himikoの護国日記

長年の各種自虐史洗脳工作から目覚めた一人の愛国者の日記。
日本をおかしな反日勢力から守り、真の独立国にしたいです。

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白梅の塔に行ってきました。

2013年07月08日 | 大東亜戦争
 先週末、純粋にマリンレジャーを楽しむ2泊3日の沖縄旅行に行ってきました。すでに梅雨明けしていた沖縄は
快晴で、青い海と青い空、真っ白な入道雲で心身ともにリフレッシュしてきました。スキューバダイビングを
楽しんできましたが、これまで潜ったどこの海より透明度が高く、素晴らしいダイビングでした。

 金曜の夜那覇に着き、そのまま市内のビジネスホテルに泊まり、土曜日にダイビングを満喫。その後、日曜は
帰路の飛行機に乗らないといけないのでダイビングはできず、初めての沖縄なので那覇市内を観光してきました。
夕方の飛行機の時間までしかないので、首里城を訪れ、国際通りで買い物を楽しみ、ソーキソバを食べてお土産
を買い、慌ただしい観光でしたが楽しく過ごしました。

 今回の旅行は完全なる趣味のためのレジャー旅行でしたが、沖縄に行くなら絶対に行きたい場所がありました。
青山繁晴さんが関西テレビのスーパーニュースアンカーで取り上げておられた、白梅の塔。沖縄戦で学徒動員
され、負傷兵などを懸命に看護された学徒看護隊の方々の慰霊碑と自決壕跡です。ひめゆりの塔はとても有名で
たくさんの観光客が訪れるそうですが、ひめゆりと同じく沖縄戦の凄絶な現場で懸命に活躍された白梅部隊の
方々の慰霊碑、白梅の塔。沖縄に行く機会があれば、是非お参りしようと思っていました。

 ところが、那覇市内から路線バスを乗り継ぎながら糸満市に到着し、なんとかひめゆりの塔に到着したのは
すでに17時過ぎ。帰りの飛行機は19時20分発。ひめゆりの塔で献花を勧めて下さった方に白梅の塔の場所など
を訪ねますが、はっきりとはわからず。とりあえず、言われた方向に歩き、ファミリーマートに入りました。
店員さんに尋ねると、地図を出してきてくださり、道順などを丁寧には教えて下さったのですが、まだどうも
距離があるよう。時間も迫っており、土地勘のない場所を徒歩で歩いて探すのはちょっと難しそう。

 やむを得ず、タクシーを手配していただきました。4,5分でタクシーが到着し、一路白梅の塔へ。静かで
ひっそりとした場所にその慰霊碑はありました。ひめゆりの塔はたくさんの献花がありましたが、こちらには
少数のお供え物があるのみでした。でも、そんなに古くないお供え物が目に付き、訪れる人が居られるんだな、
とちょっと安心しました。盗まれたというお地蔵さんが戻ってきたわけではないでしょうが、青山さんが憤り
ながら話しておられた慰霊碑前の台座にはちゃんとお地蔵さんが居られました。





 自決壕にも入り、合掌してきました。合掌しながら高校生だった白梅部隊の方々に思いを馳せ、さらには
自分の高校時代を振り返りました。私の高校時代は平々凡々に受験勉強とクラブ活動と、友人にも恵まれた
楽しい日々でした。その楽しい高校時代があったのも、命を賭して日本のために戦って下さった先人の方々
のおかげなんだな、と再認識できました。



 慌ただしいお参りでしたが、一通りお参りしてそのままタクシーで那覇空港へ。日ごろは長距離タクシー
を利用するなど考えられないですし、かなり高額になるのでは・・・と心配でしたが、3300円程度で無事に
飛行機に間に合う時間に那覇空港に着くことができました。ひめゆりの塔に到着した際、すでに時間が迫って
いて、場所もよくわからなかったので諦めかけましたが、白梅の塔を訪問できて本当に良かったです。

 初めての沖縄は慌ただしい訪問となったので、またゆっくりと時間を取って沖縄を訪れたいと思います。
以下、青山繁晴さんが白梅の塔についてお話しされ、天皇皇后両陛下が白梅部隊の方々と対面された様子
についても触れられた、「ニュースDEズバリ!」を紹介しておきます。

2012/11/21 ニュースDEズバリ!『白梅の塔(前半)』


2012/11/21 ニュースDEズバリ!『白梅の塔(後半)』

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全ての日本人に見て欲しい、神風特攻隊の真実

2013年06月23日 | 大東亜戦争
 神風特攻隊は“日本軍国主義”の“悪”の象徴のように語られてきました。私自身、自虐史教育に
より特攻隊は悪い物、日本国が未来ある若者を片道切符で戦地に送った、極悪非道な軍事作戦で、
特攻隊に命ぜられた若者たちは死を恐れ、愛する人と離れ、不幸な死を遂げた、と信じ込んできま
した。確かに、特攻隊員として玉砕していった先人の多くは、戦争が無ければ学問に勤しみ、幸せな
結婚をしたのかもしれないのにさぞかし無念であったろうと、そんな若者たちを戦地に送った当時の
“軍国主義”政府は“悪”であると思い込んで長年生きてきました。しかし、国の存亡をかけた戦い
だったのです。神風特攻隊として出撃せず、いや日本が欧米列強に立ち向かうことなく従属していた
らとっくに日本国はなくなってしまい、そもそも彼らに幸せな人生など待っていなかったでしょう。

 自虐史観から覚醒した今、この動画を見ると、神風特攻隊として命を賭して守るべきものを熱く胸に
抱き多くの仲間と心を一つにして国を愛した彼らをほんの少し羨ましいと感じる部分があります。
今の日本は経済最優先、いい仕事に就き、いい給料をもらい、いい暮らしができる者が「勝ち組」で、
全ての基準はお金。国家観もなく、愛国心も無く、日々生活のこととお金のこと、世俗的な快楽のこと
だけを追及して死んでいく、虚しいとしか言いようがありません。

 戦争は悲劇でした。しかし、日本は自存自衛のために立ち上がらなければならなかったのだという
こと、そして、国を護るために一億総火の玉となり、人々が心を一つにしたこと、占領政策でかなり
破壊され、独立国とは言えないところまで貶められてきましたが、やはり日本が日本であり続けられ
たこと、それは先人たちが国を護るため、後の世代に日本国を残すため戦ってくれたからです。

 全ての日本人に見て欲しい動画です。


世界が語る神風特別攻撃隊―カミカゼはなぜ世界で尊敬されるのか
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東京裁判は史上最悪の茶番

2013年01月19日 | 大東亜戦争
 東京裁判に関する動画をいくつか紹介していましたが、なぜこの東京裁判が見直されるべきなのかを書きたいと思います。そもそも、東京裁判とは第二次世界大戦(大東亜戦争)終結時に開かれたものです。私たちが「日本は侵略戦争という悪いことをした」とか「戦争を起こした当時の政府や軍は責められるべきものである」と思い込まされてきました。そして、67年もの間、ただひたすらに過去の戦争への罪悪感に苛まれて歩んできました。しかし、東京裁判は戦勝国である連合国側が敗戦国である日本をただただ一方的に裁くという、前代未聞の茶番だったのです。なぜ茶番かと言えば、以下の通り。

そもそも、東京裁判ではそれ以前の国際社会では全く存在しなかった概念が法律として導入されました。いくつかありますが、今日はそのうちの2点について。平和に対する罪および「人道に対する罪」について。この二つの罪は、戦後にまず敗戦国のドイツを処罰するためのロンドン会議で作り出されました。「平和に対する罪」とは、侵攻戦争の禁止を犯した、ということで適用されましたが、欧米列強はアジア・アフリカ諸国にどんどん侵攻して植民地化していました。大英帝国もフランスもオランダもスペインもロシアも、欧米列強は世界の覇権を巡って各地で侵攻戦争を繰り返していたのです。にもかかわらず、敗戦したことによって、日本とドイツにのみこの「平和に対する罪」が適用され、有罪とされました。

 また、「人道に対する罪」というのは何か。これは、ドイツにも日本に対すると同様に罪悪感を植え付け、連合国の言いなりにさせるため、ナチスが行なったとされるユダヤ人の迫害についてドイツを裁くために作ったものです。日本は戦時中、アジア諸国で現地の人々を不当に殺害したり迫害したりしたことはありません。ただ、連合国の気に入らなかったというだけのことです。

 
 「平和に対する罪」も「人道に対する罪」も第二次大戦終結前にはなかったのに、その罪で裁かれました。法律が無ければ罪も発生しないのは自明のことですが、物事が終わった後に事後法を作って、その法律が出来る前の行為を事後法で裁くなどは、遡及法といって、現代社会のいかなる法律でも適用されませんしかし、日本は戦争に負けたがゆえに「平和に対する罪」と「人道に対する罪」があったと、簡単に言えば汚名を着せられただけなのです。「人道に対する罪」で言えば、戦争中は敵国の軍事力を弱めるために敵国の軍需工場や軍事関連施設は攻撃しても良いことになっていましたが、一般市民や病院・学校などへの攻撃は国際法で禁じられていました。にもかかわらず、アメリカは各地で大規模な空襲を行い、一般市民を殺戮しました。また、広島・長崎には原子爆弾を投下し、一瞬にして何十万という人々を殺害しました。ところが、戦勝国には「人道に対する罪」も適用されず、戦勝国は一切の戦争犯罪を不問とされました。明らかに正義なき、連合国による敗戦国支配のための茶番裁判だったのです。

 これ以外にも、多々東京裁判やアメリカによる戦後日本の占領政策には矛盾点、日本人として怒りを禁じえない点が多々ありますが、まずはこの二つについて。ちなみに日本は侵略戦争も侵攻戦争もしていません。戦争が始まる前、連合国側はABCD包囲網を敷き、日本とは当時敵対していなかったアジア諸国を支配下に置いていたので、日本への一切の資源の輸出を禁止し、日本は兵糧攻めにされました。立ち上がらなければ、戦わずして奴隷にされていたのです。日本が行なったのは自衛のための戦争であり、決して侵略戦争ではありませんでした。そして、東京裁判において日本を無罪とした裁判官や連合国の人間も居たのです。

わかりやすい動画および、参考文献を記しておきます。

東京裁判とは_1


東京裁判とは_2


書籍
『世界が裁く東京裁判:85人の外国人識者が語る連合国批判』(佐藤和男)




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東京裁判を糾弾せよ

2013年01月18日 | 大東亜戦争
今日は長文を書く元気がないので、動画の紹介だけさせていただきます。


世界が語る大東亜戦争と東京裁判


アメリカ人も知らない太平洋戦争の事実 【日本人よ目覚めよう】


【加瀬英明】アメリカはなぜ対日戦争を仕掛けたのか[桜H23/12/5]

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もう自虐史観は捨てよう

2013年01月14日 | 大東亜戦争
 1945年の太平洋戦争終結、日本の敗戦からすでに67年。未だに日本は「侵略戦争」をした、日本は
「軍国主義」の過去を反省しなければいけない、平和のために「憲法9条を守ろう」なんて教育が学校で
なされており、多くの日本人がそれを信じてただただ自国の歴史を暗く、反省すべき邪悪なものと思い込み、
憲法改正も国防軍創設も不穏で悪いことのような拒絶反応を示している。私はそういう感覚にどうも違和感
を感じながらも、真実を知る術がなかったので「戦争はないに越したことはない」という感覚から、無自覚
に「憲法9条信奉者」になってしまっていました。

 しかし、昨年のある日、その暗く重苦しい過去の歴史の、これまでの知識とは全く異なる真実に出会い
ました。そもそも「太平洋戦争」なんて言葉は戦前・戦中の日本には無かったのです。あったのは「大東亜
戦争」のみ。それが、敗戦と同時に敷かれた情報統制、GHQ占領政策下で「太平洋戦争」と呼び換えられて
いったのです。アメリカはぎりぎりまで戦争を回避しようとした日本を、開戦せざるを得ない状況に追い込
んで行ったのです。詳しくは参考図書を参照ください。

 いや、「南京大虐殺」とか「従軍慰安婦」とか「強制連行」とか、日本は悪いことをしたのだ、なんて
思っているみなさん。特定亜細亜(以下、特亜)と呼ばれる中韓と北朝鮮という隣国は、いつまでも執拗に
過去の謝罪と賠償を求めていますが、日本は謝罪も賠償も何十回もしています。しかし、彼らは「反日」
こそが国民統合の手段であり、それ無くして国家が成り立たないからいつまでも70年近く前の戦争の話を
持ち出しているのです。そして、従軍慰安婦も南京大虐殺も強制連行も、全て彼らのねつ造です。

 日本に住む在日コリアンの人々は、「私たちは強制的に連れてこられた。創始改名させられた。」と
いつまでも日本の税金から各種手当を搾取し続けていますが、彼らは日本に移住したくて、日本に住む
ことを希望して、わざわざ密航してまで日本にやってきたのです。さらには、戦争で男手が減っていた日本
に来て、「朝鮮進駐軍」として、彼らは悪行の限りを尽くしてきたのです。彼らに謝罪や賠償を求められる
理由もないのです。

 こんなブログを書くと、「日本は太平洋戦争で悪いことをしたのに、何をバカなことを言ってるんだ」
と思われる方もいるかもしれません。そんな方はとりあえず、「大東亜戦争」、「朝鮮進駐軍」、などに
ついて調べてみてください。そして、今私がこんなブログを始めたのは、この間違った歴史認識、自虐史観
により、日本は未だに先の大戦を引きずっており、日本に謝った歴史認識を流布させている勢力によって、
どんどん日本が壊されているからです。今後も過去の歴史認識と、過去との繋がりの中での現代日本の問題
などについて書いていきたいと思います。

 日本は強制連行や日韓併合について謝罪すべきだと思う皆さん。では英・米・仏・西・独・蘭・ベルギー
などによって占領され、何世紀にもわたる奴隷貿易で多くのアフリカ人が人身売買されていた、アフリカの
植民地化について、これら西洋諸国はアフリカ諸国に謝罪しましたか?各地に住む奴隷の末裔であるアフリカ
系黒人の人々が、西洋諸国に謝罪も賠償も求めない矛盾はどう思いますか?思考停止に陥らないで自分の頭で
考え、様々な情報にアクセスしてください。


参考動画

大東亜戦争【不屈の武士道精神】


大東亜戦争名言集


在日タブー『朝鮮進駐軍』



参考図書
『なぜアメリカは、対日戦争を仕掛けたのか』(祥伝社新書)




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