
人はどうして悲しくなると崖を見つめに来るのでしょうか。by 渡辺真知子
というわけではありませんが、私は行く当てのないお散歩の時に十条から赤羽を見下ろすスリバチの淵を歩くのが好きです。

北区十条仲原。埼京線の十条駅から賑わう十条商店街を通り抜け、環七を越えればそこは入り組んだ斜面の集落です。以前、お財布を失くした時の地図を見る。

平地に住んでいると道と言うのは東西南北に連続しているイメージですが、崖っぷちや斜面ではそうはいきません。こんな風にスリバチの底に繋がる道筋は極めて限られます。
下に降りられそうな方向に進んでも細い道の奥で行き止まる。戻って下りられる道筋を求めて回り込む。そんなやり方でスリバチの上縁を辿ってみました。

こんな場所を歩いていると頭の中で冨田勲作曲の新日本紀行の音楽が流れ出します。前回は新日本風土記の音楽でした。
大都会新宿からJRでわずか12分のところにこんなにも限界集落っぽい町並み。
火災が起きても消防車は入って来られません。お年寄りには数軒先に行くにも坂道がしんどい。子供たちは学校まで2里の山道を2時間かけて通います。
けれどもそこには温かい人々の助け合いの心と祖先への祈りが・・・・・・みたいな妄想ナレーションが石坂浩二の声で聞こえます。

赤い点は台地の上の十条仲原から谷底の赤羽西に降りられる地点。清水坂公園の淵から公園の中を通って下りるところを除けば、5か所です。
ただし実際には密集した斜面の家と家の隙間が私道のような形で通れるところはありました。もちろん私道なので立ち入りませんが。

ここは行けそうなんだけど底とは繋がっていない。

ほんのわずかの場所の違いで家の高さがまるで違うのも面白い。

擁壁の上のベランダを支える鉄骨の心許なさ。

路地から階段を上がって入る玄関と、階段を下がって入る玄関。

唐突に現れる赤い壁。

一度くらい急な坂道のある街で、坂の途中に住んでみたい。
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