう仕事に関わったときに経験したのだが
見積書、契約書、納品書、領収書はセットになっていて
これらが完全でないと先に支払った金額は補助金として戻ってこない

参考見積もりはこの必要不可欠の書類ではなさそうだが(?)
一般的には行政が事業を行うには議決を要する議案として
予算案を出さねばならない
このときには取引先の見積もりが必要で
見積もりがあって初めて予算案の数字が決定する
(このときの見積もりは参考見積もりでも良いらしい)

ところで奇妙だな、ずっと不思議な思いが消えないのは
不動産鑑定の仕事を市がある業者に随意契約をしたときの一連の流れで
普通、行政は金額が大きい場合、競争入札を行う(ように条例で決まっている)

ところが問題の不動産鑑定は、不動産鑑定の委託料金は鑑定結果によって
委託料が決定する表みたいなものがあって、それを使うので
(誰が行っても金額は同じで競争入札に適さないので)
信頼のおける業者に随意契約で依頼したという説明がなされた

やってからでないとわからない随意契約による不動産鑑定の委託料金
(だから市は見積もりをとっていないと説明する)
でも、行政は金額がわからないまま信頼しているからといって
あなた任せで発注してしまうのだろうか?と不思議でならなかった
いくらなんでも、それな無いだろう、、と思ったが
具体的にどうするか分からなかった

ここで出てきたのが「参考見積もり」という言葉だった
やってはいない不動産鑑定の評価額を
今回の場合は「売り手の希望売却料金」を不動産鑑定会社に伝えて
その金額を不動産鑑定をした結果の金額として
委託料の「参考見積もり」を出すようにしたらしい
(つまり市は見積もりはとっていないが、参考見積もりはとっているということ)


どう考えても、ここはおかしい
不動産鑑定業者は利益追求の企業だ
不動産鑑定を行った結果、それが安い場合は表による委託料金も低くなる
そんな自らの受注金額を下げるようなことを民間企業がするだろうか

予め目安になるような希望売却料金を知らされて
その金額までは用意しているように見える行政に対して
自分の立場を考えれば、希望金額に近い数字を鑑定結果として出すのは
ごく自然のことのように思われる

この話をすると大半の人は、出来レースという言葉を使い
この鑑定結果自体に疑いの目を向ける
(不動産鑑定のために比較対象した土地も地元ではなくて人口の多い隣町が
 何故か選ばれていたし)

ここまでは時々ここで扱っている裁判絡みの話題

それにしても、どうもスッキリしない
実は、この手の説明を聞きたがる人も多くはない
変なことが起きているかもしれないのも現実だが
多くの人が無関心なのも現実

どうすれば、いいことやら

 

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備忘録(養鶏所騒動絡みの)

2023年05月19日 09時50分58秒 | 養鶏所騒動

それが一般的な手続きなのか、それとも例外的なのかは、部外者の素人にはわからない
だがこの騒動(養鶏所跡地取得についての)に違和感を覚えたきっかけは
買取価格の決定のために不動産鑑定で参照された土地の4分の3が
地元の新城市ではなくて隣町の豊川市であったことが
市議会で明らかにされたことだった
「何故、地元新城ではなくて豊川市なのか?」
だがこの時点では、かすかな違和感に過ぎなかった

しかし、しばらくしてこの養鶏所のすぐ隣の場所を国が買うことになって
不動産鑑定を行ったところ、養鶏所の8分の1の価格が提示された事実を知ると
やはり何かおかしい!と疑いの目を持つことになった

この養鶏所跡地の購入は、平成最後の年の4月に臨時議会が開催されて
補正予算として提案された
異様に急いでいるな!との印象をもったが
ちゃんと不動産鑑定をする条件付きで予算案は議決された

一旦疑いを持つと、疑いの連鎖は続く
国の行った不動産鑑定の地目が山林で、養鶏所の地目が雑種地であることで
単純な比較はできない、、とする主張もあるが
地元の不動産に詳しい人達からすると、やはり購入価格は異様に高い
と感じるひとが多いようだ

比較対象地に豊川市を選択した不動産鑑定の企業は、一体どの企業で
どのように選ばれたのかが必然的な疑問となる
市はこの事業者は随意契約としている
金額が大きなものとなる場合は入札で決めるのが普通とされているが
今回は随意契約がなされた
しかもその契約のタイミングが臨時議会で補正予算が可決した直後だった

市の説明によれば随意契約にしたのは、不動産鑑定の委託価格は
一種の料金表(公共事業に係る不動産鑑定報酬基準)があり
それに従うとどこに依頼しても同じ金額で
入札などの競争にはなじまないから
実績等を考慮してある業者を選んだとしている

ところが、この不動産鑑定の委託の価格表は実際に調査して
鑑定料金が算出されてからでしか使うことができないものだ
不動産鑑定をいくらで行うかわからないものを、随意契約として
あなた任せの金額で契約するなんてあるのだろうか?
手続きとしてどうやってるのだろう?と疑問を覚えた

市は不動産鑑定の依頼企業に鑑定委託料の見積もりの提出依頼は
していないとしている
それは鑑定結果がでてから初めて表にある委託料が決まるので
予め出すことができないとしている

ところが最近明らかになったのは、臨時議会の補正予算の中には
養鶏場の買取想定価格(?)5億円強と不動産鑑定の料金が含まれていた
ことが明らかになったのだ(含まれてなければ不動産鑑定は執行できない?)

やはり、不動産鑑定の見積もりは出ていたのだ
市は見積もりとは言わず「参考見積もり」という言葉を使っている
作業してからでないとわからない金額を、やる前にどうやって出したのか?
の答えは、呆れる内容だった
市は養鶏場の販売金額の希望金額(5億円強)を不動産鑑定業者に伝えていて
不動産鑑定業者は、その希望金額を例の料金表に照らし合わせて算出したらしい

ことに対するには、特にお金に関することは「性悪説」をとるほうが現実的とされる
性悪説をとれば、不動産鑑定業者は
「不動産鑑定の結果は、買取想定価格の少しだけ下げればいいだろう
  そうすれば、仕事としての自社としても受注金額を高く維持できる」
との思いを持つことは、ごく自然のことと思われる
(もしかしたら、それ以上のメッセージを感じとったかもしれない)

つまりは手続きを踏んでいるように見えても
随分突っ込みどころが満載のように思えてしまう

話は変わって、専門家でないとわからないことに地目云々の問題がある
養鶏場の地目は一部宅地、だが90%は雑種地として不動産鑑定をしている
この手のことに詳しい人物はそこが「雑種地」とされていることに疑問を覚えるらしい
「雑種地」と言うよりは「農地」の方が適切とも口にしている

現実として不動産鑑定で「雑種地等」とされた土地は登記上は「山林」となっている
不動産鑑定は、どうやら登記された地目でなされるのではなく
現況でなされるとのことだが、この地目を決めるのは不動産鑑定会社なのか
それとも依頼主なのかが気になるところだ
依頼主の市はそこまで詳しい人はいないと想像されるので
この登記上「山林」を雑種地と判断を下したのは不動産鑑定業者と思われる

ということで、多くの人(市民)の関心の外で少しづつ明らかになっていることを
現時点での備忘録として、残すことにする
こうして残すことは自分の頭の中を整理する役割も持つ

しかし、誰がこれらに意味とか価値を感じるかは全く不明だ
ま、いいか!





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委託料は、結果が出て初めて決まるはずなのだが、、、

2023年03月12日 09時50分16秒 | 養鶏所騒動

余り知る人のいない地元の話題で
常々変だな!と思っていること

国家資格の必要な不動産鑑定は、それを行う人次第で結果が異なる
対象に対する(便利・不便の)感じ方とか、経験の量だとか
あるいはクライアンの意図を読む能力とかによって違ってくる

地方自治体などの依頼する不動産鑑定の委託料は
かつては表になって決まっていたようだ
不動産鑑定が結果としてこれこれの金額が算出された場合は〇〇万円
それ以上の価格が算出されるなら、より高額の〇〇万円が
委託料といった形だ

最近では、この表を使わなくて依頼主、受注者が相談の上
不動産鑑定の委託料を決めることが多くなっているらしい
(これは弁護士費用もそうなりつつあるようだ)

ところが、この表を使ってはいけない、、ということではないので
前例の大好きな役所は依然としてこの表を使うところも少なくないようだ

問題は、委託料は不動産鑑定の結果として金額が出た時点で表を見て
初めて金額がわかるということで、依頼する段階ではどのくらいの金額で
発注していいかわからない、、(と素人は想像する)

我が市の問題となっている養鶏場の不動産鑑定は、随意契約である業者に依頼した
金額が高額なものは競争入札にするのが決まりだが、行政は不動産鑑定の委託料は
参考となる表があって誰が行っても同じ金額で依頼することになり
競争入札に適さないので経験豊富な企業におまかせした、、と行政は答えている

では一体いいくらで委託したのか?
表による委託料は結果が出ないとわからないのに、、
このあたりはどのような契約書を交わしたのだろう

この随意契約は、急遽開かれた臨時議会で問題の場所の購入し関し
5億円ほどの債務負担行為が議決された時点で、不思議なくらい素早くなされた
(臨時議会のその日のうちに行われた)

その時点でやっていない不動産鑑定だが、やっていないからと言って
あなた任せの金額で契約することはありえない
すると業者は「債務負担行為」の金額を目安に委託料を算出した可能性がある

業者は議決された債務負担行為の金額が、不動産鑑定の結果としての価格
と想像したとしても、それはありそうなことだ
(つまり真面目に不動産鑑定を行い、より低い価格の結果の低い委託料になるよりは
 ここまでの料金が想定されているならば、想定された価格の結果を出す方が得だ)


というように、なんだか変なことがなされたような気もする
これは随意契約の委託金額と、契約を交わした日の時系列等を確かめたほうが良いのかもしれない
ただ、この部分は余り違和感を感じていない人もいるので
自分の思い込みがどこか間違っているかもしれない
でも、なんだか変だな、、と思えてならない

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書面ではわからない事実

2023年01月24日 11時01分17秒 | 養鶏所騒動

以前取り上げた不動産鑑定の不満についての続き

不動産鑑定の対象となる土地と似たような土地の取引事例をもとに
計算するらしいが、ふと気づいたことに駅までの距離がある
今回の不動産鑑定の対象となった土地は、市街化調整区域にあって
JR飯田線の大海駅までの距離は1,100メートルだ

参考とすべき取引事例の土地も(何故か新城市内ではなく豊川市が選ばれているが)
市街化調整区域にあるのは当然として
駅までの距離も似たようなものが選ばれるはず!と書類を確認してみると
一つはJR飯田線の東上駅、もう一つは小坂井駅と想像される
(肝心なとこは黒く塗りつぶされているのでわからないが地元なので想像できる)
そしてそれぞれの駅との距離は東上駅には1,800メートル
小坂井駅からは300メートルだ

書面では単に駅までの距離に過ぎないが、実生活の駅の重要度はかなり違う
大海駅は一時間に一本くらいの極めて不便な駅で
時刻表を見ると豊橋行の上りは平日が22本だ

一方参考とした取引事例の(豊川市の)東上駅は豊橋行の本数が平日35本だ
飯田線は新城止まりが多いので、それより奥の大海駅は数が少ないが
新城駅よりも豊橋よりの東上駅は本数がこのように多い

だがもっと多いのは小坂井駅で平日の豊橋行の本数は68本だ
たとえ市街化調整区域という区分が同じであっても
これを同じと見るのはどうなのだろう
小坂井駅との距離は300メートルで電車の数も圧倒的に多い
これが新城市にある田舎の対象物件の価格を算出するのにふさわしい土地なのだろうか

つまりは市街化調整区域であるとか駅までの距離は似たようなものとしても、
現実はかなり違うと言わざるを得ない
小坂井などは不動産鑑定の対象地とは行ってみればわかるが
周りの雰囲気がぜんぜん違う
一つは山の中、一つは街の中
土地の差はいくらか割り引いて補正し不動産鑑定の計算をしているが
そもそも補正を過度にしなくても済むように何故新城市にある取引事例を
採用しなかったのか、、不思議で仕方ない

ということで(多少条件が違うが)新城市の購入した土地の隣を
国が購入したのは、新城市の価格の八分の一だったという事実から
どうにも割り切れない思いであれこれ調べたり、考えている

なんか変だな、、、
疑り深い人間になるのは、、よろしくないが、、




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不動産鑑定に対する不満

2023年01月19日 08時48分20秒 | 養鶏所騒動

不動産鑑定は国家資格の必要な職業だが、その評価価格は個人差があるらしい
また不動産鑑定の委託料金は、結果としての評価額によって決まってくる
(料金表がある)とされていたのが長く続いていたらしい

最近では、当事者同士の話し合いで委託金額は決定するのが
一般的になっているようだが、相変わらず昔からの料金表に従って
決めているところも少なくないようだ(我が市もそうだった)

不動産鑑定の評価の個人差は、単なる技術的な要素で左右されるとは
言え無さそうな雰囲気が不動産鑑定に関するHPを見ると感じられる

つまりは依頼主の意図を汲んで、その要求に答えられるような数字を
出すことが現実には必要とされるようだ

不動産鑑定には個人差がある
これを踏まえると大きな金額の取引になりうそうなものは
1業者だけの不動産鑑定で良いのか
複数の業者に依頼したほうが良いのではないのか!
と考えるのは当然のことで、現に大阪市のIR事業関連の土地については
複数の不動産鑑定の業者に依頼したらしい
ところが、そのうちの三社が全く同じ結果を出したので
それは不自然で、談合があったのではないか、、
との疑いが生じたようだ

と長々と、前置きをしたが、我が市の養鶏場の買取価格についての
参考資料としての不動産鑑定は、一社随契で行われた
総額大きいと予想されたので複数社に依頼するのは
費用が多くかかり過ぎる、と心配したのかどうかはわからないが
不動産鑑定の委託料も価格表に基づいて支払われたようだ

何故、今回は一社だけの随意契約だったのか?
この件にノータッチの市職員に聞いてみると
なんで一社だったのか?と疑問の声をあげる人がいた

不動産鑑定は取引事例を参考にして算出するらしい
当たり前のことだが、鑑定をする対象地と近くであったり
条件が同じようなところの、なるべく直近の事例を
引っ張り出すのが良いと考えられている
ただし、その例があるとは限らないので
近傍地域、類似地域との言葉を使い分けている

養鶏場の取引事例は、4つのうち3つが何故か新城市ではなく
豊川市が選ばれていた(類似地域)
最寄りの駅からの距離が同等で、市街化調整区域で
地目も同じものを選んだとされている(雑種地)
ところが明らかに変なのが一つあって
その場所は住宅が立ち並ぶ市街地だ
調査対象の地目は市街化調整区域なので、おそらく市街地から
少しだけ離れた市街化調整区域なのだろう

例えば50メートル違うだけで市街地と市街化調整区域と分かれてしまう
その中で雑種地の評価をすれば、市街地の雑種地は宅地並みの評価
近くの市街化調整区域の雑種地は、鑑定評価は実態が優先されるので
宅地並みの評価とされる可能性が高い
つまり、市街化調整区域、雑種地、最寄り駅からの距離も同じくらい
と書面上では似ていたとしても、現実はかなり意図的な取引事例を
引っ張り出して来たのではないか、、と想像される

国家資格が必要な仕事というだけで
その仕事ぶりが信用できるかどうかは実は別問題だ

最近は手順・段取りだけ守ったような違和感のある事業が多いようだ
地方自治体では、市民の声としてのパブリックコメントも
都合よく利用されている

行政は正当性の確保・担保として手続きとか
書かれたものをよく守るということが必要だが
一方で書かれたものさえ守れば何でもできる
と考えられないこともないので注意が必要だ

ということで、一見ちゃんとやられてるようでも
違和感はあるということ




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有資格者というだけで信用できるか?

2022年05月24日 09時57分19秒 | 養鶏所騒動

採点競技とか判定競技は、それを行うのが専門家であってもスッキリしないことが多い
先回の冬のオリンピックの平野歩夢の二回目のトライはもっと点数が出るはずだったとか
何時だったか忘れたが銀メダルとなった柔道の篠原の決勝戦は、見る人が見れば内股透かしで
一本で相手側の有利とした審判の判断とは真逆だ

人の関わる判断はこのように安定したものではない
有資格者のみが行うことのできる不動産鑑定という業務も、このようなバラツキの多いもので
その業者の中には、HP上で内部暴露したような本音を漏らしている業者がいる
そこには
1.不動産鑑定士の力量はピンキリである
2.鑑定評価の結果はバラバラである
3.鑑定報酬はバラバラである
4.鑑定事務所の場所と鑑定依頼地との接近性は気にしない方がいい 
とHPで紹介している

1の細かい説明では、資格者でありさえすればみんな同じ結論がでてくるとは限らない
それは有能な弁護士に依頼するか無能な弁護士に頼むかで結果は大いに違うように
肝心なのは誰に頼むかというということ

2では、不動産鑑定士は「10人の不動産鑑定士が同じ物件を鑑定して、価格が一致することはありえない」
というのが 本音ですし、現実にありえない!としてその理由として以下をあげている
鑑定評価の本質は「不動産の価格に関する専門家の 判断であり、意見である(不動産鑑定評価基準第
1章第3節)」のです。
つまり、鑑定評価は査定であって、算定 ではないのです。単なる計算をすることを算定といいます。
それに対して、査定というのは判断を介在させること をいいます。つまり、判断如何で結論は変わって当然なのです。

3では、鑑定業界には統一された民間報酬基準は存在しません。したがって、各社で自由設定となっています。

4では、「鑑定依頼地に近い所に居る不動産鑑定士がいいのでは?」と考えているかもしれません。
しかし、 実はこれは間違いです。地元だからこその「しがらみ」があるのが現状です。

このように意地悪いようなことを抜き出したのは、
裁判沙汰になっている案件の不動産鑑定が果たして適切だったのか?
に大きな疑問があるためだ(別の不動産鑑定と8倍の評価の違いが存在した)

その不動産鑑定は随意契約で行われた
大きな金額を要するので、普通なら競争入札になるのだが、随意契約としたのは
不動産鑑定の金額は報酬基準で決まっており、競争入札に適さないため実績のあるところに依頼したとしている
だが、その言い分も報酬基準が決まっているというのと自由に決められるとの違いがある

鑑定評価はバラバラであるから、誰に頼むかは重要なポイントとなる
そこで依頼される方の立場になって考えてみる
依頼先は発注主の意向を推察し忖度する(それこそが実社会では必要とされる能力かもしれないが)
そして依頼主が望むような答えを出す

不動産鑑定は個人の感覚とか印象に依存する面が多いらしい
参考とする場所が近くに無かった場合、別の場所を参考場所とするが、その時は補正として
何らかの係数をかけてシミュレーションのような作業を行う
(今回は参考地は市内が一箇所、他の3箇所は豊川市のため係数をかけて新城市として算出した)
ところが他の場所の良し悪しの評価は、かなり個人差の多いもので
ある学会ではこのような個人差の多い評価に基づく方法に警鐘を鳴らしている
つまり何らかの係数をかけて求める行為は妥当かもしれないが
その評価自体は、まともでない可能性もあるということだ

そして問題は「しがらみ」で、受注者は発注者の隠れた意図を読み取る必要性と
今後の継続した受注のための適切な忖度が必要となる

実際のところ、これは現実社会では珍しくもなんともないことで
色んな場面で、不動産鑑定によらず受注者は依頼主の要望に沿う答えを出そうとする

一見ちゃんとしたステップを踏んでいるように見えても
実態は出来レースだったというのが、実社会では多いのではないだろうか

とまあ、意地悪な見方をすれば、世の中はこんな風に回ってるということになるが
全部が全部こんな風でないとしても、時々は脅かすような指摘をしないと
なあなあで進められてしまって無駄遣いが多くなってしまいそう

今朝は、意地悪な自分の存在に気付かされた(本質でないことを望むが)





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意図を想像すること(それは良いことか)

2022年01月06日 17時30分26秒 | 養鶏所騒動

「一を聞いて十を知る」は賢いことの喩え
こと細かく説明しなくても意図をくんで理解し
行動に移してくれる存在は頼りになるし、何よりも楽でいい
(官僚さんはこの能力が必須だとか)
だがこれは諸刃の剣だ
忖度をドイツ語では事前従属というらしい
いちいち言わなくても気づきで指示するひとの望むことを行う
これが普通の仕事であれば問題はないが
少しやばい公にはしづらい案件では、このような暗黙の了解が威力を発揮する

例えば、ある調査・アンケートをある企業に依頼する
受注先はその調査・アンケートにどのような結論がほしいか想像する
その想像力の的確さゆえに依頼主はその企業に依頼する
つまりは答えはわかっている
その答えを客観的に証明する数字とか根拠がほしいと受注側は判断する
(新聞社の世論調査などは新聞社の色に沿った結果が出ていることが多い)
だが、問題なのは行政における随意契約の場合かもしれない

行政が自らの正当性を保証する段取りは、その結果の正しさと必ずしも一致しない
段取りは決められており、一見怪しまれる要素は入らないように見える
ところが、そう簡単に正しく行かないかもしれないのが人間の世界
客観的な数字を出す場合は、公的な資格が必要とされる
それはその通りだが、資格を持つものが正しい判断をするという保証は
どこにもないのだ

先日、市が発注した不動産鑑定の報告書を見た時に少し驚いた
それには最初のページにこんな言葉が書かれていたからだ
「本件の鑑定評価に当たっては、自己または関係人の利害の有無その他いかなる理由にかかわらず
公正妥当な態度を保持し、専門職業家としての良心に従い、誠実に不動産の鑑定評価を行った」

この手の業務については、必ずこのような文章があるのかどうかは知らない
だが、この文章があるために却って色々想像してしまった
つまりこの手の仕事は、ある意図を持ってなされやすい可能性があるのではないかということだ
言葉にされていないが、それとなく感じる意図に従わないようにすることを
わざわざ宣言しているというのは、現実にはそういうことが多いからのように思えてしまう

この結果の正当性を担保するのは資格だ
有資格者のすることは間違いない、、という前提で成り立っている
だが有資格者が本当に正しい数字とか結果を導き出すものか?

新城市の例の案件(旧養鶏所)の不動産鑑定は参考にする土地が
新城市が1件、豊川市が3件あった
豊川市が数多く入っている時点で違和感を覚えたが
有資格者は地域補正をしているから問題はないとの言い分だ
確かにその計算式は報告書には存在する
だがこの計算式は本当に的確なものか?と疑ってネットで調べてみると
この補正の計算は有資格者の個人的な評価とか判断で行われるから、
完全に客観的なものではないとされる論文が見つかった

つまりは有資格者のさじ加減で数字は動いてしまいそうだ
有資格者の依頼主の求める答えに対する想像力(忖度)は
個人の判断で暗に求められる数字を出す

もちろんこれは可能性に過ぎない
だが一見ちゃんと段取りを踏んで行われているように見えることも
いざ疑ってみると案外あやふやなものだと思えてしまう

随意契約は慎重にすべきだと思うのだが、
行政の随意契約は今のところ全面的に信用できるとはいい難い感じ

※少し人間的に悪くなっているのではないか と少し不安もあるが


 

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弁護士費用(備忘録として)

2021年12月12日 11時01分42秒 | 養鶏所騒動

日曜日らしくない、そして関心を持つ人もいないと思われるが
以下は自分自身の備忘録のために

批判ばかりとか、文句ばかりとか、何にでも噛み付いていてばかりと言われても
現実はその様に表にしない限り、知らないところで知らないうちにお金(税金)が
無駄に使われてしまっていることは少なくない
国は例のマスクのことだとか、その他いろいろあるが、市政についても同様だ

あまりいただけない出来事に住民訴訟にいたった出来事がある
市内の養鶏場跡地を、市は常識的な価格から大きく外れた価格(8倍)で購入したが
それは決裁権のある首長は市に損害を与えているのではないかとの解釈で
その損害分を個人としての市長職を務めた人に1億余の請求を求めたものだ

訴えた側の理屈が通るか通らないかは裁判の結果次第だ
ただ、こうした裁判に訴える行為は法的に認められているとしても現実はハードルが高い
その一つは弁護士費用だ
訴える側は被告側の市と違って税金から弁護士費用を捻出するわけではないので
身銭を切って行うことになる
もう一つのハードルは、このような行動に対する一般の人の反感
(文句ばかり言っている、済んだことを蒸し返すな)と圧倒的な無関心だ
知らないところで知らないうちに大きな金額が使われているぞ、、
と注意勧告を叫び続けても

制度的に(手続き上)訴えられているのは市となっているので
市は自らを守るために弁護士を用意する
今回備忘録として残そうとしたのは、この弁護士費用の算出、予算化の経緯が
感情的にどうにも納得できないからだ

市の弁護士費用は補正予算として先日の臨時議会に提出された
その金額が600万円超の大きな金額で、補正予算案は専決処分の認定としてだ
金額の大きさに訴えた側も驚くが、いろいろ調べていくと専決処分としたことも
なんだかよくわからない

まずは一つづつ確認していくと、弁護士は随意契約によって委託されている
その弁護士から見積もりが出ているようだが、この金額は以前からあった
弁護士報酬の計算式から出ているような印象をもつ
今回の場合、訴訟の損害賠償額が1億円を超えるので、その計算式を用いると
近い数字が出てくるようだ
ところが、この計算式は2004年に廃止されて、愛知県弁護士会のHPでは
弁護士費用は当事者同士で話し合って決めると書かれている

以前に市の幹部は弁護士費用については
「弁護士費用の統一的な算出式は現在は使われていませんが、かつて日本弁護士連合会が
 使用しておりました報酬等の基準がありますので、それを参考にしながら、、、」
と議会で述べている
やはり何らかのかたちであの計算式は生かされているような印象

原告の有志が訴訟に持ち込んだのは、決して市に無駄な金額を使わせるためではない
自分たちの弁護士費用は自分たちで用意して、それは覚悟している
でも弁護士費用として市がそれほどの大きな金額を使うとなると
訴えた側は、少し申し訳ないような気がしないでもない
市のために良かれと思ってしたことが、市に大きなお金を使わせることになるとは、、、

あまりにも高額な弁護士費用なので、いったい他市はどうなっているのだろうと気になって
豊橋市と豊川市の市議会の議事録を検索してみた
すると豊橋市は、例のユニチカ跡の土地の裁判の弁護士費用が検索にひかかった
それによると市側の弁護士費用は着手金が108万円、その他の報酬は計算中とあった
豊橋市の損害賠償額の金額は26億円で、新城市よりもずっと大きい
だが着手金は108万円
詳しいことはわからないが、どうも新城市の例が異様に高い印象だ

次に豊川市でもひかかった案件があった
これは豊川市長に1億8000万円の損害賠償を求めたもので、裁判は原告側の負けで結論が出たが
その時の弁護士費用が着手金31万5000円、報償費105万円となっている

やはり新城市の弁護士費用が異様に高い気がする
こういう場合、市の職員は他市の案件を参考にすることはないのだろうか、、と少し怒りを思える
どうも市が参考にしたのは、他市も弁護士は随意契約というかたちを取っているらしい
ということだけらしい

この弁護士費用はものの値段を知らないためか、
それともそんなに市に負担をかけたくないと思っているためかは定かではないが
とにかく高いと直感的に思う

この弁護士費用については先にあげたように臨時議会で、専決処分の認定(?)
という形で補正予算に上げられた
専決処分の認定と、単なる補正予算案の議決とは、素人には解りにくいが
現実的はだいぶ異なるような印象を持っている
後者の補正予算案が議決されないなら、その補正予算は執行できない(多分)
だが、専決処分は認定が議会で否決されても、そのお金の使い方はストップできない

そもそも専決処分は緊急時とか、議会が開けない時に首長が急遽、判断をしてお金を使う
と言ったもので、法律文を読むと、そりゃ仕方ないと思えてくるものだ
だが、現実世界で専決処分が乱発されたら、一体議会の存在は意味あるものだろうか
とも思いつく
それだけでなく、専決処分の限度額はないものなのかな?
とも思い浮かぶ
小さな金額だから議会の承認を得ずに支払って、後で確認のような認定を議会にしてもらう
というのは、わかる
しかし600万円という大きな金額を、議会が認定しようがしまいが、
首長の思うように使えるとしたら、そこはなんだか変ではないのかな!と思う

これらは専門家でない一庶民が素朴に思うこと
上にあげたことは素人ゆえに間違いがあるかも知れない
でも庶民感覚からすると、やはり変だ!との思いは消し去ることはできない

裁判だけでなく、その弁護士費用もおかしいと声をあげると
また文句ばかり言ってる!という扱いになるのだろうか

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