『すぐばれるやり方で変節する人々』―昼寝するお化け〈第7集〉
曾野綾子著
<Amazon 内容紹介より>
“人は生きるのに一流でなくとも困らない”
“上流だろうが下流だろうが、面白い人は面白い”
「作家修行を始めた頃、私は作家になれれば、後は全くどうでもよかった。
差別され、卑しめられることなど何ほどのことでもない。
誰が侮蔑しようとも、その道はひっそりと輝いているという矜持と確信があった。
そういった矜持はどこへ行ったのだろう。
人の評価など、すべて相対的なものに過ぎないのに」(本文より)
現代日本が抱える様々な問題、
国政、外交、人権、メディア、老化、貧困などをテーマにあげ、
卓越した批評眼がやせ細りするニッポンの抱える深刻な病巣を抉り出す。
“この国に明日はあるのか?”を鋭く問いかける警世のエッセイ集
・週刊ポスト連載「昼寝するお化け」の第七弾。
このブログを書き始めてから男性の著作しか読んでいない。
なんだか男好きみたいでまずいじゃん!
なんて思って曾野綾子本を読んでみた。
変なタイトルは政治の話からだった。
ダルマの写真を見れば想像がつくが、
ふと、バッタみたいな節足動物が浮かんでしまった。
カトリックの学校に育った筆者にとって、
愛とは何か・・・「友のために命を捨てること」
愛は、愛する者のために、少なくとも何か大きく捨てることであった。
家族愛は、自己愛の一種で、動物的本能だから人間に限らないそうである。
エピクロスという快楽主義の元となった人の言葉
「わずかなもので十分と思わない人、すくなくともこのような人には、十分なものは存在しない」
「自己充足は、あらゆる富のうちの最大のものである」
もう一つ、書いておきたいことがあるが、
大掃除をしなければならない。
あとで書き足すことにしよう。
<付け足し>
母子像というタイトルに書いてあったことが特に印象的だった。
・・・どんな理由であれ、一旦自分が捨てた子供には、会わないでこの世を去るのが礼儀だと思ったのだろう。
人生には会うことに意味がある場合もあるが、ついに会わずにこの世を去ることで一つの重い決意を伝えられることもある。彼女は会わないことで、最後の誠実を息子に見せたのであった。・・・
本文より
心から相手のことを大切に思っての決断であれば、
もしかしたら、真意が伝わるかもしれない。
まったく誤解されたままであっても、後悔はないかもしれない。