「まぁ いろんな意味ですごい蕎麦屋だ。松本行くんなら喰っってこい」
「うん わかった」
「あー それから 最初に 「あなた お酒飲む?」 って聞かれるから よほど体調が悪くない限り 酒は飲めよ」
「へ?」
「断ると機嫌悪いぞ 飲まなくても値段は同じだからな(笑)」
そんな蕎麦屋があるんだろうか・・・えらい乱暴な話ではある。
しかし どんな店なのか興味は湧いてくる。
金沢在住の 杏っ子の長年の「酒と食の師匠」ゆきちゃんとの電話でのやりとり。
ゆきちゃんは ここ数年 年に数回は 通い続けているらしい。
彼は 黒姫・竜の子の中原さんとは 数十年来の友人だった。
とても口の悪い男であるが その味に対する鋭い感性には 杏っ子 全幅の信頼を置いている。
そんな彼推薦の蕎麦屋
ありきたりな店であるはずがない。
今日は 混む昼どきを外して 1時に予約してある。
松本駅から店へは徒歩圏内。
ぶらぶらと歩くことにした。
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中町通りに入った。
白壁となまこ壁の蔵が立ち並び 観光スポットになっているそうだ。
この蔵は 「デリー」という有名なカレー屋さんだ
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この蔵は クラシック音楽を流す喫茶店。
カフェではない 喫茶店である。
ここで ひとやすみ。
月曜日の昼とあって 店内は静かだ。
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年配の女性が 迎え入れてくれた。
昔ながらの喫茶といった風情で なんだか ホッとするのは 年のせいか。
丁寧に煎れてくれた珈琲は美味しかった。
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街の中心を流れる女鳥羽川沿いに 縄手通りという土産物屋が軒を連ねる一箇所がある。
なぜか かえるがこのエリアのキャラクターらしく 通りのあちこちに こういったかえるの石造が立ってる。
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どの子も 手に書物を持ち 背に薪を背負っているあたりは 二宮金次郎を意識しているのであろうが どうにも手に持った書物が コミック雑誌に思えるのは 杏っこだけだろうか。
1時になった。
蕎麦屋は大通りに面しているのだが 通りがかりの客を拒否するかのように 玄関は 通りに対してに直角にあって 気をつけないと 見過ごしてしまう。 看板も出ていない。
小さな暖簾に みせの名前が染め抜いてあるだけである。
三 城
さんじろと読ませる
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少々緊張の面持ちで引き戸を開ける。
しまった・・・・
まだ 中央の大テーブルに関東からと思しきオバサマ方が席を占拠して 辺りを憚らぬ大声で ご歓談中。
むこうのテーブルは空いているのだが 片付けが済んでいないので 勝手に座るわけにもいかない。
弱ったなぁ・・・
と、
大柄な着物姿の女性が近づいてきた。
「いま片付けるからちょっと待ってね」
店内の隅に 荷物置きに使っている椅子があったので座って おとなしく待っていると
「あなたお酒飲む?」
そら来た! 待ってたこのせりふ
ゆきちゃんが云っていたとおりだ。
テーブルの上には メニューもなにもない。
コース1種類のみ
酒のアテが2品 蕎麦 お漬物 それに酒がついて2000円。
飲んでも飲まなくても値段はおなじ。
田舎蕎麦のおかわりは 1枚2000円
酒のおかわりは 1合1000円
通りがかりに 気軽に手繰る蕎麦屋ではない。
お酒をすすめられて断るのは 人間ドックの前日くらいである。
きっぱりと
「はい 頂きます」
店主は 小さく頷くと 奥に入っていった。
お酒と一緒にでてきたのは 竜の子でも 天ぷらででてきた「こしあぶら」という山菜。
さっと塩茹でしたシンプルな1品。
お酒の説明も一切ない。
聞かれれば答えるのであろうが そんな雰囲気ではない。
必要最低限ギリギリのもてなし。
「茎のほうは 硬いかもしれないから 残してね」
「あぁ はい そうします」
大ぶりの瀬戸の片口 織部の酒杯 アテの平皿は 志野であろうか・・・・
杏っこ 焼き物にそんなに明るいほうではないが これらがかなり高価なものであることはわかる。
いい器使ってんなぁ・・・
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キノコの大根おろし。
例によって 説明がないので なんのキノコかわかりません
「あのー お酒を2合頂けますか」
またまたこっくり頷くと奥へ入って行った。
大ぶりの黄瀬戸の片口で出てきた。
おおらかで 品のある片口だ。
酒についての説明もないが 予め予習してきたので 松本の地酒「岩波」であることは承知している。
このお酒 なかなかのクセモノで 最初の一口は さほどの印象もなくパッとしないのだが
飲むに従って だんだん舌に馴染んで杯が進むのである。
信州の酒にしては かなりの辛口で この酒を出している蕎麦屋は他にも数件あるらしい。
困った
止まらなくなったぞ・・・
「あのー えーとですね あと1合だけお願いできますか」
出てきた酒は どう見ても なみなみと2合はある。
おまけに 頼んでいないこごみの浅漬けが 器にこんもりと付いてきた。
あれ?
まぁ いいや 飲んじゃえ
手酌で ぐびぐび飲ってると
「あなた 大丈夫?」
とうとうダメ出しがでちゃった
打ち止めである
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蕎麦は 中太切りの田舎蕎麦。 高台のついたざるで供される。
つゆは かなり辛め。
この季節なので 香りが薄いのは仕方がない。
でも 美味しい田舎蕎麦だ。
長居をしてしまった。
お勘定を見て驚いた。あとの2合とこごみのアテは店主のご好意であったらしい。
目で それを窺がうと うっすらと微笑んで
「ありがとう」
と返ってきた。
ご店主 酒好きが お好きなのかな
「いずれまた伺います。ご馳走さまでした」
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さて 三城から歩いて5分足らずで 松本城だ。
大昔に来たことがある。
このお城 エレベーターあったかな・・・
たしか国宝だから そんなもの付いてないか・・・
大丈夫かな
今になって4合近い酒が 回ってきたらしい。
しかし ここで引き下がるわけにはいかない。
500円払って登城である。
このお城 階段こんなに急勾配だったっけ・・・
それも つるつるに磨き上げられているので メチャ滑る。
どうも酒が 足に来たらしい
「大丈夫ですか?」
父ほどの年齢の係り員に 心配かける始末
最上層の天守閣に着いた途端 ヘタリこんでしまった
あー
調子に乗って あんなに飲むんじゃなかった
でも 「岩波」美味しかったなぁ
信州の人は一般に 京都のように 人慣れ 観光客慣れしていない
その分 接し方は 少々不器用にも思えるときもあったけど あったかい。
ひさしぶりの信州での二日間は 心の洗濯になった
今度来れるのはいつだろう
その日を励みに 松本を後にした。