押し売りは、ご免だ。
結局、「独裁創作」は、どれだけリサーチしようが最後は今の様に「押し売り」になる。
「なんで買わないんですか?」
何処がダメなんですか?
貴方前にこういうのが良いって言ってたじゃないですか
何処が違うんですか?
…ああ、うぜぇ。
”これ”を回避する為に、「ストリード」外部のオーダー、そう言うのは大事だ。
まず「神様」大衆、まあテレビの感覚で言うなら?「王の権威」その視野に一度入れて、その裁量を掛ける。「こういうのなら必要なモノとして認めよう」そんな規約の塊。
それを通した上で残る部分が、「オーダー」として適当である。
その「オーダー」として認知されたモノなら、それを再現した時、内容次第で支払いは”道理”だ、神が要求したのだから。
そう言うシステムを、今の所”ここ”の、「”雅”市場」そう言うのが?握ってる。
とは言え、その「王の権威」も。結局は「このシステム上で」仕事をしようとしてる訳で。その時、以前の様な絶対者、絶対性?権力、そう言うのが、持てない。そのシステム上で現場に居たら、「ストリード」こそがその上位であり、自分であっても”それ”には逆らえない。「私に逆らうだと?貴様はクビだ!」それは出来ない。ストリードを出すにしろ?それは「神様」の裁量で中身が変わる、企画を出した奴が神では無い訳だ、王の権威で有ろうと人間である。
その時、暴走する独裁性に対して、どうも弱い部分は出てくる。「お前自分が神様のつもりか?」単純だが、強力な思想誘導性、先生の命令?そう言うのに対しては非常に有効で。
断罪して排斥出来ない、訳だ。その暴走を結局は止められず、被害が出て。
それで初めて責任を問える。
やんわりと、否定は積み重なっていく。
数値的にも、自身で追い込まれて行くのだろうけど。
何とも…悠長だ。
「こいつは下衆だ」そう解ったら、バッサリ出来ればすっきりもするだろうが。
勿論その時、それに巻き込まれる無実の人々が居て、その呪いを受けて、その「権力者」は狂って行く事になる、「朝鮮王朝の末裔」それは、それをこそ待ち望むのだけど。
結果は、神のみぞ知る、だ。