紫陽花記

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別館★写真と俳句「めいちゃところ」

26 「ギョウギョウシ」

2021-11-07 08:09:04 | 夢幻(イワタロコ)


「それで?」
 彼女の目に力がこもった。
 宙を見つめたまま俺は話す。
「たった一回だけ? そのコを抱いたのは」
 彼女の声が少し震えていた。
 俺は答えずに視線を川向こうのサッカー場へ移す。ひまわりが数本咲いている。子供達が走り回っていた。喚声は照りつける太陽を反射するようにこちらまで響いてくる。
「今までのことは、何だったの?」
 彼女は声を絞り出した。
 俺は自分の心を覗いた。よくもしゃあしゃあと、こんな嘘をつけるものだ。一度だって彼女以外の女性とキスをしたことはないし、ましてや抱いたなんて。
「どうしてほしいの? 許すと言ってほしいの? それとも」
 そこまで言うと、彼女の目が見る間に充血していった。

 俺は、ごめん嘘だよ。って、言いたいところを我慢した。まだ自分の心の中と彼女の気持ちが見極められていない。
 彼女はハンカチを取り出すと俺に背を向けた。数秒して、振り返った。
「実は、あたしも言わなければならないことがあるわ」
 彼女は俺の顔を凝視した。俺は自分の頬が強ばっていくのがわかった。
 彼女が遠くに目をやった。俺はその視線を辿る。対岸のゲームではシュートが決まり歓声が上がった。
 心中に、後悔と疑念が入り交じって渦巻いた。早く謝れよ。もう一人の俺が急かす。
 彼女は一息つくと言い出そうとした。
「ギョウギョウシ ギョギチ ギョギギ」
 葭原でオオヨシキリが囀った。


著書「夢幻」収録済みの「イワタロコ」シリーズです。
楽しんで頂けたら嬉しいです。


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