ありゃりゃサンポ

近現代の建築と一日八千歩の散歩の忘備録。美味しいご飯と音楽と。
東京都全域を徒歩で塗り潰す計画進行中。

新大宮バイパスの板橋練馬区間とその先

2023年02月18日 | TOKIOの道と川
大宮バイパスは1960年代前半にさいたま市北区宮原町から鴻巣市箕田の間を旧国道17号のバイパスとして作られました。
その後、練馬から大宮までの間に新大宮バイパスが完成すると古い方の大宮バイパスにバイパスとしての意味は失われほとんど旧道のような扱いになりました。
このところ板橋~練馬区内の散歩の間に新大宮バイパスの都内方向への延伸部分の工事を目にすることが増え、一度現状の視察をしておきたかったのです。

三田線の終点、新高島平駅付近が新大宮バイパスの板橋部分の始まりです。下りラインは本線3車線に右左折レーンを加えて5車線。
頭上を首都高速5号線が並走する上に、両サイドの巨大な防音壁と23区内の道路としては他に例を見ないほどの仰々しい風景となっています。

高島平の住宅地を抜けて登り車線側から接近します。荒川南部海岸段丘を登るように作られている新大宮バイパス。道路一本渡るのに20mも登らされます。

歩道橋の上で、高島平から練馬方向を見ている所。スタート地点の大仰な切り通しを抜けると一瞬だけ周辺の地面の高さと道路が同じになります。

その先は再び台地に掘られた切り通しとなります。防音壁があるので歩道橋は階段を上りますが、道路は地面よりずっと下に通っています。

歩道橋から。武蔵野台地の橋のアップダウンが複雑な場所ではあるのですが、ここまで道路の勾配を少なくしないとダメなのか疑問を感じます。でもきっとダメなんです。

板橋区四葉一丁目付近では川筋の谷を路面を上げて越えます。

道路は非常に水平に近く作られているのですが、私が進む側道はひたすらアップダウンが繰り返されます。

谷底から見る新大宮バイパス。

所々で周囲の土地と高さが揃う場所では普通に脇道からバイパスに侵入することができます。がっつり作られていますが単なる一般道なので。

正面が東武東上線。下赤塚と東武練馬の間。バイパス、側道、歩行者とそれぞれが違う高さで鉄道の下を潜ります。

練馬区北町の川越街道との交差点に着きました。高島平から約3km。この地点が新大宮バイパスの起点です。標識も片側だけ尖っています。

この先の練馬区を南下する部分は工事中区間になります。名称としては都道441号池袋谷原線もしくは東京都市計画道路幹線街路放射第36号線と35号線。
管轄によって同じ道路を様々な呼び方をするので素人は本当に混乱します。さらに通称や愛称まであるのでまっとうな「道路族」になるのは大変です。

川越街道(国道254号線)と新大宮バイパスの接続地点には広い土地が確保されていてこの後ジャンクションを作ることが計画されています。

先月の田柄川緑道を往くの時にこの場所を通過しています。右の緑道から来て左に渡って行きました。
その時にこの道は何だ?と調べたところから今回の散歩に繋がっています。

この先の環状八号線を越えるためにまたまた仰々しいトンネルが作られています。そこいらの道路新設とはちょっと気合の入り方が違う感じ。

有楽町線平和台駅を過ぎると対面の2車線になりました。でもその脇にはしっかりと道路予定地が確保されています。

この長年にわたる巨大事業でもたくさんの住宅が立ち退きになっているはずですが、練馬なので農地だった場所からの転用も多いです。

この道路が要町を経由して池袋駅西口に続くことを知りました。
小竹向原~千川~要町あたりの道が無駄に立派過ぎると思っていたのですが最終的に群馬・埼玉・東京を繋ぐ大動脈になる予定のようです。
これも私が生きているうちには終わらないだろうな。最近、道路工事を見るたびに国のお金の使い方に対して疑問を感じてしまうのでした。

ゴールの氷川台駅の近くに氷川台氷川神社があったので寄りました。こちらもじわじわとコレクションを増やしております。


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« オープンハウス。野沢の細長... | トップ | 烏山川緑道をちょこっと往く »

コメントを投稿