生活之音楽ピース社

~そしてピアノとすこし猫~

~ようこそ生活之音楽ピース社ブログへ~

こちらはクラシック音楽ライター/翻訳の飯田有抄のブログです。 音楽と人と猫のことを、書いています。*最新記事はこの下です*
主な活動とプロフィール
全音楽譜出版社、音楽之友社から出版される楽譜の作曲者による解説の英語訳。CDブックレットの解説日本語訳等。
雑誌「ムジカノーヴァ」、「CDジャーナル」、「ぶらあぼ」等の雑誌でインタビューやレポート記事を執筆。CDの楽曲解説やコンサートのプログラムノートなど。
「ブルクミュラー特集」にてNHK-FM番組、NHK Eテレ「ららら♪クラシック」出演。
東京交響楽団・サントリーホール主催「こども定期演奏会」楽曲解説執筆。
2016年杉並公会堂 小林研一郎指揮 日本フィルハーモニー交響楽団 「ベートーヴェンツィクルス」全6回プレトークおよび楽曲解説担当。
クラシック音楽専門インターネットラジオOTTAVA、木・金「Salone」19:00~22:00生放送 プレゼンター

念願のブルクミュラーの本を出版いたしました!
飯田有抄・前島美保著『ブルクミュラー25の不思議~なぜこんなにも愛されるのか』(音楽之友社)



その他書籍「あなたがピアノを続けるべき11の理由」(ヤマハ・ミュージック・メディア)2011年9月
「あなたがピアノを教えるべき11の理由」(ヤマハ・ミュージック・メディア)2013年2月

1974年北海道小樽市生まれ。東京芸術大学大学院音楽研究科修士課程修了(武満徹研究)。Macquarie University 通訳翻訳コース修士課程修了(英語⇔日本語)。趣味:猫情報を収集すること、猫と昼寝すること。ピアノ小品を愛すること。着物選び。三味線端唄(松永流端唄師範 松永花有)。

「生意気」考――エフゲニ・ボジャノフのピアノ・リサイタル

2012年06月09日 | 音楽
昨日はエフゲニ・ボジャノフのピアノ・リサイタル@サントリーホールに行ってきた。ハリきって長文です、要注意w!

ブルガリア出身のボジャノフ、2009年のヴァン・クライバーン・コンクールのドキュメンタリー映像で見たのが最初。ファイナリストに残っていた彼が、なぜか上位入賞者たちよりも一番印象に残っていた。自分のやりたいことが強烈に見えていて、それをしっかり音に実現していく姿勢。コンチェルトでも指揮者コンロンに楯突くくらいの勢いで、「いや、ここはこうしたいんだ!」と主張する。
彼は2008年のリヒテル国際コンクールで優勝しているけれど、2010年のエリザベートは2位、同年のショパンコンクールは4位と、権威あるコンクールでは上位ながら優勝はしていない。それはなんというか、すごく納得できる。いわゆる「個性的」な解釈を臆せず打ち出してくるので、コンクールという場ではある意味スリルある演奏だ。私が審査員だったら(もの凄い妄想だけど・苦笑)、ものっ凄く気になる存在なんだけど、トップに置いたらなんかマズい(?)気持ちになるというか。

でも、とにかく面白くて勢いのあるピアニストに違いないので、今年の東京でのリサイタルにやっと行くことができて嬉しかった。

果たして、興味深い演奏で、脳が覚醒した!

前半はショパンの舟歌とソナタの3番。
ソナタはとにかく面白かった!あらゆる面で凹凸感のある演奏。ひとつひとつの主題やセクションのもつ世界観を、統一感が失われるぎりぎりのところまで変えて打ち出してくるので、ショパン作品のもつ移り気的な要素が引き立てられて、コラージュ的な面白さが広がっていた。

たとえば第一楽章、あの印象深い第一主題までは「ふん、ふん、ま、そうだよね」という感じでカッコよく進んで行くんだけど、第二主題に入る前の、新たな主題、右手が順次進行のメロディーで、左手が半音階で駆け上がってくる所、あそこでド肝を抜かれた。もの凄いスビトピアノっぷり(私の手持ちの版にはsubito pianoって書いてないけどね)で、左手が最微弱音で気持ち悪いくらいのレッジェーロで駆け上がってくるんですよ。ゾワゾワゾワゾワゾワ・・・・・と。たしかほとんどサスティンペダルは入れてない。「えええええ!ここ、こんな風な音楽になりうるんだ!」と、新しい曲の顔を見せてもらって驚愕。
第二楽章では、彼のレッジェーロ・テクが炸裂。スケルツォの小悪魔的な雰囲気がそこに。そして第三楽章はそれはもうたっっっぷりと時間をかける。必要なところで必要なテンポの遅さを存分に取ってくれる(その遅さを必然的なものと感じさせてくれる)演奏は、好感が持てます。音楽の世界にこっちを惹き込んでくれるなら、どんどん遅くなっていってしまってもいい。和声の響きや旋律の跳躍で、いちいち細かく表情を変えているので、全然飽きない。
そして思いっきりコントラストを付けるかのように、第四楽章のロンド主題は無表情を装ったインテンポでガンガン進める!気持ちいい!タランテラ風のノリが生まれていて、これもまた新鮮!

後半はシューベルトの12のドイツ舞曲、ドビュッシーのレントより遅く(←ものすごく洒落ていた!)、喜びの島、スリャービンのワルツop.38、リストのメフィスト・ワルツ第1番と、濃厚な曲が続きました。喜びの島とスクリャービンに関しては、もうちょっと官能的なセンスも欲しいかな、といったところ。すこし集中力切れか?
アンコールの最後に弾いた英雄ポロネーズは、「ここ重く来るぞ!」と無意識的に構えてしまうようなところは、どこまでも軽やかに、予想の裏へ裏へと逃げて行ってしまうボジャノフ。「ここからはさすがにもり立てるでしょう?」というところは、予想を上回る低音の鳴らしっぷりで、やっぱり腰が抜けるのであった。ボジャノフの音楽、面白い。

ところで、彼のような人を見ていると、すごく「生意気」という言葉が浮かぶんです。
生意気というのは、非常に鋭いレセプター、抑え切れない確信、そしてその確信を実現できる人にしか許されない、実はもの凄い才能だと思うんです。
生意気な若者はときに非常に嫌われるし、受け入れてもらえない。自己顕示が強いと誤解もされる。でも彼らは「自己」なんつー、ちっぽけな箱になんて収まる気はないし、そんなものどうでもいいとすら思っている。楽譜から見えてきてしまうもの、聞こえて来てしまうものを、どうしても出して行かざるを得ない彼らは、むしろずっと大きなものと繋がっていて(ときには作曲家すら超えてしまうもの)、その大きなものへの畏怖や敬愛に溢れており、素直に具現化せんと誠実に努力している。なんとも献身的で謙虚な存在にまで思えてきます。

ボジャノフの音楽はたしかにアクが強い。「斬新」、「強烈」とも感じられる。でも彼は決して音楽を自分の手中に収めてしまおうとするような、傲慢な態度で音楽に対峙しているようには見えない。
(若いピアニストに見受けられますが、お稽古した通り、自分で解釈してきた通り、先生に教わった通りに本番で弾こうとする姿勢、それに失敗すると凹んでみせるような姿勢の方が、音楽を自分の小さな手のうちに収めよう、徹底管理しようとしている感じに見えて、よっぽど傲慢。)
彼の実現する音楽表現のすべてに共感できるわけではないし、ちょっとどうかな?などと思う部分もあったりするけれど、それでも果敢に提示してくる新しい表現の数々に耳を澄ませたり、驚いたり面白がったりしていたい。「生意気な」ボジャノフに、今後も注目だ。