「やっとここまで来たか」感がすごい。
気がついたら今まで、人と魚と海ばかり見てきた。
ここにきて発酵にキュンキュンきている。
「発酵の技法」という本にわくわくしまくり。
「私は単に食品を愛する「大地へ帰れ」主義の何でも屋」という肩書きがまずおもしろい。
酢飯の酢、醤油、発酵食品無しにしては成り立たない「鮨」なのに、僕は海ばかり見ていた。
そのおかげで、市場に並ぶ魚は、見て触れば、だいたい味の想像はつくようになった。
しかし、お酢はどうだろう。
色や見た目の違いはわかる。飲んだ違いも、なんとなくわかる。しかし、なぜ、そうなったのか。がわからない。
「今年のお酢は、ずいぶんといいじゃないか」ということはまずわからない。
なぜAの方が甘いのか。
なぜBの色は濃いのか。
なぜ同じ米酢なのに、飴色もあるし、淡い色のものもあるのか。
その違いを知る上で大切なことが、発酵なのだ。
唐桑で牡蠣を育てるために植樹の活動をしている畠山さんたちの「森は海の恋人」活動のように。
鮨も、米や大豆、山のものがないと成り立たない。
海の魚と、山の米をつなぐ、 鮨という食べ物があって。にぎり1貫で、海の山の世界観が伝えることができるのかぁ。と思うと、めっちかゃ面白い。
あれよ、豪華なお刺身の盛り付けで、
山から里に流れる川を見たて、
自然の暮らしを表現することから、
刺し盛りのことを「里をつくる」で
「お造里」(おつくり)と呼んだりするけれど。
鮨はにぎり一貫で、お造理の世界観つくれちゃうじゃん!!
そんなことを考えると同じ鮨でも、全く違う景色が広がりますなぁ。いよいよここまでくると「フェティッシュの世界にようこそ!」という感じですなぁ。
そして、鮨において、海と山をつないでいるのは、「発酵」なのだ。これは発酵について知ってることがないので説明できないだけれど。根拠のない自信みたいなものがある。
そこにたどり着いた先は、道に迷ってやみくもにごちゃごちゃ進んでいたら、いつの間にか本線に戻ってきたような景色が見えるはずで。
こんなはちゃめちゃな生き方だけれど、
クラシックなことができるような気がする。
あぁ、どこかの里山に発酵留学がしたいー!!