ぼくらのありのまま記

ぼくらは
こんな大人になりました。

ミツカンミュージアムで地方創生とカルチャーのあるべき姿をみた。

2017-09-29 19:01:28 | ありのまま記 一話完結編。



とにかく、めちゃテンションあがるミュージアムだった。

お酢の概要とミツカンの歴史を聞いて来ました。


もともと日本酒を作っていた会社が、江戸時代に、酒粕が余るので、
「それで何かできないか?」と始めたのがお酢事業。


もともとお酢は、お米からつくるのが定番の世の中で、ミツカンは、余り物の酒粕から、つくりはじめた。

いらないもの、余り物から、生み出した赤酢。

名前は「山吹」


使う道具は変われど、製法は昔のまま、代々受け継がれているお酢。




酢飯にすると、山吹色になることから、この名前がついた。ミツカンのすごいところは、余り物からなにかをつくったところではない。


名古屋の知多半田という小さな町でつくる、山吹で、江戸の鮨屋を、そして鮨屋を通して江戸の住民を熱狂させたことが、その価値なんだと思う。
今なお高級店の鮨屋では赤酢を使う店もたくさんあるように、今なお根付く赤酢カルチャーを創り出したところだ。


ドラッカーのいう、顧客の創造を思い出した。

それまで、日本でお酢と言えば米酢。
江戸の鮨屋も例外なく米酢を使っていた。



その中で「赤酢は鮨に合う。香りも味も米酢にないものがある」
と気がつき、船で当時は1〜2週間かかる道のりをかけて、江戸に乗り込み、営業をかけまくったのだ。


捨てていたものから作り上げた山吹を、2週間かけて江戸に行き、鮨屋に売り込み歩く。そして、雇用、産業、カルチャーを根付かせたミツカンは、本当にすごいなと思った。



「熱狂」から「カルチャー」として根付き、やがて「伝統」となる。
ものづくりの、そして、地方創生、料理、食べることに関わる仕事、全てに通じるあるべき姿が、ミツカンにはあると思った。






そして、今も発酵食品企業の第一線を、突っぱしるミツカン。王道を突き進みながらも、企業理念は「変革と挑戦」を貫き変わり続けるミツカン。

とっても好きになっちゃいました。





例えば音楽でも、
ロックンロールやヒップホップ、レゲエ、新しい音楽が、一部の人たちの熱狂から、
はじめにそれを生み出した人が死んでも、
カルチャーとして根付き、続いていくとやがてクラシックとして根付いていく。


そして、2017に生きる僕は、何を受け継ぎ、これから、誰と、何を伝えていけるのだろうか。



「熱狂」「魅了」「カルチャー」
そんなキーワードが頭の中をぐるぐるまわっている。


アートディレクションもとっても素敵だったし、こういうお金の使い方はとってもいいなと思った。

ということで、ミツカンミュージアム、とってもよかったです。
ありがとうございましたっ!!









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