高校時代の修学旅行は大阪・奈良・京都・東京などを巡る7泊8日の旅でした。
当時の北海道の高校生の標準的なパターンでしたかね。
私の次男の時代は飛行機を使いましたので、3泊4日、広島の原爆ドームが日程に入っていました。
市内の別な高校は長崎に行ったとか・・・・。
私の時代は飛行機なんぞ乗るのは一般的ではなく、函館まで列車で行き、そこからは青函連絡船

東京から関西方面まではやっと新幹線

関西方面は大阪城・金閣寺などに行ったようです。(当時の写真で判断するだけで、私は大阪城に行った記憶しかない、大阪城に行くまでのバスガイドさんが、京塚昌子さんのような体形で、担任の男性教師ががっかりしてたのが記憶にある)
余り名所・旧跡の想いでは無いのです。
季節は10月でしたので、京都で有名なお祭り(おそらく時代祭り)をやっていたのを覚えています。
そこに外国人の3~4歳くらいの白人の坊やが迷子になっていて、私が抱っこして名前を聞き、両親を探し出した事がありました。その子の名前は「スティーブン」と言います。
東京では自由時間でした。当時の私のイメージの中では《東京》と言えば〝銀座〟でした。
丁度TVのコマーシャルか何かで、森永製菓の地球儀のような広告塔が有名で一度生で観たいなと思っていたのでした。 そう!これです!


当時は新宿とか池袋とか渋谷ではなく、私の中では東京=銀座でした。
今でも銀座ブルース(マヒナスターズ&松尾和子)、たそがれの銀座(ロスプリモス)、二人の銀座(山内賢&和泉雅子)など銀座にまつわる歌が大好きですね。