塩津湾に尾上という漁港がある。
ここに大村さんが住んでいる。
彼は昔、漁師だった。
しかも親方つきの琵琶湖最後の漁師だった。
中学校を卒業すると、漁師の奉公にでたのだ。
彼は、浜辺に立って毎日、琵琶湖を見続けた。
親方の命令で、一年間365日、ただひたすらに琵琶湖を見ることを日課とした。
それが漁師奉公の第一歩だった。
だから、大村さんは、琵琶湖のことは誰よりもよく知っている。
その大村さんが、私に次のようなことを語った。
「春先に山本山という山から琵琶湖を眺めていると、面白いものが見れる。」
何と、塩津湾の湖面が琵琶湖の湖面より数十cm高くなるのだという。
彼は、それを「潮間」と呼んでいた。
湾とその外に広がる湖の間に、段差ができるのだ。
まるで湖面滝ではないか。
残念ながら、30年間琵琶湖で仕事をしてきた私でも、見たことがない。
でも可能性はありうる。
内部波だ。
春先の内部波は大きい。
表面から見えない波の高さは優に20mを超える。
春先に湖が温まってくると、冷たい水の上に温かい水が乗る。
そのような時に、強い風が吹くと湖面が傾く。
合わせるように、温かい水と冷たい水の境界面が大きく傾く。
風がやむと、傾いた境界面が振動し始める。
周期は数日(5-7日)に及ぶ長い波だ。
これを内部波と呼んでいる。
岸を右に見ながら進む内部波は、やがて塩津湾とぶつかる。
湾の中に入り込んだ波は、湖面を押し上げる。
こうやって湖面滝ができるのだろう。
琵琶湖と塩津湾の微妙な大きさの違いが作り出すダイナミックな自然現象だ。
大村さんの話を聞く時には、いつも自然を観ることの大切さを学ぶ。
どこの世界にも、師はいるものだ。
彼から、琵琶湖についてたくさんのことを学んだ。
心から感謝している。