家事を終えた。一日一万歩は無理だがなるべく歩くことにする。マフラーをしてダウンコートの襟を立てる。帽子を深く被りマスクをして手袋をする。ブーツを履く。
北からの風は時折小雪を斜めに飛ばす。
十三階建てのマンションに沿って駅に向かう。駅から斜めに国道を目指す。いつも何かしらの工事をしている場所。後始末はしてあるが、路面は継ぎ接ぎだらけだ。
歩きながら目的地は何処にするか思案する。
八月の早朝歩いた田舎道を行ってみることにした。国道を十分ほど歩き花屋の先を左に折れる。間もなく踏切にさしかかるが、遮断機は上がっていて車の往来はない。
踏切から五百メートルほど行くと農道沿いに大きな屋敷がある。夏に通ったとき、老女が瓦屋根で斜めになった柱の門前を掃除していた。日本手ぬぐいで姉さん被りをしている。奥に見える古い家から風鈴の音がしていた。
屋敷の前に立ち止まった。あの老女はどうしているだろう。亡き母と重なって気になった。雪は大きさを増していく。
「チリン、チリチリリン」
風鈴の音だ。時折強まる風に夏と同じ音をさせる。あの頃と同じ場所に吊されたまま季節は巡って、雪風に遊ばれているのか。
屋敷の右隣は砂利や上下水道関係の資材置き場になっている。左隣の家には大中小の子供用自転車が軒下に並んでいた。その家から女性が出てきた。会釈を交わし言葉を掛けた。
「本降りになりそうですね」
「ええ。この冬は寒さが厳しいですね」
あの老女のことを聞く前に女性が言った。
「お隣のおばあさん暮れに亡くなったんですよ。どなたもいないので物騒なの」
風鈴が鳴った。
著書「夢幻」収録済みの「ステタイルーム」シリーズです。
主人公はそれぞれの作品で変わります。
楽しんで頂けたら嬉しいです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
別館ブログ「俳句・めいちゃところ」
https://haikumodoki.livedoor.blog/
お暇でしたら、こちらにもお立ち寄りくださいね。
お待ちしています。太郎ママ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・